第2話 1日目 姫
ちょっと遡って、その日の朝。
わたしは3メートル程離れたテーブルの上で鳴り続ける携帯を眺めながら無視を決め込むつもりでいた。
着信の音の鳴り分けをしていなくても、出たくない電話というものがある。今就寝中だとか、特に手が離せないとか言う訳ではなく、鳴り始めた瞬間に
「あ。これ、駄目な奴」
と感じる電話があるのだ。だが洗面所から、
「ナギ、電話鳴ってるよ ? 」
と、叔父の佐久間結城の声が聞こえたので諦めて電話に出る事にした。
結城さんを無視する事はできない。鳴り続ける携帯を手に取り、やっぱりな。と、つぶやきながら通話ボタンを押した。相手はわたしの一人しかいない父親だった。
因みに母は今は 1名、祖父母は6名いる。
「はい。何 ? 」
「姫ちゃーん。困った事になって。僕、地球を壊しちゃったかも」
間の抜けた声で、間抜けな事を告げられる。いつものわたしなら
「姫って呼ぶな」
ブツッ。が定石だ。
わたしの本名は
でも自分の名前に腹が立っているので、誰にも姫とは呼ばせない。
「姫ちゃん、姫ちゃん」
と呼ばれて可愛がられていた幼い頃ならともかく、26歳にもなって
「姫」
と呼ばれる気恥しさといったら無い。歳をとって70歳ぐらいになったらいいかもしれない。
「姫ばあちゃん」
可愛いと思う。だが、今は嫌なのだ。けれど父親が姫ちゃんと呼ぶのを止めさせられない。何度嫌だと言っても、
「だって、姫ちゃんは姫ちゃんだよ ? じゃあ、プリンセスって呼ぶ ? 」
などと、悪化させようとする。
「なぎとか、ひーちゃんとかでいいから」
と言っても結局姫ちゃんと呼ばれる。もう、本気で改名したい。
だが、今はそれどころではない。とてつもなく嫌な予感しかしない。
「今何処 ? 研究所 ? 」
「うん。地下で、3人で作業始めたら━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━〜〜〜〜〜〜〜〜」
最後のらが、3オクターブぐらい高音になって、頭を突き抜けてから停止した。
いや、携帯は繋がっているのに無音になった。
「まあた、あの親父」
何をやらかしたんだか。
「結城さーん、わたしちょっとロクデナシの所に行ってくる」
「ナギ、いつも言っているけど、言葉遣い ! 」
と、正されるが、舌をペロって出して、日除けのパーカー羽織って車の鍵を持って家を出ていく。
小柄なわたしだけどごっついジープが愛車である。
車で走ると大抵の嫌な事は忘れられるが、目的地まで20分ちょっとなので物足りない。もっと走っていたい欲求に駆られたが、自分のアラート機能に信頼を置いているので父のやらかしが大きくなる前に確認しなければと、目的地の敷地に駐車をして、車を降りた。
広い敷地内に建てられた研究所は地質調査をしているらしいがわたしはよく知らない。父親に興味が無いからだ。
もう一度、連絡をしてみようと携帯を取り出しながら研究所をながめて手を止める。
火事 ? いや違う。
建物の周り、モヤモヤと黒いものが見える。だが、煙とはちがう。風に合った動きをしていない。近付いても匂いも音もしない。
そして、濃くなったところからポロンポロンと丸い黒いものが生まれて出てくる。
何これ。
父親に連絡してみるが繋がらない。電源を切っているか電波の届かない所にいるらしい。
直接触らないほうがいい感じがするので建物の脇の方に置いてあった細い鉄の棒を持ってきてレバー式のドアノブを押し下げようとした。
「危ないですから、お止め下さい」
今、何処から声がした ? バリトンの張りのあるいい声だったけど?
油断なく鉄の棒を構えたまんま、声のした右の方を見る。
またまた嫌な予感しかしない。
実は、先程からずっと視界には入っていたのだ。優先順位が妖気漂う建物だっただけで。
わたしはそこにいた黒猫をじっとみた。黒猫の方もわたしを見つめている。綺麗なカンラン石の瞳で。
「あんた、今わたしに呼びかけた ? 」
「はい、わたくしが呼びかけました。話を聞いてくださる ? 」
「 黒猫の祟り ? 」
「やめて。違うわよ。宇宙人に遠隔操作されているロボットよ」
どちらにしてもこれ以上はお手上げだ。今はもう会社に向かっているだろう結城さんを、現代機器で召喚する事にした。
携帯電話をかけたのだ。言葉少なく伝えたのに直ぐに引き返してこちらに向かうといってくれた結城さんには感謝しかない。
「これは、貴方の仕業 ? 」
影というか、もやを指さして黒猫に聞いてみる。
「この物体自体は私の、俗に言うUFOの中身ですけれど、地下40メートルにあるUFOにでっかい筒を刺したのはここの人達。びっくりしたわ。紙パックにストロー刺すような気軽さで、ぶすっとされちゃって。」
やっぱりかああああ。ロクデナシの仕業だよ。何してんだよ。
ガッカリついでに、黒猫にも突っ込むことにした。
「あなた、言語パックか、ボイスチェンジャーの選択、どちらか間違ってるよ」
さっきから、おかま語になっているということ。
「え ? ああ、そういう事 ? 直すわ。……これでいいですにゃ ? 若い子は ほんとこういうのすきにゃ」
バリトン……。
直ってない。悪化した。
わたしは、砂の上に放り出されてわらび餅みたいになったクラゲのように脱力した。
それにしても父親のやらかした
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