第28話 4日目 姫
リビングに無事戻ってきて、3人は笑いの発作に襲われていた。
「見越し入道って、何 ? 」
と、わたしが聞いた途端に今までの緊張が玉羊羹に楊枝を刺したみたいに弾け飛んだのだ。
けたけたゲラゲラ3人ともに、お腹痛い、助けて。と言ってはまた誰かが笑いだし、繰り返す波にしばらくは陸に帰ってこられない。
ようやく落ち着いた時にはもう本当にみんなぐったりだった。
結城さんさえ息も絶え絶えに、
「ゲン、念の為聞くけど、今回は成功 ? 」
「はい。タイミングバッチリです。しかも笑いのおまけ付き。想定外すぎる完璧さです。今は笑いに包まれて分からないと思いますけれど、普通の生活に戻れば今まで取れなかった不安の膜が1枚剥がれているのがわかると思います」
「ほんと、悪夢見る気がしないもん」
わたしは五月晴れの笑顔で答える。まるで長年我慢してきた頭痛が無くなったかのような心持ちだ。
「パンダ君、ありがとう。焼肉食べ放題ぐらいじゃ追い付かないけど、取り敢えず夜は楽しみにしてて」
自分のお金から出すつもりで言う。
「俺なんか役に立ててよかったーってだけで、本当は1回目でクリア出来ていれば良かったのに、2回も3回もやる羽目になって、辛い思いさせてごめんなさいって感じで」
「いいえ、華武人様。1回目も失敗ではなかったですし、2回目があってこそのあのタイミングでの成功なのですから、全体を通してこれ以上は望めないという素晴らしさ。ナギ様も分かっておられます」
結城さんは突然ゲンの前に跪いた。
「ありがとう。ゲン、このことに関しては御礼の言葉もない。何かして欲しい事は無いだろうか」
結城さんに続いて、わたしもありがとうを連呼する。
「ありがとうの言葉、皆さんの嬉しい波動、どちらもわたくしにはご馳走に値するので気にする事はないですよ。強いてあげれば誠さんに憑いてるリョウがどんな姿をしてるかヒントになるものがあればいいんですが。ドコアルを通して探しているのですが見つからなくて」
おっとりと話すゲンの言葉に結城さんは考え込んだが、すぐに答えが出る訳でもない。
わたしはゲンを抱き上げると、
「それはそうとゲン、さっきはまるっきり猫みたいだったよね、ずるいよ。お前は猫だ。猫になあれ、猫になあれ」
とおまじないをかける。わたしだって猫と遊びたいのである。ゲンは即座に期待に応え、にゃあおと鳴く。
「いひ」
今まで少しゲンと距離を取っていた。父親と繋がりを持ちたくないこともあるし、結城さんは宇宙人が全て友好とは限らないからと、密接な関わりを取りたくないらしくて離れて観察している感じがわたしにも警戒心を呼び起こしていたからである。だが、パンダ君はすぐに友達作る小学生みたいに、ゲンとイチャイチャイチャイチャしていて、羨ましくもあったのだ。
可愛い前足の先を撫でてみる。薄い軟骨の耳の手触り。ながーい尻尾。動きが別の生き物みたい。身体は柔らかくつきたてのお餅みたい。意外に暖かい。本当に生きてるみたいだ。
今まで猫を飼ったことは無いし、結城さんが猫自体を嫌うなら、これからも飼うことはないだろう。今だけ堪能しておこう。
ゲンは綺麗な瞳で見つめてくれる。
わたしの手のひらに頭を擦り付け、可愛い声で鳴き、甘え、背中を撫でさせてくれる。癒されるってこういうこと言うんだなあ。
そう言えば
気がつくと結城さんとパンダ君がいなくなっていた。まあ、困る訳では無いので気持ちをゲン……いや、黒猫に全振りした。
車の鍵に着けてる小さな懐中電灯の光で黒猫を操り、次に鳴き声合戦をし、まるでヨガの様な猫の動きを真似して遊んだ。
結城さんとパンダ君がお昼ご飯どうする ? と、やってきた時にはちょっと はしたない格好でハアハアしてしまっていた。恥ずかし。
「 一応メニューは手巻き寿司風サンドイッチかな。ハム、ベーコン、チーズ、ツナ、トマトにレタス、卵を用意するから各自具材はお好きにはさんでどうぞ食べてって感じ」
「ありがとう。それでいいと思うよ。華武人君は夜のために 1食抜いて頑張ったりする ? 」
「いいえ。お腹すき過ぎると却って調子出ないのでいただきます」
皆で具材の準備をし、結城さんはサンドイッチもトーストが好きなのでクラブハウス的なものにしていた。
「卵って、ゆで卵じゃないんですね」
と、パンダ君が不思議そうに言ってくるので、
「だってツナマヨがあるから。色々味が違う方がいいでしょ ? 」
だからちょっとだけ甘い卵焼きなんです。
最初は怪訝な顔のパンダくんも、甘いのとしょっぱいのの無限ループにはまりかけたので、いやもうそのぐらいでと止めといた。
あなた、夜は食べ放題って忘れてない ?
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