第4話 1日目 姫
結城さんを巻き込んだ事を申し訳なく思う。
それにしても結城さん、萎れていたなあ。悪いのはわたしの父親なのに。
ロボット猫に話し掛けられて、結城さんを呼んで、その猫にゲンと名前をつけて、それから。
猫本体は白猫で、黒いのは要するに防護服。それを人間二人分用意出来ますと言われたのだ。中に入るには必要だからと。
最初、わたしに危ないことはさせられないからと、ゲンと一緒に妖気漂う建物内に入ったのは結城さんだった。
だが、数十分後ゲンに引きずられて出てきた結城さんはゾンビのようだった。
ゲンのドクターストップがかからなければ本当のゾンビにお目にかかれたかもしれない。それ程、頑張ってくれたのだ。
「人数多くした方が安定するし、慣れもあるけど、この人は無理ね」
とゲンに言われ結城さんは、
「ちょっとシャワー浴びてくる。待ってて」
と言って首から下にゲンと同じ黒いのを着けたまま、家に戻って行った。
「奥ゆかしい人ね。彼、スーツの中にすべて吐いていたわよ」
わたしの助言で今は女性の声になっているゲン。誰にも隙を見せようとしない結城さんはゲンにも気を使ったのだろうか。
結城さんがいなくなってから、わたしはゲンと共に防護服となる黒い物体の操作に慣れようとした。
元々は同じ物質らしい建物の黒いのと分ける為に建物の方はダークマター、身体に着けるほうは『くのいち』と命名した。全身纏うとモジモジくんみたいで嫌なので、少しでも乙女ぶりたいのである。
慣れてくると、一瞬で移動させる事が出来るようになったので、猫になってみたりウサギになってみたりしてみた。『くのいち』が砂鉄、自分が磁石のイメージで、あとは身体の中で磁石を移動させる感じ。頭には集まりやすい。
ちょっとだけ建物の中に入ってみた。ジェットコースターの比ではない。戦闘機が切り揉み状態になったらあんな感じかもしれない。えらいこっちゃ。
結城さんは小一時間経ってから戻ってきた。ほぼいつもの彼に戻っている。凄い精神力だ。
でも、わたしとゲン二人がかりで結城さんを説得したのだ。
先ずゲンが、
「建物の中心近くは多重次元になってるって言ったわよね。信じるか分からないけど、そこでは過去も未来もちぎれた本のページのように存在するの。要するに私、これから起こるいくつかの事は知っているの」
その内の一つが、華武人の存在である。
ゲンが、頭の上で『くのいち』を使って作り出したホログラムのような黒い人型はナギも結城さんも覚えのない人物だった。
「あなたには、この人物を探して来て欲しいの。」
決して命令では無いゲンの言葉。わたしも頷く。
「その間わたし、黒いのもっと練習しとくから。無理しないから。わたしにさせないように頑張ってくれたように、わたしも結城さんに頑張らせたくない。」
決して引く気は無い。
「ううむ。……凄く悔しいけれど、客観的に見たら私が足を引っ張っているんだよね。……よし、探して来よう。何か情報はある ? 」
「バイト、ハローワーク、無職、18歳とかのワードが拾い出せたけど、名前言ってないのよね」
「そうか。職探しかな ? 名前はわからなくても姿は分かるから探しに行ってみるよ」
こうして華武人は結城さんに見つけられて連れて来られたのである。
最初に華武人をみた感想は、
「何あの子。覇気がない。まるで子犬の目をした熊ね。なにより、立ち姿が気に入らない」
だった。
元々きちんと体が作られていたのに自堕落にしていて猫背になって、腹と顎の下が緩んでいる感じ。
そんな思いがあって、ついキックしてしまったけど、あまり響かなかったようで、怒られはしなかった。なかなかに大きい男かと思いきや、ゲンを見た時の反応は、ちょっとガッカリだった。
それでも作業員救出のカギは彼にかかっている。元々おもねるような事が出来ないわたしだが焦ってしまって色々彼にきつい言い方で言ってしまったことを後悔していた。
そしていま、とりあえずのコーヒータイムだ。
華武人の機嫌を損なう事はできない。でも、今のままの彼は頼りなさ過ぎて、多分突っ込まずにはいられないだろう。
心の奥底の方にいる臆病で優しい自分は何重にもガードされ、外側に被ったつっけんどんで弱みを見せない皮を脱ぐのは至難の業だ。
でもなあ。迷子になった仔犬の目は無いだろう。体型は熊っぽいのに。肉食じゃないな……パンダだな。熊のフリした黒黒パンダ。
あ。華武人の奴復活した。ゲンに話しかけてる。
あ。白目になった。面白いなあ。でも頼りない。
普通に考えたらこんな面倒臭いこと、バイトとして受ける人なんて居るんだろうか。地獄の沙汰も金次第と言うけれど、幾らで連れてこられたんだろう。20万ぐらいかな ? 仕事内容分かってきたから逃げちゃわないかな ? 幾らならやってくれるだろう。
心の中でそんな事を考えていると華武人の声が聞こえた。
「中にいる人達は無事なんですか」
と。
先程から失神寸前になるまで追い詰められているのに自分の事ではなく、見ず知らずの他人の無事を聞いてくるとは。
この時、華武人に賭けることにした。研究所の三人と、自分の命を。
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