黒黒パンダは肉食か草食か

陽 粋 (ひすい)

第1話 1日目 カブト

 石川華武人いしかわかぶとは、大きな溜め息をついた。


 溜め息は幸せが逃げて行くというけれど、自分の中に幸せがあるとは感じられないので構わずもう一度深い溜め息をついた。


 ハローワークの建物から出ると梅雨の合間に出た昼下がりの太陽の光で辺りは煌めきに満ち溢れていたけれど今の俺には関係がない。


 入社して4ヶ月で会社が倒産って、どういうことだ。


 俺の研修を担当してくれた小穴さんは、最初からやる気の全く無い人で、そういう事だっだのかと、後で理解した。


 でも、それなら何故新人を募集したんだ。


「失業保険貰いながら次探すか〜」


 と、諦めているのか元々呑気なのか気にする風でもない小穴さんは


「頑張れよ」


 と言いおいて一足先に有給消化する為に会社を去っていったけれど


 頑張れるわけない。頑張りようが無い。


 新卒採用という、人生一度きりの切符はもう無い。働き始めて一年も経っていないので、失業保険も貰えない。


 親からは援助は無理と早くから言われていて、奨学金で大学を目指すか、就職するかで悩んで悩んで働くならガンガン金稼いでとか思っていた矢先にこれだ。

 次の給料日にもう一度、入金が有るらしいが本当かどうか疑わしい。


 俺の1番上の姉が、


「男の子なんだし、大学行ったら ? 入学金だけなら援助してあげるよ」


 と言ってくれた時に大学行けば良かった。


 後悔って何故こんなに沈殿するんだろうか。上からも下からも出てゆかず、ああすれば、こうしたら、と過去を思う度に不快に舞いあがる。


 取り敢えずはコンビニバイトで生活費を稼いで、貯金が無理そうなら親に頭下げて実家暮しするか。

 折角一人暮らし出来たのに。


 広げていた預金通帳を仕舞い、とぼとぼと車に向かおうとした俺を快活に呼び止める者がいた。


「あー、君、君、丁度いい」


 その人は、がしりと華武人の肩を掴んで、


「大きいねぇ。何センチ ? 今暇かな」


 ハローワークに用がありそうも無い、人生山も谷もない、見通しの良い整備された道を歩いているような人物に俺は話しかけられたのである。


 要するに金持ちそうで、異性にもてそうで、悩みなんかひとっつもなさそうな、優しい笑顔の30歳くらいの男性に。


 これ、試してもらいたいんだけどと言われて渡された野球バッドを地面に着けて、


「おでこに当ててぐるぐるしてー。10回位まわってー。はい、私の所迄歩いてきてー」


 俺は素直に言われた通りに行動して3メートル位をスタスタ歩く。昔から三半規管は強かった。


「ちょっと今からバイトしない ? 3万円だすから」


 と言われて、普通ならどんなバイトか聞くべき所を前金でポンと3万円を渡されて受け取ってしまったので、


「何時までかかりますか ? 」


 と、了承してしまった。流石に夜中までとかなら考え直そうかと思ったが、


「取り敢えず6時ぐらいまでよろしく」


 と言われて、それならまあいいか。身長187センチ80キロ越えの男をわざわざ誘拐するやつなんか居ないだろう。と安易に考えて付いていくことにした。


「話が早いね。私はこういう者なんだけれど、まあ、今日のバイトとは関係無いんだけれどね」


 名刺には佐久間結城さくまゆうきという名前と、有名な寝具メーカーの名前が印字されている。


 案内された車はもちろん俺の車とは違い、いかにも高級なスポーツタイプの乗用車であった。


 いつもは自分の中古の軽自動車にミチミチと乗っているが、今日はしっとりフカフカの助手席のシートに座って、運転するのが好きなんだろうなと思われる手つきでシフトチェンジする運転手の佐久間さんを見やる。車はスムーズに駐車場をでて、大通りへと向かって行った。


 ハローワークって何時までだっけ ? 俺の軽、置いといていいかなあ。


「ここから30分位のところだから、心配なことは聞いてくれていいからね。でも仕事内容は、実際に見なきゃ分からないから、着くまで待ってね。まず、名前を聞いていいかな ? 私の事は結城って呼んでいいからね」


 と言われて、いけない、自分は名乗ってなかったと思い出す。


「石川華武人です。18歳、今無職です」


「カブト君だね。こんな時期に職探しなんて、なんか深い理由がある ? 」


「いえ、単に就職した先が倒産しただけです」


「ええ ? そんなことがあるの ? 高校の時の先生には相談したの ? 」


 相談出来たらどんなにいいか。


 昨年の春先、26歳になる俺の2番目の姉が、車が欲しいと言い出した。


 それまで全国あちこち動き回って、気球飛ばす会社にいたり、カヌー乗ったり、いろんな着ぐるみ着たり、沖縄でサトウキビ刈りしたり、こうなったら全ての都道府県網羅するぞー。とか言いだした姉だったが、昨年は友達の結婚式ラッシュで、いちいち帰ってくるのが面倒だということで地元で働く事にして、車が欲しいとなったのである。


 さてそこで、中古車を買いに何故か俺も連れ出された。バイトの隙間を狙って、さあ行くよー。と。


 そしてそこの社長さんの熱く語る車愛に、俺も感化されてしまったのだ。さらに話していくうちに、


「卒業して働くならうち来たらいい」


 と、言われてその気になってしまったのである。


 姉の車も安くて良いのがあり、俺の車も、今年始めぐらいまでに安いのを見繕って貰った。本当に車はお買い得だった。


「だから……学校を通して決めた就職先では無いので、どうしようもないんです。親からも援助は貰えなくて。友達は皆んな親がカタパルト機能もっていて、大学行く奴ばっかりで。選んだ自分のせいだとは思いますけどなんか悔しくて」


 愚痴は、言い出すと止まらない。


「就職先の社長さんも、自分の事で手一杯になっちゃって、分かりますけど、俺はどうしたらいいんだと ! ! 」


 グチグチグチグチ愚痴。あんな事。こんな事。


 取り敢えずの毒素を吐き出せて、いくらか軽くなった俺は、ずっと相槌を打って聞いてくれていた結城さんに、申し訳なくなってきて、


「よく、どうしようも無くなった時に地球が滅びろとか言いたくなりますけど、それって現実的じゃない、ファンタジーですよね。ありえない」


 と言ってみた。すると、


「ごめん。もうすぐ着くけど、向かっている所ファンタジーだから」


 ありえないと、否定した事をそのまま言われてしまった。























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