第25話 4日目 カブト
もう一度仕切り直してみんなが立っているのはマンションのエントランス。1枚目と2枚目のドアに挟まれた風除室と言われる空間だ。初めて見る景色に俺はぐるりと辺りを見回す。
ナギの心情を現しているのか綺麗なマンションなのに暗い。中に見える廊下は直線なのに歪んで見える。
「では、一足先にナギ様が中に入り、お 2人は少し後ろから付いて行きましょう」
ゲンの提案に3人とも頷き合い、ナギはオートロック解除すべくテンキーを打ち込む。
「暗証番号教えとく ? それより 一緒に中まで入った方がいいよね」
振り返って確認するナギに誰かが答えるより先に何か見えない力が働いた。
内側の扉が開きナギは後ろ向きにものすごい勢いで引き込まれて行き、あっという間に見えなくなった。驚きの表情と悲鳴にならない小動物のようなキュッという声を残して。
慌てて駆け寄る 2人の前で閉まる扉、ロックがかかる。
「なになになになにどうしよう、どうしたらいい ? 」
空いている左手でガッタンガッタン扉を揺すり慌てる俺の横で
「ゲン、ナギと会話出来てる ? 」
「ええ、今ナギ様と会話しております。そこからは見えませんが部屋には引き込まれず、びっくりしたと言いながらお2人を探して歩き始めております。」
結城さんもゲンも慌てていない。2人の会話を聞いて落ち着いてきた。
「ナギと会話を繋ぐことは出来ないの ? 」
「姿が見えていないこの距離でそれをしてしまうとそれ以外も繋がってしまうことになりますけど手伝ってよろしいですか ? 」
「ナギの無事が確認できる方が嬉しい」
俺の頼みで回線が繋がる。
「ナギ ! 大丈夫だね ? 」
「平気 ! 怪我もしてないよー。だって、無意識のわたしの仕業ってことだもんね。失礼しちゃうよね。2人との仲を引き裂くなんて」
直接声が聞こえた事でやっと安心した。結城さんも。
「私達もそちらに向かう。どこに居るかわかるかい ? 」
「薄暗くてよくわからないんだけど、1階では無いみたい。どの部屋も番号が504号室の表記になっているから5階かも。全部が私の部屋だよ、気持ち悪い」
ちゃんと答えてくるから結城さんの声も届いているという事だ。
ナギに教わった暗証番号を結城さんが手早く入力する。内側の扉が開き、マンション内に入ることが出来た。
「さあ、ナギを探しに行こう」
だが事は簡単では無かった。3人共にエレベーターや階段などを見つけられないのだ。
「ここら辺にある筈なのに見つからん ! わたしの記憶の中ならなんとかなるはず。念じてみよう。エレベーター、エレベーター」
ナギがぶつぶついう声が聞こえて、
「出た ! さすがわたし。そっちに行くねー」
念じてエレベーターの扉が出てきたみたいでナギの明るい声が聞こえたすぐ後に
「駄目です !! 」
ゲンの声が響き渡った。
「エレベーターが、ナギ様が乗った瞬間に504号室に変化しました。襲われてはいませんが、先程のことを思い出さないように、必死に耐えていらっしゃいます。華武人様、あなたには色々なアンテナがある筈です。ナギ様の所までの道筋を検索して下さい」
突然の無茶ぶりだが、結城さんが落ち着いた声で
「大丈夫。華武人君なら見つけられるよ」
グッと繋いだ手を握って力を伝えてくる。そして
「ナギ、無茶をするな。いつでも解除して構わない」
「大丈夫。まだ、このぐらいだったら平気。いつもの悪夢の半分ぐらいだから」
しっかりとした声だが先程より低くなっている。早く見つけないと、とあせる俺。
「ナギの声が聞こえる方向、気配、匂い、前に繋がった時の感覚」
結城さんがヒントになればと思いついたことを言ってくれる。
「こっちだよーこっち。早く来てね」
ナギも声を出して呼んでくれる。でもわからん ! どうしよう。
「あとは、ナギがやったように念じてこの世界を変えるとか。華武人君の柔らかい思考で」
そんなこと出来るわけが。
無いけどあるかもしれない。
自分の思考で扉を出現させるとか、銃を取り出して撃ちまくるとかは出来る気がしないけれど、心の中で叫んでみる。
「妖怪アンテナ ! 」
もちろんナギは妖怪ではない。でもその周りで起きている事が怪異といえなくもない。要するにイメージである。そしてそれが自分に出来そうな気がしている。
ツンっと頭のてっぺんの毛が引っ張られる感じがする。導かれる感じも。
ナギは考え事をしたくないのか歌をうたっている。子供の時にテレビのホラー映画が怖くて耳を塞いであーあー声を出していたのと一緒かな ?
俺は黙ってアンテナに導かれるままに歩き出す。結城さんは一緒に歩きながらナギに話しかけている。
1階と思われるこの空間はナギの意識があまり及んでないのか並んでいるドアさえ何か曖昧だ。そのうちの一つに近付いた。他のドアと何ら変わりないそのドアに手を伸ばすとドアは消えて四角い空間が出現した。
「すごい。階段だ」
上へと続く階段を見上げ2人はせっせと登り始めた。
「ナギ、階段見つけたから。今向かっているよ。頑張って」
手を繋いだまま登っているので外回りになってしまう俺の息が荒くなるのでナギに声をかけるのは引き続き結城さんだ。
「今2階だから」
「今3階……」
と報告するが、4階から5階に向けての階段に変化が現れた。視線を感じる。誰かに見られている。気持ち悪くてどこから見られているのか確認しようとキョロキョロすると壁に張り付いている人影を発見した。もちろん俺のものでも結城さんのものでもない。人に繋がっていない影が、単体でそこに張り付いているのだ。
うわあ、嫌だなあ。と思いつつ通り過ぎる。それでもまだ視線を感じる。あちら、こちらと、シミのような人影が増えてきた。
「何だか気持ち悪い ……」
先程まで頑張って歌っていたナギが弱音をはく。
「でもあと少しだもんね、大丈夫待ってるから。駄目だと思ったら、言うから」
5階にたどり着いた。後はナギのいる部屋を探せれば一安心出来る。先程のようにアンテナ頼ってたくさんある504号室の中からナギのいる部屋を探せばいいのだ。だが、壁一面至る所に影が張り付いていて動き始め、2人の後をそれらが重なり合いつつ追って来始めた。
「怖い怖い怖い」
騒ぐ俺に、
「口に出して言葉が耳から入るとさらに恐怖心が湧くよ。大丈夫、私にしがみついてもいいから」
結城さんがなんでもない事のようにいってくる。俺は挫けずに頑張ろうと必死にアンテナを張る。ナギに近付けば近付く程影が多く濃くなっていく。そして多分ナギがいると思われる部屋の前でとうとう影がザワザワと1つになった。陰影が生じて立体のようにも見える。
「部屋の前についた。ナギ、今行くよ」
結城さんにつられて俺も歩を進める。と、影が伸びあがった。膨れ上がり伸び上がり天井につくと直角に曲がりさらに伸びて天井の端まで来るともう一度90度曲がり、自分達の後ろ側まで下がってきた。そして頭の部分にパカっと影のない部分が2つ開いた。影の動きをつられて見ていたのでバッチリ目を合わせてしまう。
「んぎゃっ」
と恐怖に怯むと、一気に影が雪崩落ちてきた。押さえつけられて息が出来ない。苦しくて苦しくて意識さえ遠のいていく。
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