第3話 1日目 カブト

 俺を乗せた車は細い道をしばらく走り、周りを木々に囲まれた奥まった広い場所に着いた。


 結城さんはファンタジーって言ったけど、なんの比喩だろうと思って敷地内にある建物をじっと見る。


 なんの施設だろう ? なんか暗い感じがするけど。

 2階建ての、普通の一戸建て2個分ぐらいの何かの工場のようだ。


 結城さんに促されて車から降りる。


 広い敷地を進んで建物に近付くと、女の子が一人腕組みして立っているのが見えた。黒いうさ耳をつけて、手足の先も黒い物をはめて、遊園地にいる案内役の人のようだ。


 何かのアトラクション ?

 ちょっとウキウキする。


「華武人君、紹介するね。私の姪の 草薙 姫」


 黒耳うさぎはちょっと頭を下げてから、大きな目で瞬きもせずに下からじっと見つめてきた。かなり可愛い顔をしている。


「よろしく。わたしの事はナギと呼べ」


 くさだから ?

 結構目付きがきつい気がするけど気のせいかな ?


「で、こちらが 石川華武人君です」


「よろしくお願いします」


 挨拶を返すと、手を伸ばしてきたので握手かと思ったが、突然腹の肉をつままれた。

 確かに、高校生活はバイト以外特に運動をせず、小学生から通っていた剣道クラブは中学生までで終わりで、あちこちに脂肪がつき始めていた。時々走ったりしていたんだけどね。


「あの……ナギさん ? 」


「さん付けはいらない。……腹に力をいれろおおお ! 」


 突然叫ばれてしかも相手が拳を握って構えているので自然に腹筋に力をいれた。ちゃんと有りますよ。肉に包まれているだけで。


 ズパアアアン。


 結構なキックが来た。


「ぐ。ちっちゃいのに」


 思わず本音が出て、


「背の低い相手にそれを言うかああ」


 すとんっ。


 パンチは大した事無かった。けど不思議。


「さっきもだけど、黒いのどこ行ったの ? 」


 キックパンチの時に、手足についてる黒いやつ、無くなってなかった ?


「おう、先ずは理解しろ。一つ、これを装着する前にあの黒丸を踏んではいけない」


 建物前に転がっているポヨンとした物を指している。


「一つ、これを装着せずに建物に入ってはいけない」


 グローブのような両手を突き出して言われるけど、理解しようが無い。


「あと、入口があいているけど、石など投げ込まないように」


「なにを、どう理解しろと言うんだ ! だから、これとかそれは何なんだよ」


 あちこちの黒い物体を指さしながら、説明を飲み込めるように小さくしろよと思う。すると相手は首を振り、


「理解するのは、。何故とかなんの物体だとかは理解する必要なし !! なぜならば !! 」


 ビシッと指さした先には、つくねんと黒猫が座って居て、飼い猫なのか、ほてほてと近付いて来た。そして、


「そろそろ、いいかしら ? 」


 小さな口を開いて言った。アナウンサーのように綺麗な女の人の声で。


「え。AI…… ? 」


「やっぱり、そう思うよね」


 結城さんが頷く。


「ゲン ! ! 」


 ナギの声と共に、黒猫に変化が現れた。黒い、毛皮だと思われる部分が、ぞるんっ と剥けたのだ。


 まるでライチの皮を剥くみたいにまわりがはがれ、中から金属の光沢を持つ白猫が出てきた。

 白すぎて、まるで発光しているかのようだ。


「わたくし、ナギ様にゲンと命名されました、宇宙人遠隔操作ロボットでございます。どうしても貴方様のお力をお借りしたく……」


 俺は、小心者である。訳の分からないものには恐怖を抱く。

 先程から体は恐怖で動かせずにいたが脳はすごい勢いで逃げ出そうとしていた。


「ちょっと、ストップ ! 華武人君が倒れそうだよ。休憩所へ行って座って話そう」


 結城さんは華武人を支えるように寄り添い、駐車場の脇の方に建てられたプレハブ小屋に案内をして、椅子に座らせた。


「説明したって分からないからって、次から次に理解不能な事をならべたてるから、華武人君、機能停止してるよ」


「しょうがない、コーヒータイムにするか」と、ナギ。

「華武人君、落ち着くと思うから砂糖入れるよ」と、結城さん。


 ということで、俺の前にも甘めのコーヒーが置かれた。

 2人が、静かに飲み始めているので俺も口を付け、甘さにおびき寄せられて、逃げ出した脳がやっと戻ってきた。


 ゲンと呼ばれた猫はまた黒猫にもどっている。


 俺は1番確認したいことを、聞いてみることにした。


「宇宙人ロボット……なんですか ? 」


 まるっきり猫の仕草で顔を洗っているゲンにそっと声を掛けた。じっと黒猫を見つめていると、すっと二本足で立ち上がり、


内蔵機器なかみ、見せましょうか ? 」


 お腹の黒いのがザッと左右に別れ、白いお腹にすうっと丸い線が浮き上がり始めた。


「あ。華武人君が白目剥いてる。ゲン、キャンセルして」


 結城さんが止めてくれたので頭の裏側に逃げ出した思考もどうにか戻ってきた。


「ザックリと説明するから、ちょっとずつ理解していって」


 結城さんはゆっくりと、穏やかな口調で説明をしてくれた。


 ここの施設は地質調査や研究をしていて、今回、この建物内で一気に地中40m過ぎまで筒状の物を突き刺したらしいんだけど、そこにゲンのUFOがあって、刺されたUFOからあの黒い物が噴出した。

 回収をしたいんだけどそれには刺さった筒を抜かなきゃならない。


 私達としては、とにかく中にいる三人の研究員を助けたい。それにはゲンの助けが必要で、ゲンとしても筒を抜いてもらうために作業内容の分かっている中の人達は必要だということで助けに行こうとしたんだけど、あの黒いのがすごく曲者で、建物の外にある黒丸は踏むとはね飛ばされるし、建物の中に入ったら上下左右ぐっちゃぐちゃだし、しかも中心近くは重力の関係で多重次元になっていて大変らしい。自分自身、三半規管が弱いつもりはなかったんだけど、耐えられなくて。


「華武人君、助けてくれないだろうか」


 真剣な顔の結城さんに、これ聞いたら引き返せなくなると思いつつ俺は問いかける。


「中にいる人達は無事なんですか」


 それを聞いてナギが眉をあげる。ちょっと意外そうだ。


「ゲンに言わせると保護膜張ってきたから、すぐに生命に異常が起きるわけでは無いらしい。ゲンが大丈夫と請け合ってくれているが、 3日以内に助け出したいと思っている。」


「警察とか消防とかの公的機関のひとは ? 」


「言いたいことはわかる。でも、そういう人達は頼りになる人が多いかもしれないけれど、組織としては信用出来ない。人命を最優先にする人間と、そうでない人間に別れると思う。時間を無駄には出来ない」


「俺に、出来るでしょうか」


 の問いに


「「お願いします ! ! 」」


 言葉使いがちょっと乱暴なつっけんどんの今までの態度とちがい、結城さんと一緒に真剣に深々と頭を下げるナギの姿に俺は絆されてしまった。


「頑張ります」


 と、応えていた。










































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