第24話 3日目〜4日目 姫

 トラウマに向き合うなんて事は生半可な決意でできることでは無い。頭で考えた事が心で納得する訳ではないから。でも……


 前回の くのいちドームでの思い出トラウマ崩しでは、結城さんが混ぜ込まれたパンダ君が見たくて頑張ったけれど、今回は 2人で手を繋いで助けに来るんだって。ツボにハマるわ〜。


 確認のために手を繋いでいる 2人を見ながら頭の中でアフレコを行う。


 結城さん 「手を繋いでもいい ? 」


 パンダ君 「……」

 照れながら手を差し出す。


 結城さん 「これだと違うな。……この繋ぎ方の方が密着出来るね」


 赤くなるパンダ君。モジモジしている。結城さん、外した腕時計を渡しながら


 結城さん 「これを私だと思って肌身離さず持っていて欲しい」


 ……なあんてね。これ以上の想像は今はよしておく。明日無事に終了したらこねくり回して遊んでしまいそうな妄想を、何とか押しとどめ、


「決めたよ。明日、やろう。解除の言葉は『パンジャ』」


 パンジャって何かって ? だって、普通の言葉にしたら、悪夢を見た時に「助けて」って叫ぶとか、あるいは結城さんの名前を呼びながら目が覚めるなんて迷惑極まりない事はしたくない。明け方にキャーでは無く


「パンジャ ! 」


 だったら、ちょっと笑えてこない ?


 もしも、明日の朝までに悪夢を見たら叫んでやろう。練習したんだよって言えるしね。


 ******



 覚悟して寝たのに何も夢は見なかった。そんなものか。


 朝ご飯はベーコンエッグと昨日の夜に作った茄子の煮浸し。なぜかいつもは失敗しないサニーサイドアップに火が通り過ぎてしまった。


 皆が揃ったのでいただきますをしようと思ったら


「落ち着かない感じ ? 」


 と、結城さんに言われてしまった。


 てっきり卵の焼き加減を言われたかと思ったら、パンダ君用のご飯がわたしの前においてあり、結城さん用のお箸がパンダ君前にある。


「自分では落ち着いてるつもりなんだけれどね……」


 結城さんに優しく観察されながら朝食を終える。


「昨日の夜、餃子100個食べたんだって ? 」


 ちょっと揶揄を含んだようないたずらっぽい笑みで、結城さんはパンダ君に問いかける。蜘蛛の糸程の緊張を切るかのような作業だ。


「あ、はい。ナギに食べろ食べろ、残したら承知しないと言われて、せっせと食べていたら完食してました。残さなくて済みません」


「いや、残っていても昨日は食べなかったから、それは構わないんだけど、見たかったなあ。餃子100個食べているとこ。他に好きな物はないの ? 」


「えっと、好きな食べ物は色々ありますけど、焼き肉とか寿司とかお好み焼きも、たこ焼きも。あとステーキだってラーメンだって」


「よし、今夜奢るから焼肉食べに行こう ! 」


 それを聞いて両腕ガッツポーズの万歳パンダ。嬉しそうな結城さん。2人から幸せのお裾分けをもらって緊張がほぐれていく。


「ナギと洗い物済ましてしまうから、ゲンを連れてきた遊んでて」


 いつもはモジモジと手伝いますとか言うパンダ君だが素直にゲンを連れてきた。膝の上で顔マッサージとか言いながらゲンに変顔させている。ゲンも抵抗する事なく、チェシャ猫のような変な笑顔にされているが、怒りもしない。


 洗い物は結城さんが洗ってわたしがすすぎ、半分程のところでわたしが拭いて戸棚に戻していく。結城さんは洗い終わったところですすぎ始め、3人分の洗い物はあっという間に終了したが、いつものルーティンをした事と、幸せオーラのパンダと猫を見ているためか、固まっていた緊張はほとんど溶けて消えていった。


気分的に、外出着だが着て楽な物と、かかとのある普通の室内履きに履き替えてからトライする。


「ではまず解除が上手く作動するかやってみよう」


 わたしはゲンを抱いてくのいちドームが作動、パンジャと叫んだ途端にパチンと弾けるのを2回繰り返した。中で叫んでも外には聞こえないらしい。


「大丈夫みたい」


 不安要素がさらにひとつ消えてやる気が増えていく。


 膝を付き合わせる形に椅子を置き、結城さんとパンダ君は手を繋ぎ、ゲンはパンダ君の膝の上。わたしはひとりぼっち感が半端ないがわたしの世界に2人を招待するホスト役だからしょうがないかと自分の左手を右手で包む形で落ち着く。


「では、始めます」


 目をつぶり、開始の合図を言うと共に皆がくのいちドームに包まれる。


 件のマンションの、自分の部屋だ。3人で向かい合って立っている。ゲンは居ないが、


「ゲン、聞こえてるよね ? 」


「もちろん聞こえてますよ。心構えが出来たら、玄関から出ましょうか。殿方は、部屋の廊下にすぐ出られる場所で待機をしてくださいね。そうそう、そのへん」


 玄関からまっすぐ伸びる廊下に顔を出して確認してから部屋に戻る手を繋いだ 2人。


 あの二人がいるから大丈夫。さらに心の中でパンジャとつぶやき、自分を奮い立たせて靴を履き玄関から出た。何も怪しいことは無い。人影もない。


「ゲン、1回マンションの外に出た方がいい ? 」


「いいえ。ナギ様に任せますがどちらでも同じです」


 それもそうか。気にしない振りにも限度がある。このマンション、震えがくるほど嫌。1秒だっていたくない。


 振り返って今出てきたドアに手をかけた。帰ろう。2人が居る部屋へ。左右を見て人影がないのを確認してから力を入れる。


 ドアの開くガチャっという音とほんのすこしの隙間。その瞬間。


 ドアが軽くなる。大きく開け放たれた玄関口からナギは後ろから手で口をふさがれ一気に中まで押される形でなだれ込んだ。床に全体重をかけて押し付けられて身動き出来ない。


 襲われるって分かっていたのに回避出来ない。過去の記憶だから。

 この恐怖と、あと数十秒あるいは数分向き合わなければいけないのかと思った瞬間、


「うらあああああ ! 」


 パンダ君の雄叫びが聞こえた。ドガンとした音とともに上の物体がどかされ息が楽になる。その後お腹の下に手を入れて持ち上げてくる。


 大丈夫、1人で立てるからと言っているのにそのままひょいっと抱え込まれた。


「パンジャ ! 」


 パンダ君に叫ばれてくのいちドームは解除された。


 本体である3人全員開始した時と同じくイスに座ったままだ。


「違う。今のは違う」


「もう、華武人様。まだ早いですって止めていたのに」


「ごめん。制止出来なくって」


 3人に責められる形になったパンダ君はえ ? え ? と泡を食っている。


「分かるんだけどね、我慢して見ているの私も嫌だから。やり方を変えるべきか」


「では、始める場所を変えましょう。 ナギ様、休憩致しますか ? 」


「嫌。早く終わらせたい」


 2試合目に突入する事になった。





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