第15話 2日目 カブト

 重たい話になってドキドキしながら聞く俺とは対照的に淡々と話を続けるナギ。


「一人暮らしはとてもじゃないけど続けられなくて、でも親と一緒も無理だし、困っていた時に結城さんがここに住んでいいって言ってくれて、父親とはその時に絶縁したつもりだったんだけど、わたしが 21歳のときかな 、マルチ商法に引っかかって」


「誠さんが、ね。あれはマルチというよりネズミ講だね。元々頭はすごくいい人で、海底を掘ってマントル到達を目指す探査船の、ドリルの先のビットと呼ばれる部分の開発を担当していたんだけど、何年もかかる作業で資金調達に困ったのか、それとも本当に騙されたのかは分からないが、とにかく被害にあって。不味い事に加害者にもなるんだよね、ネズミ講って。」


 結城さんとナギが 2人揃ってギネスにチャレンジするかのような長い長いため息をもらした。


「誠さんの親たちによると、社会常識や生活全般に対して頭の弱い人認定されたらしくて刑事罰は付かなかったけれど、その時に職とお金を失って、目を離したら駄目だという事で地元に連れ帰って来たんだ。そうしたらナギに執着してしまって。この家に一緒に住みたいというのを、私達 2人が拒否するためには適度に相手をするしかなくってね。行動が掴めない人だけれど 1番のストッパーはナギだしね」


「うーんと。関わりたく無い人だということは、分かりました。誠さんが逃げ回っているのはナギに構って欲しいということですか ?」


「そういうことだと思う。何回か助けに行けば、気が済んで出てくるだろうという事は分かっているんだよ、私達もね。ただ、ほっとけない状況と分かっていての悪ふざけに付き合わされる悔しさというか。……まあ、様子は見るけどチャレンジするにしても 明後日でいいんじゃないかな、私の仕事休みの日。今日夕方にでもゲンと相談してくるよ。

 こんな感じになってしまったけれど、もしもう 1回お願いしたら、助けに行ってくれるのかい ?」


「俺は何回でも行きます。終わらせたいです」


「ありがとう。ではもうひとつお願いがあるんだけれど」


 なんだろうと緊張する俺に、


「実はしばらく前から同居人を探していてね」


 と、しっかり目を合わせて言われる。


「ナギも最初は本当に引きこもりの状態で、家から一歩も出られなかったんだ。関わりを持てるのは家主の私と、高校の時の親友のゆかりさんだけで。そのうちにナギの生みの母のほうの祖母と連絡取り合うようになって、しばらくここに住み込みでナギの心のケアと、手に職をという事で和裁、洋裁の基本的なことを教わったから、今は古い着物のリメイクをしたりして生計を立てられるようになっているんだ。ようやく普通の生活になってきたかな」


 結城さんは柔らかい目付きでナギを見る。


「でもね、そろそろ環境を変えたいというか、整えてあげたくてね。普通に外に出られる様にはなったけれどすぐには一人暮らしは無理だろうし。それなら誰か一緒に住む人を増やしていけばいいかなと思ったんだけれど、でも私達 2人が納得できる同居人を探すのがなかなか難しくてね」


 そう言いながら意味ありげに見つめてくる結城さんとナギにどう答えていいか困っていると、


「とりあえずお試し期間で 1ヶ月間、家賃はいらないから同居してみないか ? 今のところは解約しないで、ダメだったら戻ればいいし、良ければ今の所と同じ家賃でいいから継続する感じで、開始してみないか ? 」


 すぐに返事は必要ではなさそうだが、悪い話ではないと思い、


「よろしくお願いします」


 と、頭を下げた。


「ようし、じゃあ今日はカウチポテトするかぁ」


 と伸びをする結城さんに


「それ、死語だよ」


 笑いながらナギが答える。意味が分からない俺を他所に、食べ残しのハンバーガーと、冷蔵庫から出したペットボトルの炭酸飲料を持ってこっちにおいでと 2階に連れて行かれた。


 1つの部屋がシアタールームになっていた。レザー調のリクライニングベッドが 2台くっつけて置かれていて、4人ぐらいが普通に座れそうになっている。


「わたし真ん中 ! 」


 ナギが赤いクッションと共に真ん中に座る。


「華武人君はここに座るといいよ」


 と、ナギの左側を勧められたのでそこに座る。


 結城さんが色々質問してくるので答えていると、冒険、ドキドキ、ギャグ有り、最後サイコーにスカッと ! な映画をチョイスしてくれた。


 ありきたりだけれど、大画面と良い音響って、それだけで娯楽なんだね。面白かったー。腹の底から笑いました。


 今度おすすめのホラー映画あるから見ようね、背後からひたひた迫ってくる音が怖いの。とナギに言われたけれど、ホラー苦手だからもにょもにょと断った。ナギこそそんなもの見て大丈夫なのか聞いてみたら現実の人間の方が怖い、と真顔で返事をされた。俺は自分が18年間なんの修羅場もなく安心安全の生活をしてきた事に今更ながらに気付かされる。18歳で無職になるなんて事はそれこそ何とでもなるんじゃないかと思い始めていた。


 夕方、結城さんはゲンと話し合いに行くと言うので一緒に連れて行ってもらう事にした。

 外に出るといつの間にか音のない細かい雨が降っていた。


「小糠雨だね」


 結城さんはそう言って傘を差さずに手に持って助手席のドアを開け、俺を乗せてくれた。


 走り出した車の中で、


「華武人君ってナギに対して大人の対応するよね」


 と言われて、どういうことかと聞き返してみると


「暴力振るわれてもやり返さない、怒鳴らない。いつの間にかパンダ君呼びされているけど何事もスルーするスキルというか」


「ああ。何故か最初から姉のような気がして。家でも逆らわないで流している方が平和なので」


「なるほど。2番目のお姉さんと同じ年だったっけ ? 」


 最初は自分とそんなに変わらない年だと思っていた。26歳だと知ってびっくりした。


「そうなんですけど、性格も似ているような感じもしますけど、でも俺の中ではナギは長女の位置づけなんです。絶対逆らえない気がする」


 結城さんは、はははと明るい笑いをして


「それ、本人に言ったら駄目だよ」


「もちろん言いません。小指がいじめられます」


「それは……ごめん、暴力に対してはきちんとNoと言っていいんだよ ? 」


「いやあ。なずな姉ちゃんの方が酷い。でかい尻を向けるなと言って蹴飛ばしてくるし、居間でうっかり昼寝でもしたら邪魔だからって踏まれます」


「たくましいなあ。兄弟姉妹が多いとそんなものなのか」


 ふうんと頷きながら結城さんはしきりと感心している。


「結城さんもお姉さんいるんですよね ? 」


「5歳上の姉がいるけど、興味を示された事はないなあ。姉と弟なんて、そんな風に淡白なものかと思っていた」


 研究所に着いたので、おしゃべりは一旦お終いになった。




















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