第6話 1日目 姫

 華武人の『くのいち』の練習をわたしは期待を込めて見守る。


 不器用そうだなぁ。と思って見ていたが最初の出だしは早かった。

 するすると左手の甲に乗った『くのいち』が上に上ってゆく。

 だが、Tシャツの袖の辺りで戸惑っている。モタモタしているなと思っていたらぎゅぽっという感じで一気に頭頂まで到達した。しかも逆立っている。


 怒髪天を衝く勢いのそれに、結城さんは顔を横に向けて笑うまいと必死だ。わたしは思わずはやし立てる。

 そしてあんまり面白いからと思わず引っ張りに行ってしまう。


 あと、場所を移して駐車場で、全身覆う練習の時も面白かった。

 全身黒づくめの華武人はくろくろパンダそのもので、さすがに見た目そのもので笑うのは失礼だからじっと見ていると、色んなところが次々に疎かになってしまう様子がみてとれた。


 まず、ただ立っているだけなのにお腹の部分が覆われずに下の白いTシャツが見えた時は、


「信楽焼きのたぬきか ! 」


 と、突っ込みたくなったし、


「小さく丸くなってみて」


 の時には背中が割れるし。

 一瞬羽化するのかと、期待しちゃった。


 無意識に、ずうっと『くのいち』に覆われ続ける方法というか、感覚がまだよく分かっていないのかなあ。

 ヒーローが、


「変身 ! ! 」


 てするイメージなんだけどなあ。


 わたしは今どきのヒロインのコスチュームは黒1色でも恥ずかしいので、忍者装束のイメージで『くのいち』なのだ。

 タイツ履いてても短いスカートはもう恥ずかしいお年頃なので。


 最初に『くのいち』を扱った結城さんもすぐ出来たし。でも結城さんはこだわらないみたいで犯人役の黒い人影のようだった。2次元だったらそのまま影絵のような感じ。


 あ。華武人、今度は走らされてる。あれ。後ろに漫画の効果みたいな線がでてる。『くのいち』がほどけてる感じ ?

 不思議すぎる。どうやったらそうなるの ?


「ゲン、アレどうなの ? もっとちゃんと装着出来るように指導しなくていいの ? 」


 黙って見ていられなくなって聞いてみると、


「うーん。頭が解除されなければ、いいでしょう。元々はこれ付けなくても入れはするからね。建物なかで定着してくれれば良しね」


 確かに、『くのいち』装着後でも目は見えるし呼吸も出来る。光や酸素を通しているということだ。建物でも同じ。じゃあ、何の為に装着するかと言うと、重力変化に対応するためだと思う。


 ダークマターの濃さによって、奴らも性質を変える。

 黒さが濃くて丸いものは建物内にもあるが、直に触れると弾き飛ばされるので、『くのいち』無しで建物内に入るのは危険だ。

『くのいち』は触れる物は中和してくれる感じなので黒丸は大丈夫だが、建物内で空間ごと重力変化が起きるときにはどうしようもなく、一緒に撹拌される。


 歩き出したら天井が床になり、右壁に引き寄せられ左に落とされる。そして入口に引き寄せられ奥に投げ落とされるのだ。

 天井が床になるということは、頭から天井に落ちていくということで危ない事この上ないし更に棚などの家具も降ってくる。


 では、どうやって回避するかというと、先ず『くのいち』で繋がってからゲンが水先案内人として先を走り、そのすぐ後に。重力が向きを変えるタイミングで真似をして動き回るとそうなるらしい。ゲンのナビゲートがなければ先に進むことは難しい。


 しかもゲンはしっぽを伸ばして触れるだけで飛んでくる机を弾き飛ばしたし。(その時使ったのは黒い尻尾。ムチのようにしなやかに伸びる。わたしもやってみたい。)ここまでが、1度建物に入って分かった内容だ。


 では、分かっている部分だけでも華武人に教えてあげればいいかと言うと、そうでも無い。

 何しろ、中の様子は毎回違うとゲンに言われている。

 しかも、心構えや知識が無いほうがが最初に入った時に『くのいち』との馴染みが良くなるとも言われた。故に、今回は余計な事を言わずにゲンに任せようと思っている。


 何故毎回違うのか。一般に四次元と言われている私達の世界より上の次元は理解し難いため、脳が理解出来る五感に勝手に振り分けるからだそうだ。


 まあいい。どうせ理解出来ないなら入った先の出来事を受け入れるだけ。


 ゲンには、


「わたしはいいけど、絶っっ対に華武人の事は守ってよね」


 と、くどいほど言ってある。


 さあ、行くよ、パンダ君。


 と、思ったら黒黒パンダったら、小石を入口に蹴りこんだ。

 呆れてしまったけど、まあ、仕方ないよね。出てきた黒丸は拾ってそっと中に入れればいいよ。という間もなくはね飛ばされているし。

 いやだあああああって。


「ギャグ要員 ? 」


 て、呟いちゃったわ。どうもこの子、慌てるとだめみたい。


 しょうがない、面倒見てやるか。取り敢えずはあまり離れないように繋いでおこう。


「習うより慣れろ」


 今度こそ行くよ、パンダ君。


 わたしの命は勝手にあなたに預けたけれど、あなたはわたしとゲンが守るからね。


 前回入った時もだけど、入った瞬間の内部は普通に床が下だ。

 まだ2回目だから次は違うかもしれないけれど。


 ところが、結城さんに安全第一って声をかけてもらいながら建物内に入った途端、パンダ君てば蹴っつまずいた。だって前見てないんだもの。





























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