第 29話 4日目 カブト
笑いが去りナギがゲンと遊び始めると、結城さんが目配せするのでついて行くと 2階の結城さんの部屋へと案内された。さすがこの家の主の部屋だ。スッキリしているのに貫禄がある。ベッドが大きいが、部屋も広いのでそんなに圧迫感は無い。収納も多そうだ。壁際に扉が並んでいるのはクローゼット ?
「まあ、座って」
壁際から丸太のように積み上がっている切り株型クッションを2つ取り、1つ渡されたので座る。胡座をかいて座りやすい高さだ。
「ペットボトル飲料ならあるよ、飲む ? 」
冷蔵庫からスポーツ飲料とお茶を出されたのでスポーツ飲料の方を受け取った。
「まあね、先程聞かれた事なんだけどね、なんで独り身なのかという事なんだけど」
と話し出されて俺は途端に青くなった。
「あれはナギが元気無かったからで、けっっっして、結城さんを馬鹿にしたりしている訳では無いんです。無理に聞こうとも思っていません」
ごめんなさい、許してー。食べないでー。と震え出す俺を面白そうに見つめながら、
「いや、なかなかね、人にできる話では無くてね、聞いてくれたら有難いんだ。華武人君にとっては面白くない話だとは思うけど、耳の穴繋げて聞き流していいから。そろそろ言葉に出して自分の体から少しずつ出していこうと思って。まあ、懺悔のようなものかな」
と言われて、はい、それなら聞きます。と正座になろうとする俺を制し、結城さんは話しだした。
「私が27歳の時に4年近く付き合ってお互いに結婚を意識する相手がいたんだけどね」
そこで言葉選びに考え込んでしまったので先走って言ってしまった。
「亡くなられたんですか ? ! 」
それを聞いて結城さんは違う違うと言って笑った。
「私がプロポーズのタイミングをいつにするかと考え始めていて、相手もそれをわかっていた。そんなある日の昼のデートにカフェで待ち合わせをしていたんだけど彼女から30分程遅れるって連絡があって、その待ちぼうけの時間に隣にいた女性に声をかけられたんだ。まあ 1言でいうと丁寧な感じのナンパで。しかも綺麗な人でね。誘い方も上手いし、断ろうとすると悲しげな顔をするし、取り敢えずは連絡先の交換だけでもと言うんだ。せめてそれだけは。恥をかかせないでって」
先程リビングで大笑いしたせいもあるだろう、お茶を飲む結城さんに習って喉が渇いていた俺もペットボトルの蓋を取って飲んだ。
「それでも、丁寧にお断りしたんだ」
そうなんだ、裏切ってしまった訳ではないんだ。危ない。また先走るところだった。
「そうしたら遅れるはずだった彼女が、何人かの友達と囃し立てながら現れて。動画も撮っていたらしい。私が彼女を裏切るかどうか試されていたんだ。私はそれを許せなかった。彼女が嫌いになった訳では無いのに、許せなかった。最初は『ほら、言った通りだったでしょう ? 結城さんは絶対大丈夫だって 』と言って誇らしげだった彼女も私のそんな様子を見て物凄く謝ってくれたんだが、それでも頭ではこのぐらいの事、と思うのに許すことが出来なくて」
……結局破局したんだ。
という結城さんのつぶやきは部屋に敷いてあるモスグリーンの絨毯の中に消えていった。
俺はどう答えていいかもわからず、じっとしていた。でも、結城さんが悪い訳では無いとは思っていた。
「そうしたら、周りに責められてね。そんな事ぐらい。今どき動画を撮ることなんか当たり前。彼女はあんたを信じてたからやったんだ。1回の失敗を許せないなんて信じられない。などと言われて、どうしても私が許さないものだから、ちっせえ男と切り捨てられたよ。責めてきた人の中には自分の家族もいたからね、ちょっと参ってしまって。自分でもどうやったら彼女を許せるか分からなかったから、自分で自分が嫌いになった」
「だって、結城さんは悪くありませんよ」
という俺の言葉に、
「うん。でも、泣いて落ち込んで謝っている憔悴した女の子を許さないのは男の方が悪いらしいよ。その当時味方をしてくれたのはナギだけだった。それからすぐに家を買ったから、この家は私にとって身を守ってくれる鎧のようなものかな」
ストレス買いにしては大きな買い物だ。それだけ傷ついていたということかな。
「ちっせえ男っていうのは的を射ていると、自分でも思う。融通が利かないのも。でもねえ、性格ってそうそう変えられないものだよ。2年後にナギがストーカー被害にあったから、まあ家を建てといて良かったとは思ったけれど。草薙家も佐久間家も、ナギの取り合いをするばかりで役に立たなかったからね。誠さんや姉さんにも任せておけなかったし」
そうして今に至る。
「ざっとだけど話せて良かったよ。さ、ナギにお昼どうしようか聞きに行こう」
下に降りて行くとハアハアしているナギがいた。ゲンと遊んでただけなのに ? 猫に遊ばれてるの ?
結城さんはゲンにナギと遊んでくれてありがとうって言ったあと、続けて、
「ひょっとしたらだけど、誠さんは数年前にちょっとだけ害獣駆除の手伝いをしていたことがあって、その時に『猪は馬鹿だが猿は利口だ』と言ったことがある。誠さんが関わりがあった動物と言えばそのぐらいしか思い当たらない」
と言った。ゲンは
「有難うございます。猪か猿、話し方からは猿の可能性が高いのですね。貴重な情報です」
それからお昼ご飯の話になりサンドイッチを美味しく頂いたのはいいのだけれど、どうも俺は腹八分目が出来ないようで、その辺でやめときなさいとナギに止められた。
それでも夜になる頃にはお腹が空いたので (部屋で少し素振りをしました)、焼肉食べ放題に連れてって貰いました。ナギも結城さんもお腹いっぱいになるのが早くて、残りの時間は俺の為にせっせと焼いてくれたので、食べることに専念。大満足で食事を終えた。
会計はどちらがするかで揉めていたが結局は結城さんが払うことになった。
結城さんは、ナギと2人で来た時は5人前だったと言いながら、35皿の表記が付いたレシートを、大吉のおみくじみたいに丁寧に畳んで嬉しそうに財布にしまっていた。
こんな御大臣の扱いでいいんだろうかと考えながらも、お腹いっぱいの幸せにうっとり浸る俺だった。
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