第18話 2日目 姫
「分かりにくい。あなた達全体を指す言葉はないの ? 」
焦れったくなってきて、聞いてみる。
「わたくし達を指す言葉は、日本語にすると『どこにでもある』です」
「じゃあ、あなた達全体はドコアルで、おとーさんに取り付いているのはリョウね」
「どこに居るか分かりませんが、リョウ、ですね。何故攻撃してきたか分かるといいんですけれど」
また、小首をかしげるゲンを哀れに思ったのかパンダ君がヒョイッと抱きとって撫で始める。そして、
「ドコアルって、ひとつに繋がっているのに、仲良しじゃないなんて。 『いつも一緒にいるからって、仲良しとはかぎらないよ』 だね」
本当に何気ないようなパンダ君の言葉。でもわたしは固まって動けなくなった。
何故、その言葉を ? たまたま ?
わたしと対面に座っている結城さんの目が一瞬すうっと細くなった。
ゲンに視線を向けているパンダ君は気付かない。
「華武人君、今の言葉ってどこかで聞いたの ? 」
いつもと変わらない結城さんの声に、
「ダークマターの中で、時々女の子の声が聞こえるんですよ。笑い声とか。最初はビビりましたけど、たまーに聞こえるだけなんで、今は平気です」
普通の会話の延長として答えるパンダ君。
わたしと結城さんの間で、ピンっと空気が張り詰めた。
犯人の前で自白を待つ老刑事のようにじっと動かない結城さんに、とうとうわたしは観念した。
「ダークマターの中心辺りで、中学の時の……
結城さんは額に手を当て目を伏せた。
「最初から ? なんで言わない ? 」
「だって、このぐらいって思ったんだよ。昔のことだし、我慢できるって思ったの」
隠していたのにバレてしまった。
「我慢する必要のない事だ。他にやりようがあったかもしれない。ゲン、ダークマターの中では意識も共有しているの ? 」
「ダークマターの中というより、『くのいち』で繋がっているせいだと思います。もともと、ダークマターの中では繋がっていないとお互いの声が届きません。肉体で仕切られている人間の意識がそんなに近いと思わなくて。でも華武人様は、感度がよくて、色々と拾ってしまうのだと思います。情報収集に長けているというか」
あのふわふわにはそんな意味があったのか。
「じゃあ、わたしたちのは ? 」
「バリア的守りの形でしょうか。」
自分の中の思い出からは守ってくれないけど、と恨めしく思う。もうこうなったら謝るしかない。
「ごめんなさい、結城さん。最初の時に何かの拍子に思い出してしまったみたいで、建物に入る度に思い出しちゃって。でも、あと 1回だけ、何としてもおとーさん連れ出すから」
もう入りたく無いけれども、やりたくないけれども、自分がやらなければいけない事だと思っている。それは結城さんもそう思うでしょう ? 放ったらかしにして、他人に迷惑かけたら困るもん。
「いや、入らない方がいい。ゲンは誠さんとは繋がっていないのか ? 」
「細く繋がっているはずだったんですけれど、なんというか断線するんです。拒否されているんだと思います。繋がったとしても上手くコミュニケーションが取れなくて。最初の『姫ちゃんが来ないと、ここから出ない』と言われてナギ様を連れていったのに出て来ないのは約束破ったことになりませんか ? 」
「誠さんだからね。ナギに捕まえてもらう、までが約束の範囲内かも。でも、こっちだって事情があるんだから、外に出てきたら迎えに行く。という事にしよう。ゲンに何とか伝えてもらって、私達が心配するのは健康面だけにしないとこちらの身が持たない。それでもダメなら寝ている間にでも引っ張り出すしかないかな。まだ、彼の体力は持ちそうなのかな ? 」
「残念ながら、不思議な活力で中を動き回っています。分かりました。何とか伝えておきます。早めに出て来てもらって対処法を聞かないと」
「では、丸投げですまないがよろしく頼む」
解決法は見いだせ無かったが方向性は決まったところで皆一様に身体の力を抜いた。
「声が聞こえるんだからその時に言い返したり、何とか出来ればよかったな。」
ポツリと言ったパンダ君の言葉にゲンが反応した。
「出来ると思いますよ」
軽く言われたゲンの言葉にびっくりしたのは3人共で、
「ええ !? 」
「過去に戻れるの ? 」
「どういうこと ? 」
と、声を上げる。
「さすがに、過去にはもどれません。ナギ様は、過去を思い出す度にまた同じような辛さを体験して、辛さの上書きをしているんです。徐々に思い出すまでの時間が長くなり、忘れていくのでしょうが、今、わたくしと華武人様がいるのですから、ナギ様の辛かった過去の 1場面に味方として華武人様を差し入れることは出来ますよ。辛い時って、記憶が穴だらけになりますからね、入れ放題です。」
「怖いな、ゲン、それって人間の記憶操作とかとは違う ? 」
「違うかどうかはよく分かりませんがわたくしは場を提供するだけなのでやるかどうか決めるのはあなた達です」
「胡散臭い気がしなくもないが、どう思う ? 」
「うーん。正直やってみないと分からないと思う」
守りの 2人は二の足を踏むが
「華武人君の直感的には ? 」
と結城さんが聞くと、
「やってみたいです。ナギの助けになるのなら」
と、男前の答え。
「確かに、そこなんだよね。中学生ぐらいの時って反抗期というか、親離れする時期だよね。その時に友達関係は重要で女の子なんか特に友達べったりになったりすると思うんだけど、ナギはそれが出来なかったからね。みんな遠巻きで関わろうとする子もいなかったみたいだし。特に敵対する訳ではない子も、味方ではないわけだし。辛い過去から助けてあげたい。ナギさえ良ければ今やるべきだ。どうする ? 」
結城さんは言葉にしながら考えをまとめたみたいでどうするかをナギに問う。
「具体的にはどうやるの ? 」
及び腰のわたしがゲンに聞くと、
「1番辛かった時、あるいはよく思い出してしまう場面はどんなときですか ? 」
ゲンは甘い声で囁く。
「ひとつはさっきの言葉を聞いた時。親友だと思っていたからね……もうひとつはクソ親父が学校に乗り込んできた時」
言いながら、思い出してしまって苦い顔になる。
「そう。まさに今思い出していることを、わたくしの『くのいち』で作ったドームで華武人様と共に包みます。華武人様にはわたくしが指南しますので、お任せ下さい」
「パンダ君ががそのままわたしの記憶の中に出てくるの ? なんか変な感じ」
「では、結城様を合わせましょう。中学生の頃の写真など、お貸し頂けますか ? 」
結城さんとパンダ君のミックスなんて……見たい !
ついやる気が出てしまった。
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