第23話 3日目 カブト

 ゲンはまず俺を見つめた。


「生半可な参加は許されません、参加しますか ? 」


「ナギがやるのなら、助けに行きます」


 ゲンは頷き、


「ナギ様。説明をいたしますので、それを聞いてから明日の朝、やるかやらないかを判断して頂けますか。まず、危険性について。過去の思い出とは言っても生々しく思い出すことによって、傷口が抉られる危険性をできる限りゼロに近付けたいので助け出すポイントを決めておきたいのです。先ほど、押さえつけられて意識が遠のいていく時に『あ。わたし死ぬんだ』と思ったと言っておられましたね。その瞬間より少し前がベストだと思います。」


 その言葉に対して俺は反論する。


「え ? ! もっと前に、ナギに手を出した瞬間とかに相手をコテンパンにするんじゃないの ? そんなに酷い状態になってからなんて、それこそ傷口抉っちゃうんじゃない ? 」


「それが難しいところなんですが、元々結城様も華武人様もそこに居ないことをナギ様はご存知です。だから助けを切望しているにも関わらずあなた達を思い出の中からも排除しようとする無意識の思いが働くのです。自覚したからといって無意識を押さえつけることなんかそうそう出来ることではありません。よって、ナギ様はもう一度辛い思いをする覚悟が必要なんです」


「そのタイミングで私達が助けに入れれば、良い結果になるんだね ?

 でも確実に辛い思いをすることになるんだね 」


 結城さんは思案げだ。ゲンにむかって、


「解除用の言葉を決めて、それを言った瞬間にこの場に戻ってくることはできる ? あと、ナギの意識が無くなったり、呼び掛けに答えられない時も」


 ゲンはその答えをナギに向かって言った。


「出来ますよ。そうするべきでしょう。それでもとてつもない覚悟が必要ですから、すぐに返事は必要無いですよ、じっくり考えてください」


 振り返って結城さんを見つめる。


「結城様が参加するには条件が付くのですが」


「なんだろう、聞くよ」


「くのいちドームに入ると、ナギ様の世界にひたるというか、同じ場所に立つために身体中で情報収集が必要なんです。華武人様みたいに」


「ああ、ダークマターに入った時の華武人君だね。練習が必要かな ? 」


「いいえ。時間が勿体ないので、華武人様と繋がって入っていただきます」


「『くのいち』で ? 」


「いいえ。『くのいち』だらけの所に入るので、『くのいち』で繋がっても意味がありません。お手手繋いでお入り下さい」


 普段あまり感情が動かない結城さんだが、目がまあるくなった。


「必要ならそうしよう。華武人君、お願いします」


「あ。いえ、こちらこそ」


 心強い味方が出来て嬉しい。何故かナギが嬉々とした表情をしているが、結城さんも助けに来てくれるから嬉しいんだろう。


 俺も結城さんも普通に右利きなので、


「どちらの手を空けておきたい ? 」


 と結城さんに聞かれるが何も考えず右手を差し出す。2人で横に並んで握手のように親指以外の 4本の指を揃えて握ってみて


「違うな」


 と一言。指を絡める恋人繋ぎに直し


「こっちの方がしっかり握れて力が入る」


 と、結城さんに言われて今までにない距離感と親密な笑顔に思わず顔が赤らむ俺。


「時計は外した方がいいな。」


 と言って手を解き、腕時計を外してもう一度確かめるように俺と手を繋ぐ。


「うん、一番しっくりくるね」


 と確認を求めてきたので


「はい、大丈夫です」


 と答え、続けて気になった事を尋ねてみた。


「あの、腕時計見せてもらってもいいですか ? 」


 いいよと言って渡された腕時計の表面はいつも見ているシンプルな白い文字盤だったが、外す時に見えた裏面はやはりスケルトンだった。

 精密な動きに囚われてしばらくじっと見入ってしまう。


「男の子ってメカニカル好きだねー。わたしもその時計好きだけど。結城さんが一目惚れして買ったの 18歳のときだったよね」


 とナギが言い、


「そうだね、18年使っていることになるね。華武人君と同い年だ」


 それを聞いて急に重さを感じてうやうやしく腕時計を返した。


「本革のビジネスバッグも長く使っているよね」


「ああ、あれは勤める時に買ったものだから14年経っているね。愛着がある物は大切にしたいからね。手入れがちょっと面倒くさくもあるけれど」


 ちっとも面倒くさそうでは無い笑顔で結城さんが言う。結城さんの生き方そのものの様な買い物の仕方に感心してしまう。自分の家をゴテゴテと飾ることなく広い空間を確保したまま必要な物は厳選されて洗練されている。

 俺の実家では家具家電以外で長持ちするものを買おうという意識を持っている人間はいない気がする。俺自身もそうだ。自分と一緒に人生を歩んでくれるアイテムが欲しくなってきた。そして必要な物だけ買う癖をつけよう。



「決めたよ。明日、やろう。解除の言葉は『パンジャ ! 』」


 ナギが、この決定は覆りません。といった決意の表情と共に言う。


「では、明日。『パンジャ』」


「頑張ります……『パンジャ』」


「頑張ってね『パンジャ』」


 パンジャってなんだろうと思いながら俺は自分の部屋に戻った。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る