第16話 2日目 姫
今日の夜ご飯はトンテキにしよう。パンダ君が喜ぶ顔を思いめぐらしながら買い物をする。若さなのかなあ、食に対するパワーが違う。
結城さんは、長く使うものには物凄くこだわる人だけれど、消耗品にはまるきりこだわらない。100円だろうが 2万円だろうが、欠けのないお皿を使えばいいし、ダブルだろうがシングルだろうがトイレットペーパーは切らさなければいい。でも服とか日常に使う食器とかは消耗品だろうけれど、食事にもこだわりがない。
不思議に思って自分の身体って、1番長く使う物じゃないの ? 身体を作る食事にこだわらなくていいの ? と聞いたことがあるけれど、
「頭で考えてこだわるものを決めている訳では無いから、ごめんね。」
と、謝られてしまった。いいんです。日々の食事作りが自分の好きにできて楽です。だって、毎朝同じメニューでも、何も文句言われないし、夜ご飯失敗したりした時も、納豆ご飯で良いし。
「無理をしているとか我慢しているとかでは無い」
と断言しているから本当に毎日同じ物でもいいんだろうけれど、わたしは食べたいものは毎日違うし、結城さんには健康で長生きして欲しいのでいろいろ頑張っている。
その点、パンダ君は自分の好きな物 (肉系の物) に対しての目の輝きが違う。性格は草食動物としか思えないのに。好き嫌いは一応無いみたいだけど、食べ応えのあるものがやはり良いみたいなので、肉をメインに食材の量は今までの倍にしてみる。わたしと結城さん 2人が食べる量をパンダ君 1人で食べる計算。多くても問題ないだろうけど少ないとショボーンとした顔になりそうで可哀想な気がしちゃうから。
買い物と行き帰りで40分弱ぐらいかかったけど、2人はまだ帰って来ていなかった。
夕飯の準備に取り掛かりながら、昨日結城さんとパンダ君について話したことを思い出していた。
1番最初にわたしがパンダ君のお腹を掴んだり蹴ったり、今までの人間嫌いはもう治ったかのような振る舞いに、結城さんはビックリしたって言っていたけどわたし自身もびっくりだった。だって、初めて会う人に近寄ることなんか怖くて出来ない。さっき買い物に行った時もやはりパーソナルスペースが最低でも 1メートルは必要だった。
でもパンダ君はなんか特別。結城さんも最初から親しみを持ったと言っていたし。大きな体で上から見下ろされても別に怖くない。だからパンダ君が『くのいち』の練習していた昨日の昼過ぎ
「同居頼んでみようか」
と言われた時、普通にいいねと答えることが出来たのだ。結城さんとの 2人暮しは物凄く安心するし、誰かと同居して何か変化させなくてはいけないなんて必要ないと思っていたけれど、パンダ君が居るとなんか色々と新鮮でいいかも。でも本心はいつかこの家を追い出されるのは嫌だと思っている。いつかなんてきて欲しくない。出来れば1歩も踏み出したくは無いのだ。
たぶん、結城さんの中でもわたしはまだ可愛い姫ちゃんなんだろうなと思う。ちゃんと 1人前に扱ってくれるけれど、3歳のわたしが根強く心の中に住んでいていつまでたっても血の繋がらない姪のままだ。お年頃の女性として見て欲しい。たった10歳しか違わないんだよ ?
キッチンの高さが合わないので今も下駄を履いているが、それだけではない。結城さんと釣り合いたいのだ。
それにしてもあと 10センチ身長が欲しかった。結城さんとの身長差29センチあるからなあ。もう、どうしようもないから諦めるしかないけれど、おしりが垂れ下がるのは我慢できないから、1本歯の下駄で頑張っている。背が低くてさらに足が短いなんてやだ。
トンテキはタレにつけこんであとは焼くだけ。味付けはちょっと濃いめかも。
ふわふわキャベツを作っていると、やっと 2人が帰って来た。
でもなにか、結城さんが神妙な顔している。
その後からパンダ君がなにか言いたそうにゲンを抱いて入ってきた。
「あの、雨降っているし、ゲンってほら、本物じゃないから毛も散らからないし、ご飯も必要ないし、結城さんがナギがいいって言ったら家に入れていいって」
まるで小学生が野良猫を拾ってきて
「うちで飼っちゃ駄目 ? 」
と言っているみたいだ。期待を込めたどんぐり眼でこちらを見てくる。これは……結城さんが悪者になりたくなくて私が断るのを期待している ? と思ってキッパリと
「パンダ君の部屋以外だめ ! 」
無理です。末っ子には勝てません。結城さん笑っているし。パンダ君は
「うはーっ」
とか言いながらゲンを連れて部屋に駆け込んで行った。
結城さんはゲンの事を
「華武人君にはナギが許してくれたらいいよって、イタズラ心で言ってみたけど、これからの事をちゃんと話し合わなきゃいけないと思って連れてきたんだ。誠さんは楽しいらしくてまだ出てこないみたいだから食後に話し合おう。」
結城さんは穏やかに話し合いたいときは食事の後にすることが多い。たぶん気分的にしたくない話し合いなんだろうな。父親がらみだしな。
「パンダ君って、ゲンのこと苦手に思っているのかと思ってた」
昨日は白目剥いて倒れそうな程だったのに。
「なんか今はもう猫としか見れないみたい。」
「喋るけどね」
「そうそう。剥けたりするけど」
「そうそう」
「まあ、信用しすぎるのは良くないだろうけど、華武人君とセットだと許せるというか安心出来るのはなんだろうね」
不思議そうに結城さんはつぶやく。
さて、満足気なパンダ君を見ながら夕飯を食べ終わったあと、
「さあ、ゲンを召喚しよう」
と、結城さんは丸いテーブルクロスをもってきてダイニングテーブルの上に広げた。素敵なレースのテーブルクロスは四角いダイニングテーブルに合わないので、貰ったまま今まで仕舞い込んであったものだ。
パンダ君に連れてこられたゲンはちょこなんとクロスの真ん中に置かれる。本当に魔法陣に召喚された使い魔のようだ。
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