第11話 1日目 カブト

 結城さんがお風呂入りに行ったので、ちょっと意外に思ったことをナギに聞いてみた。


「結城さんのパジャマ……」


 ダイニングテーブルの隣にいたナギは、それを聞いた途端、俺の左手の小指をにぎって思いっきり反らせた。


「あだだだだ、痛い痛い ! 」


「それ、悪口 ? 」


「わるぐち、ちがう。うそ、いわない ! 」


 まるで日本語が不自由な人みたいな返しになってしまう。


「あっそ、何 ? 」


 ナギが手を離したので慌てて手をナギから遠ざけて、さする。


「で ? 」


 続きをうながしてきたので手を握りしめて用心しながら、


「少し不思議だっただけで。結城さん、きっちりした人なのにあのパジャマ……ほつれたり穴が空いているわけではないけど、くたびれ感が半端ないものを、パジャマだからって着る人じゃない気がするんですけど。」


 純粋な疑問だということが分かったのか、ナギは軽いため息をついて


「寝ることに関しては妥協しない人だから。見た目より着心地、寝心地を優先する人だから。……でもわたしはあれが最低ラインだから、もっと酷くなったら捨てる。結城さん、悲しい顔するけどね」


 今まで一分の隙もない感じの結城さんが、大好きな着心地のパジャマをくたびれるまで着続けて手放せないなんて、ちょっとライナスの毛布みたいで可愛らしい感じがする。


「と、言う訳だから、結城さん本人には突っ込まないでね」


「そんな、小指をじっと見ながら脅さなくても、言いませんって 」


 ナギは、さて、と言いながら立ち上がり、食器を片付け始めたので慌てて手伝おうとすると、


「あんたは客なんだから、ゆっくりしてればいいの。暇だったらお姉さんの話でもして」


 と言われたので、まず 1番上の姉の名前が せり と言い 30歳、 2人の子持ちで 2歳と 4歳の男の子を育てていること、2番目の姉は なずな 26歳独身で、ひとつの所に留まることが苦手で、あちこち移動していること、3番目の姉は 御形ごぎょうのぎょうを行くの字であてて 御行みゆき 24歳、早くに結婚したので 2歳の女の子がいる事などを話すと、


「春の七草三姉妹ってことね ? じゃあ華武人のカブって、ひょっとして……」


「はい。すずなの……蕪って事です。」


 兜ではなく、蕪の事だと知って俺が赤ん坊の時に大笑いした親戚のおじさんは、今だに俺に会うとにやけたように笑う。馬鹿にされてるようで、すごく嫌な感じだ。


 でも、ナギは笑わなかった。


「じゃあ、1番上と一回り違うんだ。パンダ君だけ男の子だし末っ子でしかも歳が離れているから一人っ子状態で可愛がられたでしょう ? 」


 と言われたので


「うーん。親は割と放任だったし、1番上の芹姉が母親の代わりだったかな。休みの日の昼ご飯とか。なずな姉ちゃんとは気があってよく遊んだりしたなあ。性別間違えているんじゃないかと思うぐらい活発だった。竹刀バラした竹で弓矢作ったりして」


「やだわたし、気が合いそうだわ」


 そう言って笑ったナギは可愛らしかったのでそう言おうかと思ったがまた指が虐められても嫌なのでそっと黙った。そしてふと、可愛がられたかどうかはともかく、一人暮らしをするまで寂しいという思いをしたことがなかった事に思い至った。3人の姉の誰かしらは家にいたからだ。


「ナギは ? 兄弟いるんですか」


「一人っ子よ」


 ナギがせっせとシンクを拭きあげている時に結城さんが顔を出した。


「お待たせ、空いたよ」


「はあい」


 ナギは返事を返し、台所の布巾類をまとめて持ってお風呂に入りに行った。ああ、いけない洗濯物をと思ったが、結城さんに引き止められた。


「華武人君、通帳持っていたよね。貸してくれる ? 」


 なんだろうと思って部屋から貴重品などが入っている肩掛けバッグを持ってきて通帳を出して手渡す。結城さんはそれを受け取ると


「今日のお礼を入れておくからね。」


 と言うからビックリして、


「だって、バイト代はもう貰っていますよ」


 3万円貰って、こんなに良くしてもらって。


「華武人君、昼に会ったときに言っておかなきゃいけないと思っていたんだけどね、人を信用しすぎちゃダメだよ。特に君は素直で経験が浅く、お金に困っているから詐欺にかかりやすい。顔見知り程度のひとに困っているって言われてお金貸したり、お前だけに教えてやるって言われてお金儲けの話なのにお金預けたり、褒められて女の子にお金巻き上げられたりしないでくれよ ? 」


 どういうことだろう。簡単に人を信用するな、結城さんも例外ではないって事 ?


「あとね、急に無職になって狼狽えるのも分かるけど煮詰まりすぎてるよ。一人でかかえこまないで、もっといろんな大人を頼っていいと思う。私で良ければ職探しも手伝うよ。」


 にっこり笑った結城さんはやっぱり良い人にしか見えない。


「話を戻して悪いけど、取り敢えずはこちらの用事がすむまで、よろしく頼むよ」


「はい。結城さんは信用して良いんですよね ? 」


 結城さんはくすりと笑って、


「人間の心は多面体だから君にはいい顔だけしか見せてないと思うけれど、裏切るようなことはしないよ。君と信頼関係築けないとあんな内容の仕事は頼めないからね。とにかく、ゆっくり休んで」


 結城さんの醸し出す波動に包まれてああ、この人はきっと大丈夫。と、心で感じて体を休ませるために部屋に戻った。


 特にすることもなかったのでベッドに潜り込んで携帯をいじる。

 まだ10時前なんだなあ。枕が変わると寝られないほど神経質では無いんだが、あまりにも自分にとって非日常で、なかなか寝付けないかもな。適当に動画を見ながら…………



 はっと目が覚めた。ウトウトしていたなと思って携帯見ると6時少し前。6時 ? ?

 何度確認しても時間は変わらず、うたた寝した感覚なのに8時間ほどガッツリ夢も見ず寝ていた事に驚いた。













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