第27話 4日目 カブト

 ナギにああ言ったものの次は絶対に成功させたいので15分ほど時間を下さいと言うと、何をするのかと聞かれた。


「精神集中したいので部屋に行って竹刀をちょっと振ってきます」


 昨日自分のアパートに戻った時にたまには体動かさなきゃと思って持ってきていた竹刀である。


「見たい」


 とナギが言う。


「見ても面白くありません。試合でも稽古でもなく、ただの素振りです」


「でも見たい 」


「場所空けるからここでやって」


 結城さんにまで催促されしぶしぶ竹刀を持ってくる。見世物ではないんだけどなあ。


「じゃあ、勝手にやりますんで、つまらなかったら、お菓子でもつまんでいてください」


「何それ親父ギャグ ? 」


 そんなつもりは無かったと呟きながらアキレス腱をゆっくりと伸ばしていく。もちろん素足。


 竹刀を左手で握って右手を添える。準備運動も兼ねてゆっくりと始めていく。持ち上げ、下ろす。足さばきも一緒に。前へ後へ。持ち上げ、下ろす。少しづつスピードアップしていく。振り上げ、振り下ろす。前後に動く。きれいに、早く。しばらくして練れて来たと感じたら跳躍もはじめる。

 久しぶりだ、息が切れる。汗が出る。

 見学の2人は真面目に見てくれている。


 素振りは好きだ。真っ直ぐにいかに早く振るかだけに集中していればいいから、雑念が入らない。


 しばらく続けてから、息を整えて言った。


「パターン1でも、パターン2でも、新たなパターンでも大丈夫だと思います」


 剣道の強さは心の強さだと思う。俺の運動神経は並である。背の高さとリーチと声の大きさで何とか誤魔化してきたが、中学から始めたにも関わらず部活動でメキメキと力をつけた遠藤という同級生に負けたと感じて以来、何かと理由をつけて剣道から遠ざかっていった。部活や剣道クラブは通っていたが、それ以外に熱を持たなくなった。


 俺は道着と竹刀以外は剣道クラブから貸与されているものや部活動共有のもので賄っていたが、遠藤は部活を始めてすぐに 1式揃え、両親も積極的で華武人が通っている剣道クラブはもちろん、他の地域のクラブにも頻繁に送迎や関わりを持ち、皆と馴染むのも早かった。のみならず、遠藤はかっこいいと女子にもてはやされる男子でもあった。


 要するに激しく嫉妬していたのだ。そして中学卒業とともに剣道から離れた。

 今思えば比べる必要無かったのにと思う。クラブで指導してくれる大好きな藤原先生は強い子だけを贔屓するような人ではなかったし、逆に出来ない子にこそ親切だった。

 素振りだったらいつでも自宅で練習出来るのだ。また、始めてみよう。自分を、心を強くしよう。


 汗を拭いて準備出来ましたと告げると


「私達も見ていただけで心が静まったよ」


 と、椅子を整える。

 またもや 3人で先程と同じくテーブルのない交霊会の様な形で座る。


「ゲン、始めていい ? 」


「いつでもどうぞ」


「どんな結果でも焼肉食べに行こうね。始めるよ ! 場所はわたしの部屋から」


 先程パニックになったのは始めてのことに驚いたこともあるがナギと繋がっていた事も関係ある。が始まるとナギは条件反射的に縮こまって、ものを考えられなくなっていた。俺もあまりの恐怖に身体が動かなくなっていた。この現象は過去の、しかも自分のトラウマでないという事実は、悪夢の中では機能しなかった。ナギだってそうだろう。過去の事だと頭の中でわかっていても抗えないのだ。


 ナギと、手を繋いだ男2人がまたナギの部屋に戻る。こんなに簡単に来れるって言うのも悪夢が何度もここを舞台にするからだろう。


「さて。もう一度、同じことすればいい ? 」


 と、部屋から出るのか聞いてきたナギに、


「必要無いでしょ。ほら」


 俺は天井を指さす。


「ひっ」


 ナギが縮こまる。

 影がいる。

俺の行動で影を引き寄せた事になる。ナギが華武人の言葉に反応して影を連想してしまったからだ。


 3人の周りの壁や天井にまたザワザワと影が集まり始めている。


「こっちのパターンはタイミング難しくない ? 」


 結城さんがナギのそばに寄るべきか離れるべきか決めかねているように集まりつつある影を見つめて言う。


 俺はさらに誘導する。


「さっきみたいに、たくさんで追い詰めて来て、立ち止まった所でひとつにまとまって覆いかぶさってくるのかな ? 部屋の中は見えなかったけど、ナギもそんな感じだった ? 」


「うん……影が見えてる時はひとつにまとまると襲ってくる感じ。だからいつもこの夢の時は逃げ回ってる。追い詰められたりしちゃうけどね」


 そして押しつぶされて死ぬかもしれないと思いながら目が覚めるのだ。先程リンクした俺自信も体験した。


「部屋の中だと逃げようがない。どんどん集まってきてる……」


 ナギが俺を見つめる。大丈夫だよね、助けてくれるよね。縋る目付きでそこに立ち尽くしている。もう怖くて身動きが取れないのだろう。


 過去に囚われた怯えに見えて、実は未来への怯えだ。

 また、襲われるかも。今度は死んでしまうかも。同じ過ちを犯さぬように。忘れぬように。こんなに辛いことは現実で2度と体験したくはない。


 でも、もういいだろう。7年も怯えてきたんだ。

 どんどんと集まりひとつになろうとしている悪夢。人影が1枚1枚重なって人型になっていく。出来上がっていく。最後のひとつが吸い込まれると今度は伸び上がり始めた。


 俺は小さい頃から臆病者だ。妖怪もお化けも幽霊も人をさらおうとする宇宙人も怖くてたまらなかった。

 だから一生懸命おまじないを覚えたし、般若心経も覚えた。色んな怖いものに対処する方法を、できる限り覚えてきたのだ。


 天井まで伸び真上からナギを見下ろす影。ナギは座り込み、小さくなってそれでも目は逸らせずに影を見上げている。

 ナギの瞳の中の光がすうっと暗くなった。


 俺はゲンに合図を送った。と同時に大声を張り上げる。


「見越し入道、みーこした ! ! !」


 実に、気合いの入った声に、空気がびいいーんと震え、ナギがヒッとなって正気にかえった。

 俺の大声にびっくりしすぎてナギの心から追い払われて影が雲散霧消していく。


 ゲンに送った合図は、ナギとリンクするものだった。










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