第26話 4日目 姫
パンダ君が泣いている。
目と鼻と口と毛穴からそれぞれ違う液体出しながら。震えなのか貧乏ゆすりなのか小刻みに体が動いている。
結城さんはわたしの状態を確認してからタオルを取りに行った。ゲンは普段と違って猫みたいにニャーニャー鳴きながらパンダ君を気遣っている。
わたしは黙って近くに寄って、椅子に座ったまま泣くパンダ君の丸まった背中を撫でた。昔 滝口のばーちゃんがやってくれたように。
「ごめんね。わたしの悪夢に付き合わせちゃって」
小さくつぶやく。
結城さんがタオルと濡れタオルを持ってきて、優しく手渡している。
「華武人君、顔を拭きなさい」
そしてコーヒーを入れに行った。香りが広がってくる。
失敗しちゃったなあ。パンダ君にまでトラウマ押し付けちゃった。我慢しすぎちゃった。1回目のやつで良しとしとけば良かった。でもあれはないでしょうとか思っちゃって。結城さんの前で荷物みたいに持たれるとは思わなかったし。でももう一度トライしなければこんな事には……
「コーヒーどうぞ」
結城さんはパンダ君の濡れタオルを取ってコーヒーを渡す。パンダ君はもう泣き止んでいて顔汁拭ってさっぱりとしていたが何か考えこんでいる。
3人で先程の向かいあわせの椅子に座ってゆっくりコーヒーを飲んだ。
「結城さんって、付き合っている人いないんですか」
あまりの突飛な質問にさすがの結城さんも意味がわからず固まった。
「いや、今いないけど」
「今はって事は前はいたんですね、作らないんですか、恋人」
「華武人君、どうした ? 必要なら答えるけれど」
「パンダ君、八つ当たりはやめて。悪かったのはわたしだから。謝るから」
わたしはが困惑しながらもパンダ君を心配する。
「そうじゃなくって。さっきはあんまりびっくりして凄まじく取り乱してすみませんでした。ナギは何も悪くないし、そんなに白い顔色で謝らなくてもいいです。だからいつもみたいにちょっと乱暴なナギに戻って欲しくて」
結城さんに失礼を働くと、もれなくわたしが制裁を加えるのをよく分かっている物言いに、
「失礼しちゃう。普通に元気出してって言えばいいのに」
と言い返す自分こそそんな言い方されても元気を出せないのは分かっている。
「なるほどね。ナギを気遣える余裕が出てきたんだね」
「本当は自分に腹が立つというか、理想の自分と余りにもかけ離れていて情けないというか、もっと頑張れたはずというか。さっきのあれはナギとリンクしていたんですよね ? 」
「黒い影に押しつぶされるやつ ? うん、悪夢でよく見る。いつもあんな感じ。ドアを開けて、あ、しまったってパターンと、逃げられない場所でじわじわ追い詰められていて、逃げなきゃ、でもドアを開けるべき ? て 2択を迫られる感じ」
「1番最初の時もはっきりした人型というよりは黒いもっさりしたものがのしかかっていたし、犯人がそのまま出てくる訳では無いんですね。」
「実際に襲われた時も後ろからだったからね。面通しというか、確認に顔を見せられたけど分からなかったし、人に襲われている認識はあるけど人として確定したくないというか、犯人の顔を覚えたくないというか。パンダ君はああいうのが苦手 ? 」
「それは、誰でも苦手だと思うよ」
苦笑いしながら結城さんが言うと、パンダ君が驚く。
「結城さんでも ? 全然平気なのかと思ってました」
「大人はね、隠すのが上手くなるんだよ」
「俺も、結城さんみたいになりたいんです。色々見習うことばかりで」
結城さんは困ったなあと頭をかく。
「ありがたいけど、私もまだまだだからね。あんまりいいお手本にはならないと思うよ。華武人君こそ持ち直し方が早い。それこそ見習いたいね」
「俺のは単にパニック起こして騒いでいただけなんで、持ち直すと言うより普通に落ち着くと一気に恥ずかしくなるというか」
「あれは仕方ないよねえ、うん」
わたしが部屋の中で黒い影に押さえつけられた時、廊下で2人も同じように潰されていたらしい。結城さんがパンジャと言うよりゲンが解除する方が早かったと言っていた。わたしもパンダくんも言う事すら頭から消えていた。パニックって怖い。
「いい加減慣れろよ、わたし」
自分に言い聞かせるつもりの小さなつぶやきは
「無理無理無理」
男2人に手であおがれて飛ばされる。
「それで、ですね。もう一度トライするにあたってナギに発破かけてもらいたいと思って」
パンダ君の言葉に
「まだやるの ? 」
と思わず確認すると
「もう一度、チャンスをください。悔しいからとかでは無くて、点数で言うと1回目は60点、さっきの2回目は80点、あと少しで100点取れると思うんです」
意外な言葉に結城さんと顔を見合わせた。
「1回目より2回目の方が成功なんだね ? もう一度やればさらにいい結果をだせると思っているんだね ? 実際にはやってみないと分からないし、こうすればいいという答えが用意されているわけではない。他人のトラウマなんだから、ロールプレイングゲームでは無いんだからね。でも、華武人君が感じているその予感みたいなものに私だったらもう一度賭けてみたい」
結城さんの言葉を受けてわたしは考える。逃げてもいいし、賭けてみてもいい。どっちにするか自分で決めなければならない。時間を置いてからもう一度やるのは嫌だったので、やるかやらないか今ここで決めるためには。
「いいよ。発破かけてもいいんなら」
パンダ君に近付きながら言うと、痛い攻撃が来ると思って体に力が入るパンダ君。その目の前でほんのちょっとだけつま先立ちになって、両方のほっぺたをぎゅむっとつまんだ。
「泣いちゃダメとは言わないけれど、男はカッコつけなきゃ駄目でしょ ! じゃなきゃ女はどこに惚れたらいいのさ」
と言い放つ。好き勝手言ってるなあと自分でも思うけれどこの子はまだまだ成長途中、いい男になるぞ、きっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます