第5話 1日目 カブト
黒猫のゲンはとても綺麗なオリーブ色の輝く宝石のような眼をしている。その瞳に見つめられて俺は身じろぎもせず座る。
「先ずは防護服のまとい方を練習してね」
と、腰が砕けそうな酷甘い声でいわれるが、相手は宇宙猫ロボットだ。ギャップがすごい。
「ゲンなんて名前じゃなくて、もっと可愛い名前にしてもらったらいいのに」
「ナギ様に、最初に会った時の声のトーンが良くなかったみたいで、男の人の声だと気持ち悪いって言われるし、子供の声にしたらあざといって言われるし、この声でOKは貰えたのだけど、名前はゲンのままよ ? 」
「喋ってないで、早く始めて ! 」
鋭い目つきでナギに怒られて慌てて一人と一匹(?)で作業を始める。
危ない作業じゃないけれど、先ずは座ったまま始めましょう、楽にしてね。と言われて息を吐いて待ち受ける。
「じゃあ、少しだけ移すわね」
と、俺の左手に頭を押し付けてきた。
黒いのがじわりと左手に乗る。
ゲンはちゃんとふわふわの毛の質感だが、移されたのは影みたいな感じ。
「先ずは、移動させてみましょう。頭に向かって引っ張って」
引っ張る ? どうやって ? とりあえず念じてみた。
体毛の先を撫でられたような感覚と共に黒いのが移動して行く。
お。ちょっと分かったかも。
頭に意識を向けて吸い上げてみた。
「んんっ」
結城さんが突然声を発し、その後になぜか口に手を当てて横を向いている。
「すごーい。つよそー。」
ナギが手を叩いて喜んでいる。
なんだろうと思って右手で頭を触ってみて分かった。
今吸い上げたものが20センチぐらい髪の毛のような感じでおっ立ってる。何処ぞの戦闘力の高いアニメのキャラみたいだ。
急に恥ずかしくなってどうしようかとアワアワしていると、ナギが寄ってきてそれをつかんで容赦なく引っ張った。
「きょええええええ」
脳のシナプスが全て上に引っ張られる様な初めての経験に思わず悲鳴をもらしてしまう。
「お前はマンドラゴラか」
「ぐっっ。くくくくっ」
ナギのシビアな突っ込みに我慢しきれない感じでとうとう結城さんが笑い出す。
「でもまあ、合格。防護服なんだから、簡単に手放すようじゃダメだからね」
どうやら知らない間に抜かれるのを拒否していたらしい。
俺の黒髪は守られた。
それからは『くのいち』……毎回『黒いの』と、口に出す度に『くのいち』と訂正が入るので従うことにした。
ネーミングセンス悪いと言ったら怒られるだろうから。
で、『くのいち』の量を増やしてもらって全身包んだり移動させたりを繰り返し練習した。
外に出て、走り回ったりもした。
不思議なことに目を覆っても周りは普通に見えた。
ダークマターは重力ぐっちゃぐちゃの世界らしいのに、元は同じというこの『くのいち』は何故操作できるのだろう。変なの。
「さあ、それでは建物に入ってみましょう。命を脅かす物からは全て守りますけれど、脳内で作り出した物は私の手に負えないので、気をしっかり持ってね」
なんか怖い事を言われたような。でもナギは普通の顔してる。
ゲンを先頭に、建物の前に移動する。俺は物凄く緊張してきて、今から回避出来ないかと逃げる事を考え始めていた。
自分で決めたバンジージャンプの直前で逃げ出したくなるようなものだ。
それでも『くのいち』を装着していない結城さんでさえ、あんなに前まで行ってるんだ、せめてもうちょっと前まで行こうと、自分を奮い立たせる。
が、足の上げ方が悪かったのか小石をひとつ蹴っ飛ばしてしまった。そしてそれは真っ黒い入口の中に吸い込まれ………
『建物の中に石を投げ込んではいけない』
禁止されていた事を思い出したときには建物からぽぽぽぽぽんっと黒い丸が飛び出してきていた。
俺は慌てて拾いに行く。
小石ひとつ入っただけなのに、まだ出てくる黒丸を『くのいち』を着けた手で拾いまくる。
「やめろ。生まれてくるなぁ」
と、右往左往する俺を、『くのいち』を着けていない結城さんだけが
「大丈夫かい ? 華武人君 ! 手伝おうか ? 」
と心配してくれた。
「いや、大丈夫です」
と答えようとしている途中で足元の黒丸を踏んでしまった。結果、最後まで言い切ることが出来ずに
「いや、だあああああああああ」
と野太い悲鳴をあげて空中にはね飛ばされる結果になった。
慌てまくって足元がお留守になり、『くのいち』が剥がれていたのだ。
『黒い丸を踏んではいけない』
後の祭り。
さすがに今回はナギとゲンに助けられた。2方向から『くのいち』を伸ばして俺を掴み、引っ張ることで地面に叩きつけられるのを回避したのである。
「俺、身体覆うことしか教えてもらってないけど ! ! 」
と抗議すると、
「わたし、教えてもらってないけどこんな事出来るよ」
と、ナギが竹馬のように足の下をみょーんと伸ばして俺を見下ろして来た。そして、
「改めて考えると質量変だよね。元はゲンに付いていた量ってことだものね。それにわたしとゲンであなたの体重を支えられるのも、とっても変」
と言ってゲンを見つめる。
「質問しても答えませんよ。地球の文明と乖離してる事は答えられませんので。うふん。悪しからず。」
と、ゲンはそっぽを向いてしまった。
「あと何か覚えた方がいい事ある ? 」
不安要素ばっかりで、縋り付きたい俺。
「習うより慣れろって事よ。さあ、行くよ」
なんとナギは犬の散歩みたいに『くのいち』を紐状に伸ばして俺を捕まえてしまった。
引っ張られる。
「ちょ、引っ張るな。」
と文句を言いつつ引かれていく。引っ張り返したらナギは一溜りもなくひっくり返るだろうから。
「ゲン、中で時間は分かるのかい ? 」
「分かりますよ」
「では、1時間以内に戻って来て。助けられても、無理でも1時間で。今日はそれで終わりにするよ」
結城さんに言われて
「了解しました」
甘い声で答えるゲン。
「じゃあ、結城さん、行ってきまーす」
明るく手を振るナギの後を売られてゆく子牛の気持ちそのもので引かれていく俺。それでも前に進んでいく。
「安全第一 ! ! ! 」
結城さんに声をかけられて、振り返って頷く。
そして、建物の中へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます