第10話 1日目 姫
お風呂の用意が出来たのでパンダ君を呼びに行くと、すごく嬉しそうな顔で出てきた。修学旅行中の子供のようだ。
廊下を階段手前で左に折れて最初の扉に金色の温泉マークが付いている。結城さんの茶目っ気だ。ドアを開けて案内をする。棚に置いてあるカゴを取ってタオルを入れながら、
「タオルはここ。バスタオルはこれを使って。お風呂上がったらこっちのドアを開けて」
今いる洗面所兼脱衣場から、奥のドアを開けて、ランドリールームの洗濯カゴを指し示し、
「ここに洗濯物を入れてくれればいいから」
と言うと、なんかもごもごしている。
「あの、洗濯は誰が」
「わたし。文句あるの ? 」
「いや、自分で……」
わたしも結城さんもバスタオルを使わないので3人分洗濯しても余裕で回せるのだが、18歳はそういうお年頃なんだろう、わたしはまったく気にしないけど、しょうがないと思って折れることにした。18歳、無職、三人の姉がいるなどの情報はパンダ君が『くのいち』の練習をしている時に結城さんから聞いていた。
「わかった、好きに使っていいから。お風呂のシャンプー類は2種類あるから、好きな方を使って。リモコンは適当にボタン押せばいいから。じゃあねごゆっくり」
パンダ君は絶対楽しんでくれると思う。ジェットバスとリラクゼーションライト。
泡を出して紫のライトに照らされたパンダ君を覗いてみたいけど、それやったらどこのエロ親父だよ。と、突っ込まれることになるので我慢しとく。
パンダ君が長風呂をしている間に結城さんが難しい顔をして帰ってきた。うちの父親がほんっと、すみません。明日引っ張り出して一緒に謝ります。
それでも室内ばきに履き替える時にはもういつもの穏やかな表情の結城さんに戻っていた。
「あの二人は何が起こったか、あまり良く分かっていないみたいだったから連絡先を控えさせてもらってお帰り頂いたよ。もともと、誠さんの手伝いとして雑用をしている半田さんと、単に受注されたバネ ? の受け渡しと取扱のためにあの場所にいた山本さんで、誠さんがやっている地質調査的なものにはノータッチの人達だったよ」
「うちの父親に、さん付けなんかいらないから」
草薙 誠 が父親の名前。父親の名前も嫌い。全然、誠意がない人だから。
「そういう訳には行かないよ。悪意がある人では無いからね」
「善意によって奈落に落とされても困る」
昔の事、まだ忘れられない。中学の時に、
「姫ちゃんがいじめられてる !! 」
と、草薙家と佐久間家のじじばば巻き込んで姫ちゃん姫ちゃん連呼して大騒ぎして、わたしはどこの教祖ですか ? と言いたくなった。
周りの友達ドン引きさせてわたしを孤立させた事、
でも誰もわたしの願いを聞いてくれなかった。わたしの幸せより、独りよがりな、わたしをいじめる犯人探しに夢中になっちゃって。
そんな事、頼んでない。わたしは
学校でも、家でも味方がいなくて、家に火を付けてやろうかと思い始めた時に、一人暮らししていた結城さんが気付いてくれた。
結城さんだけがわたしの話をじっくり聞いてくれて、周りの大人を諌めてくれて、自分の姉に、
「姉さんは『姫』の母親だろう、もっときちんと話を聞いてやれよ。」
と、言ってくれた。
わたしの産みの母はもう亡くなっていて、結城さんのお姉さんの
正直、彼女に母親を求めていない。彼女にとってのわたしはペットだったから。
沢山お洋服買ってくれて写真撮ってくれて、若いお母さんだね、可愛い子供だねってみんなに褒められるのが好きなだけ。だって若いよ、18で結婚したんだから。実の母なら15歳でわたしを産んだことになる。
わたしは小さい頃は手のかからない子供だったらしい。けれど小学生の中高学年にもなれば生意気にもなるし、口答えもする。昔は可愛かったのに昔に戻ってって言われたって、そんな所にしがみつくわけないじゃない。
やっぱり父親が悪い。いつでもフラフラしてて、家にあまり帰らないんだもの。汐織さんを幸せにするのはあんたの仕事でしょう。
結城さんはパンダ君が入浴中だと聞いて、とりあえず着替えに自分の部屋に行ったので、わたしは熱々のほうじ茶の用意と、小腹がすいたので何かつまむものを作ろうと思ってひと口チキンのグリル焼きとコンソメジュレを乗せたサラダを作り始める。
途中から結城さんが手伝ってくれて、二人でキッチンで作業しながら会話をすると自然にパンダ君の話になった。結城さんは悪口を嫌う人なので、褒める一辺倒になる。素直な子だよねと話している所にパンダ君が顔をのぞかせた。長風呂したせいで汗が引かないらしく首にかけたタオルで顔の汗を拭きながら、
「お風呂、いただきました。」
と、挨拶してきた。
「お腹空かない ? 」
串なしの焼き鳥もどきがこんもり盛られたお皿を見て、パンダ君の目が輝く。ほんとわかり易い。
「飲み物は冷たい方がいいよね。ご飯はいる ? 」
パンダ君はちょっと逡巡したが素直にご飯とサラダを受け取り、ナギと結城さんは、チキンいくつかと、サラダを食べる事にする。
「華武人君、今日は本当にありがとうね。がんばって、明日もう1人頼むよ」
「頑張らなくてもいいけどね。まあ、何とかいけそうよね」
この時までは皆、明日で全てが終わると思っていた。
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