第20話 2日目 姫

 結城さんはとんでもなくお風呂タイムが短い。湯船に浸かる時間が長いと飽きてしまうそうで、カラスの行水だ。だからといって不潔だとかいうことはまったく無いので問題はないのだけど。


 わたしはやる事沢山あるので長風呂だ。手洗いしたい洗濯物もあるし、髪が短くても洗髪は丁寧にするしムダ毛処理や顔のマッサージ、体温を上げるために真夏以外は半身浴をする。

 最初の頃はお風呂で倒れているんじゃないかと結城さんにすごく心配されてしまった。


 そして今、湯船に浸かりながら先程の事を思い出していた。30%結城さんが混ざったパンダ君がものすごくいい男になっちゃっていて、え ? これ結城さん 80%以上じゃない ? とか思ったっけ。結城さんと華武人だからユウトと命名された脳内のわたしの味方はとても心強い存在だ。上手く記憶の中に溶け込んでいる。何度でも思い返してみたくなるぐらい。


 でももちろんあの後も嫌なことは沢山あった。

 ついうっかり、いじめられてるなんて言わなければ良かった。でも汐織さんが夕飯の時に、


「姫ちゃんお腹痛いの ? 女の子の日? 」


 なんて聞いてくるから、馬鹿馬鹿しくなって。だってその後に


「わたしも生理痛酷い時あってさあ、いやんなっちゃうよね必要ないのに。あと20年も付き合うなんてさあ、うんざりだよね。姫ちゃんはまだ40年ぐらいあるのか。大変ねえ」


 と言ったのだ。父親もおかしいけど、この人も変な人。あきれてしまって


「生理じゃないです。私が食欲無いのはいじめられてるから」


 と、つい言ってしまったんだ。汐織さん、ぽっかり空いた穴のような口をしてその後黙り込んだけど、この日も家にいない旦那であるわたしの父親に後で報告したのだろう、次の日に中学であんな騒ぎになったのだ。そのあと適当にあしらわれたと思った父親が、じじじじばばばばと 5人で電話攻撃始めるんだよなあ。


 今は過去の事と割り切れるようにはなっている。中学卒業したすぐ後ぐらいは、街で同級生とすれ違ったりすると心臓がバクバクしたりしたけれど、全ての人とは仲良くなれないわけだし。わたしから関わろうとは思わない。


 問題はどちらかというと 7年前のストーカーというか例の事件。思い出したくないのに黒くて大きい物体に息が出来ないほど押しつぶされる夢を見る。逃げ出せない恐怖。死を覚悟したあのマンションがいまだに悪夢として現れるのだ。夢だから死にはしないけれど助けが欲しい。そう思ったのに。嗚呼。


 結城さんでもパンダ君でもユウトでもいいから


「大丈夫か」


 って、助けに来て欲しい。


 リラックスタイムのはずなのに鬱々とした気分のままお風呂から出ると、パンダ君がリビングから顔だしてちょっとちょっとと手招きしていた。


「なあに ? 」


 リビングに行くと結城さんは自室に戻ったのかパンダ君だけだった。


「結城さんに内緒の話 ? 」


「内緒というか……これ見て欲しいんだけど」


 と言って渡されたパンダ君名義の通帳には50万円の入金がされていた。


「昨日、お礼を入れとくからねって言われて結城さんに通帳預けたんですけど、間違いじゃないんですかね、桁が1つ違う気がするんだけど」


「じゃ、聞くけど、逆の立場だったらいくら払う ? 本当は自分がやらなければいけない未知の仕事を、宇宙猫が太鼓判押したからって未来ある18歳の若者を巻き込んだんだよ ? 」


 ううん。と唸って言葉が出ないパンダ君。わたしは中身をチェックしてみた。


「通帳持ち歩いてるんだー。あれ、最大で80万の時があるじゃん。でもその後、ガンガン減ってる」


 去年までにコツコツ貯めた感じのお金が、30万、20万、20万といった感じに引き出されている。


「車とか免許とか引越しとかで……」


「そっか。自分でお金出したのか。すごいね」


 すごくはないですけども。と、もにょもにょ照れるパンダ君に


「結城さんが決めた額に文句があるなら直接言いな。わたしは文句ないよ」


 はい、と通帳を返した。


「詐欺には気をつけな」


 と言うと


「結城さんにも言われました。俺ってそんなに間抜けそうなのかな」


 ちょっと傷ついた顔をしている。

 あなたは人を疑うという事をしないでしょう ?

 今まで人を疑わなくても生きてこれたでしょう ?

 それは幸せな事だよ、パンダ君。


「あなたが傷つく姿を見たくないだけだよ」


 わたしもね。するとパンダ君は話題を変えた。


「そうそう、あと聞きたかったんだけれど、今まで空耳だと思っていたのが、ナギに関係することだったじゃないですか。俺、ダークマターの中で 1度結城さんを見かけた事があるんだけど」


「え、ほんと ? 」


「最初はやっぱり見間違いかもとか思っていたんですけど、なんかうつむき加減で悲しそうで気になっていて。でも 1度きりだし。ゲンに聞いてみたんだけど未来の1場面だと思うから、今結城さんに聞いても分からないだろうって。」


「服装は ? 覚えてる ? 」


「青いシャツを着ていました。少し光沢のある、色の付いたワイシャツっていう感じの。下は覚えてないなあ」


 わたしのよく知っているシャツだ。だってわたしが作ったのだから。


「そうね、もし結城さんがそのシャツ着ているの見たら教えて。わたしも気をつけておくから」


 おやすみを言って自分の部屋にもどる。


 生みの母方の滝口のじーちゃんばーちゃんとは、父が再婚したあたりから縁が切れていたんだけど、成人式の前の年、わたしが引きこもっている時に連絡がきたのだ。


 着物は着るのか、買ったのか、大きなお世話かもしれないがお金を出したい、大きくなった姫を見たい、と。その時に結城さんが話をしてくれて、ばーちゃんはわたしの面倒を見に来てくれた。


 いつでも対処出来るようにと同じ部屋に布団を敷き、悪い夢を見たら起こして背中をさすってくれて、一緒に行動してくれた。田舎料理でごめんと言いながら作ってくれた煮物はお世辞抜きに美味しくて作り方を教わった。それから何もしていないと嫌なこと考えちゃうわね。と言ってお裁縫のあれこれを教えてくれた。

 初心者だったけれど、丁寧に作れば大丈夫と言われて作ったのが青いシャツ。勿論採寸して作った結城さんのシャツだ。

 我ながら、上手に出来た。ばーちゃんの生地選びもビンゴだったみたいで結城さんにピッタリ似合いのシャツが出来た。


「あらあら、男前だ事」


 と、ばーちゃんに褒められて照れた結城さんは可愛らしかった。


「大事に着るね」


 と、時々着てくれるが、そのシャツに違いない。どういう事だろう。分からないが気をつけていよう。
















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