第8話 1日目 姫
建物に入ってすぐの重力変化はキツかった。洗濯機の脱水のような勢いで、さすがのわたしもゲンのサポートが無いと足で立ち続けるのは無理だった。パンダ君なんか論外で、ひたすらクルクル回っていたけれど、次の重力変化で、彼自身も変化が起きた。わたしとゲンが見守る中、熊というよりアンゴラウサギの様なふわふわな物体に変化したのだ。
いーなー。後で触らせてもらおっと。
そして、2人と1匹の三角形はまるで万華鏡をくるくると回しているかのような中を進んでいく。やはり、前回と一緒で、螺旋を描く。
パンダ君もだいぶ落ち着いたようで滞りなくゲンの後に続く。
地下へと続く階段の穴が見えてきた。奈落の底みたいだ。
前回はこの先へは行けなかったので、パンダ君と同じくわたしも初体験だ。五感がおかしくなるかもと言われて中に潜るが、最初のうちは何も変化がないように感じていた。
「別に、いつも一緒にいるからって仲良しとは限らないよ」
息が止まるかと思った。聞こえたのは小学生の時に親友だと思っていた高橋
有り得ない。過去も未来もちぎれた本のページのように存在するとは聞いたけど、ここの場所に限った事のはずだ。でなければ物凄い本のページになってしまう。という事は、わたしの脳内の記憶が、なにかをきっかけに飛び出てきたのだろう。思い出したくもないのに。
小学校時代は、男も女も関係なくみんな仲が良かった。田舎のこじんまりした学校だったからかもしれない。その頃は普通にナギではなく、姫と呼ばれていた。
中学に入って
「姫ちゃん」「姫ちゃん」
と仲良しだった男の子に呼ばれる度に違う小学校から来た複数の女子にあからさまに馬鹿にされるようになった。
わたしにとって男の子はやんちゃな遊びができる友達だった。わたしは身体能力が高かったので、小学校の頃の休み時間は一緒に走り回って遊んでいた。クラブ活動でサッカーをしている男の子に交じってさえ、引けを取らなかった。
中学で、背の高さや筋肉量に差が出始めて初めて男女の差に気がついたのだ。だが、他校の女子は早くから男女の差に気が付いていて、一足先の大人の雰囲気をチラチラのぞかせるような子たちだった。
そしてわたしが
「姫ちゃん」
と呼ばれる度にヒソヒソしてくるようになった。
「また姫ちゃん呼ばれてチヤホヤされてるよ。いまだにちゃん付けってどうなのよ」
「いや、男子もおかしいけど、呼ばせてる草薙さんがおかしいでしょ」
そうか、おかしいのか。と思って男子に
「草薙さん」
と呼んでもらおうとしたがうまくいかず、男子とも微妙な距離感になった。
そして親友だと思っていた高橋
「別に、いつも一緒にいるからって仲良しとは限らないよ」
と言ったのだ。
息が止まるかと思った。いや、止まっていた。
脳に酸素が行かなくなり、目の前が暗くなる寸前に、
ああ。目の前が暗い。でも導く様な綺麗な鈴の音がする。あっちの方に行かなきゃ。
目を向けるとゲンが歩いているのが見えた。そのとき過去にどっぷりつかっていた自分に気がつく。加えて自分の足音も聞こえてきた。まるでお子ちゃまが履く、音のなるサンダルみたいだ。馬鹿にされてる ? 誰に ?
あ。もうひとつの音。ぶっぴょん、ぶっぴょん。
パンダ君の足音だ。やだもうギャグ要員 !!
沈んだ心が浮き上がってくるのを感じた。そう、今はこんな事思い出してる場合なんかじゃないんだ。しっかりしなきゃ。
パンダ君はどうだろう、なにか辛いこと思い出していないかな。『くのいち』に隠れているので彼の顔は見えない。
「パンダ君、平気か。辛いことないか」
と声をかけて、いっけないパンダ君呼びしちゃってるよ。と気がついたので、もうパンダ君呼び確定にした。仕方ないよね。
「平気です。頑張ります」
って返事してくるし、本人も了承したとみなす。
その時にゲンが振り返った。
「伸ばすわよ 。真似をしてね」
気を引きしめる。ゲンが『くのいち』を伸ばす先にわたしも伸ばし始める。するとパンダ君からも伸び始めていた。もちろんゲンがパンダ君を介して伸ばしているんだろう。
だけど伸ばしている先に研究員の姿は確認出来ない。かろうじてものの形が分かる暗闇のなかに溶け込んでしまったかのように存在が見当たらない。こんなにレベルが高いかくれんぼ、ゲンがいなきゃ無理だわ。
『くのいち』の先が、確かに何かを捕まえた感覚があって、そのときから人間らしきサイズのものと繋がっていると認識出来た。『くのいち』を辿って近付く。
「ゲン、大丈夫よね。生きてるよねこの人」
捕まえた黒い影が微動だにしないのでちょっと恐怖を感じる。
「生きていますよ。近くにもう一人倒れていますが、2人を運べますか ? 」
言われたモコモコパンダは、ひょいっと左肩に黒影を担ぎ上げた。
そして、ゲンの言う通り近くにいたもう一人も右手で抱え込んだ。
保護膜って『くのいち』と同じ素材なのだろうか。人型でさえない黒い塊を二つ抱え込んだパンダ君はそのまま同化するかの如く自分の毛皮の中に取り込んでいく。
おお。頼りになるわ。
「今日はここまでね。帰りましょう」
ゲンに言われてお手手繋いで、では無く『くのいち』繋いで仲良く帰ることになった。
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