第21話 3日目 カブト

結城邸で朝ご飯を食べてから俺は自分のアパートに戻っていた。放ったらかしの洗濯物や冷蔵庫の整理をするためだ。

 2日間居なかっただけなのになんかもう既に懐かしい。それ程までに結城家が心地よくて馴染んでいたのだ。


 それでも自分で決めて自分で借りたこのアパートは自分だけの城である。

 ゲンを連れて来たかったが誠さんを説得すると言うので例の建物前に置いてきた。後で迎えに行くからねと言ってある。


 結城さんは勿論仕事なのでスーツ来て出社して行った。似合うよなぁ、スーツ。腕時計とか大人のアイテムもカッコイイし。


 ナギは自分の仕事が溜まっているとか言っていたな。今日は部屋にこもりっきりかな。


 部屋の片付けをぽやぽやした気分でしていると、ケータイが鳴った。ナギからだ。


「もしも……」


「今から送る住所に来い。急げ。」


「え? でも」


「急げ」


 そのまま切られる。もう繋がらなくなった。

 これを無視するとどうなるんだろう ? 恐ろしすぎる。





 10分後、ケータイのナビを使って着いたところはどこぞのお家 ?


「着きました」


 と連絡いれると、


「早かったな、早速頼む」


 と、ドアを開けたナギはジャージ姿で泣いている赤ん坊を抱いていた。さらに後ろから女の子が顔をのぞかせている。


「頼む、とは ? 」


「説明するからまず中にはいって、手を洗え」


 女の子と目が合ったのでにっこり笑うとナギの陰に隠れながらも、ちょっとお辞儀のような仕草をした。


「まず、ここの家はわたしの親友のゆかりの家だ。今日は結婚式に夫婦で出かける予定があったので、子供 3人の世話をベビーシッターに頼んでいたらしいのだが、家庭の事情とやらで遅れることになり、30分だけわたしが見ることになった。まあ、何回か遊びに来ているし、世話もしたことある。泣いてもほっといていいから、危険がないかだけ見ていて欲しいといわれたので、任せて。といって送り出したのだが」


 ついて行った部屋はプレイルームのようで、絵本とおもちゃのカゴが壁際に置かれている。揺りかごのようなものが 2つあり、ひとつには中身が入っていた。赤ん坊は双子のようだ。まだ寝返りもできない感じの赤ちゃんである。


「ほっといてもいいと言われたんだがな、親が出かけた後のこの子のおもらしが、大変なことになっていてな」


 本当だ。背中の方にしみ出している。しかも大きい方だ。


「丸ごと着替えさせたいが、慣れてないものでこの子にかかりきりになると思う。あとの二人、特にこの奈々緒ちゃんが、危ないことをしないか見ていて欲しい」


「分かりました」


と了承し、洗面所を借りて手を洗ってくると、ナギはあたふたと奥の方へ引っ込んで行った。かなりテンパっている感じがする。


「奈々緒ちゃん、好きな絵本はどれ ? 」


 読んであげようと思って聞いてみると


「おじさん、誰 ? 」


 と、答えが帰ってきた。

 ああ、いけないまた自己紹介を忘れていたと思って


「石川華武人と言います。ナギお姉ちゃんの知り合いです。カブトって呼んでね」


 自分の姉たちが子供を産んだ時は家族に


「叔父さん叔父さん」


 とからかわれたが、他人の子に呼ばれるおじさんは意味合いが違う。ちょっとトホホな感じだ。


「奈々緒ちゃんは何歳 ? 」


 と聞くと、ちっちゃな指を2本立てる。


 後でナギに聞いたら、親があと少しで 2歳になるからと指 2本を教えたらそこから自分は 2歳だと確定してしまったらしく、本当は 1歳10ヶ月だそうだ。


 それにしても、人見知りが無くてよかった。俺が読む絵本を、大人しく聞いてくれている。気になるのは、残された双子の片割れが文句を言いたげな声を時々あげている事だ。泣きだしたらどうしよう。首が座っていなかったら抱くのは無理だと思う。


 奈々緒ちゃんは絵本に飽きたらしくて箱からカラフルな木のおもちゃを次々出してきて


「こえ、さかな。こえ、くるま」


 と、教えてくれる。穴が開いているから紐を通すのだろうか。


「うん、うん、すごいね」


 と、相づちを打ちながらもどんどん木のおもちゃに囲まれていく。このままでは片付け大変になるかなと思ったので、


「おさかなさんカゴに入れて、黄色いの持ってきて」


 とか、


「くるま置いてきて、好きなの持ってきて」


 とかお片付けもセットで頼んでみた。素直に言うことを聞いてくれる。俺自体が珍しいので飽きないみたいだ。


 だがしばらくすると、とうとう残された赤ん坊が泣きだした。

 ナギは孤軍奮闘しているらしく、まだ帰ってこない。

 仕方なく近寄ると奈々緒ちゃんも来てゆりかごを揺すってくれる。


「うみちゃん、なかない、なかないよー」


 でも泣き止まないので、ナギが気にしないようにと意を決して赤ん坊の背中と頭の下に手を入れて抱き上げた。自分の体に添わせるように縦抱きにしてトントンと背中を叩く。首は座っているが身体はまだむにゃむにゃと柔らかく、生きたぬいぐるみを抱いているみたいだ。姉の子を何度か抱いたことがあったのだが、赤の他人の子供を抱くのは緊張した。と同時にお互いの体温のやり取りでなにか通じるものがある感じもする。

 とにかく小さくて保護欲をそそられるのは黒猫と一緒だ。














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