第22話 3日目 姫

 わたしがなんとかかんとか、お着替えまで済ませることが出来た4ヶ月の赤ん坊を抱いて部屋にもどると、パンダ君は部屋の真ん中であぐらを書いて座り、菜々緒ちゃんと遊んでいた。左胸の辺りにもう片方の赤ん坊を抱いて。パンダ君の心音を聴きながら、大きな左手でおしりを支えられて、気持ちよさそうに眠っている。


 わたしは自分が抱っこしている赤ん坊をベッドに戻した。


 因みにパンダ君が抱っこしているのが愉海ゆうみで、わたしが抱いていたのが希陸きりくという。雪の降る日に生まれたのでそれぞれにの字を分けて命名したそうだ。

 わたしも出来れば自分の名前の由来が知りたかったなあと思う。今は亡き母親がつけてくれた名前を嫌ってしまって申し訳ない気持ちと、恨みがましい気持ちが混ざり合う。


 菜々緒ちゃんはパンダ君の前で大きい順に重ねるコップタワーを作って遊んでいる。散らばっているコップのひとつを持って来ると、パンダ君が


「ここに重ねてー」


 と指示をし、大きさが合っていないと


「あっちの持って来てー」


 などと言われながら一生懸命作っているが、背中を向けた時にパンダ君がタワーの上のコップを取ってちょっと離れたところに投げるので、10個しかないタワーがなかなか完成しない。


「永久機関 ? 」


 と呟きながら眺めていると玄関のチャイムがなって、


「ごめんくださーい。遅くなりました」


 と、声がかかった。慌てて玄関に出迎えに行く。菜々緒ちゃんも飛んできて、


「なおちゃんだー」


「ななおちゃんだー」


 と、2人で嬉しそうだ。小池 なおさんという顔なじみのベビーシッターが来ると言っていたから、これで安心だ。わたしはプレイルームに戻り、愉海ゆうみをベッドに戻しているパンダ君にお礼を言った。


「ありがとう、助かった。昼ごはんはどうする ? 」


「アパートに戻って、冷蔵庫のもの食べます」


「じゃあ、夜ご飯。お礼に好きな物作るよ」


 パンダ君はちょっと考えて


「別に……なんでもいいな。ナギのご飯美味しいし」


 と笑う。


 よし。じゃあ餃子だな。と、思いながらもう一度お礼を言ってパンダ君を送り出した。ゆかりには後で勝手に知らない人を入れた事を謝っておこう。あ。いけない。汚れた肌着を洗っておかなくちゃ。


 肌着を洗ったあとも双子の片割れにミルクをあげたり、奈々緒ちゃんと遊んだり、 なおさんにベビーシッターのあれこれ聞いたりして過ごしているうちにお昼を回ってしまい、慌ててお暇をした。


 買い物をして帰り、お昼は簡単に焼きうどんを作って鰹節をたくさんかけて食べた。


 夜ご飯の餃子は100個作ることにしたのだが、結城さんから残業してから帰ると連絡があったので、頑張ってパンダ君に食べてもらおうと思う。だってラーメン食べた時の話題で、餃子だけで腹いっぱいにしたいとか言っていたもの。


 キャベツひたすら刻んでニンニクとニラ多めで、合い挽き肉と調味料混ぜて混ぜて、皮は市販の25枚入4袋。

 全部包み終わってから大きい方のフライパンで25個ずつ焼いていく。


「パンダ君のために作ったんだから、絶対遠慮するな。お腹に隙間なく詰めろ」


 と言ってせっせと焼くと、100個全部完食したよ。さすがにびっくりしたよ。


「タネはまだあるから餃子バーグ作ろうか ? 」


 と言ったら、


「いや、これ以上は時間が経たないと無理です。」


 なんて言うもんだから、結城さんが帰ってきた時にまた食べそうで怖いよ。どこまで成長するつもりだよ。


 結城さんは遅く帰って来た時はお腹すいていても簡単なものか消化のいいものしか食べたがらないので肉が少し入ったうどんを作ってわたしも夜ご飯はそれにした。


 パンダ君はしばらくしないとお風呂に入れそうもないと言うので先に入る。

 半身浴をしながら優しく撫であげる顔のマッサージをしていると結城さんが帰って来たらしく、音や話し声がする。

 パンダ君が例の事を報告しているんだろうな。


 昼過ぎにわたしより後に帰宅したパンダ君に、


「ナギのお父さんが、建物から出て行方知れずだってゲンが言うんだけど」


 と言われたが、それを聞いても


「あら、そう」


 としか言えなかったわ。確認の為に携帯で見てみると、確かに建物からは出ているらしい事が分かった。でももう、どこにいるかなんてどうでもいいし。あんなに必死になった自分が馬鹿みたい。ほんとーに。

 大変なことになってると思ったから助けに行ったのに。今考えるとなんであんなに必死になっていたのか分からない。


 またもや鬱々とした気分でお風呂から出る。

 リビングに行くと結城さんがうどんを食べていた。幸せな顔して食べてくれてありがとう。


 食べ終わると、


「ちょっと聞きたいことがあるからゲンを連れて来てくれる ? 」


 と、またテーブルクロスを広げる。パンダ君はなんだか嬉しそうにゲンを連れてきた。


「誠さんの事なんだけれど、昨日丸投げした通りに私達はもう関係ないとしていいんだね ? 」


 と聞かれたゲンは


「そうですね。困るのはわたくしだけなので」


「1人であっさりと外に出られたのには納得できない気もするが」


の関与によるものだと思います。わたくしも直接対峙したくはありませんので。生物の姿をとっているのなら、何がしたいのか聞いてみたいですけれども」


「まあ、誠さん絡みの事はこちらから関わることはしないでおこう。で、もう1つの方の問題。ナギのトラウマは解除できるかどうか。まずゲンの意見を聞きたい」


 わたしはちょっとびっくりした。やらない事に決まったと思っていたから。


「確かに、ちょっと難しい所がありますね。下手なやり方をすると抉り取られて酷くなります。まずはトラウマの分解をしましょう。」


 ゲンに優しく聞き取りをされて、ドアを開ける時フラッシュバッグする時がある事、すぐ側に大きな人、特に男性に立たれると冷や汗が出ること、いまだに黒い影に押さえ付けられる悪夢を見ることの 3つが浮き彫りになった。


「1番辛いのは ? 」


「そりゃあ悪夢でしょう」


 と、わたしは答える。


「それでは、悪夢と向き合う必要がありますが、ナギ様と華武人様のやる気というか決意が必要です」


「待った、待った。やるんだったらわたしも参加するよ。今回は待っているだけなんて耐えられない」


「そうですね。それについては後で。行なうとしても今からではなく朝とか昼前がいいですね」


























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