第6話うさぎ追いし者

 もうあたしは失格なんだと思って。

 それでもアキラとユミにはお別れを言わなくちゃとも思って。

 試験会場に戻ったのは昼過ぎのことだった。


「おう。お前も課題を……って、どうした?」

「落ち込んでいるのか?」


 アキラとユミはあたしの顔を見るなり、心配そうに近づいてきてくれた。

 両方とも課題を達成したみたいで、指定された獣を持っていた。

 アキラが担いでいたのは巨大な魚。名前は分からない。

 ユミが背負っていたのは鬼孔雀。見たことが無いくらい綺麗な鳥。


「うん……あたし、不合格みたいなの」

「どういうことだ? その抱えているのは、課題の黒白虎じゃないのか?」


 アキラが指さしたように、あたしは黒白虎の子供を抱えている。

 成長したら八尺になる黒白虎だけど、子供のときは子猫と変わらないらしい。黒と白の縞模様。ふさふさとした毛を撫でると心地良い。


「まだ生きているようだが……」

「うん。そうだね。あたしには仕留められなかった」


 あたしはついさっきの出来事を話した。

 シンジのこともきちんと話した。もしかしたら、アキラとユミが戦うかもしれないから。


「なんだそいつ。ぶっ飛ばしたいぜ」


 額に青筋を立てるアキラに対して、ユミは冷静に「妖術を使えるのか」と腕組みした。


「厄介だな。しかもかなりの練度で使えるとなると……」

「対策を練っている場合かよ。それよりメグミのことだ。こいつ、どうする?」


 こいつというのは黒白虎のことだよね。

 あたしは「駄目。この子は殺さない」と抱きしめた。

 黒白虎の子供は「ふにゃあ?」と不思議そうにあたしを見る。


「でもよ、サムライになりたいんじゃねえのか?」

「うん。でも、あたしは……この子を殺すくらいなら……」

「少し、覚悟が足らないんじゃないか?」


 厳しい言葉を投げかけたのはユミだった。


「サムライとなれば獣を狩ることも多い。試練の迷宮に挑むのなら尚更だ」

「わ、分かっているけど……」

「分かっていない。獣を殺すということはその子供も死ぬってことだ」


 それは――分かっているつもりだった。

 あたしが山で狩りをするとき、あの方も村長も、マサルさんも村の大人たちも言っていた。親の獣を殺したら、それが育てている子供が死ぬってことを。

 サムライの試験に挑むとき、村長から出された課題で山の主を仕留めるのも、その覚悟をしたんだ。


「でも、あたしは……」

「成長した黒白虎なら殺せるのか? 同じ獣なのに? それは自分の罪悪感を誤魔化すためじゃないのか?」

「おい、ユミ。言いすぎだ」


 見かねたアキラがユミを止めた。


「誰だってやりたくないことぐらいあるだろうが。それにメグミは不合格を覚悟のうえで殺さないって言ってんだ」

「じゃあなんでこの場にいるんだ? 私たちに背中を押してもらいに来たんじゃないのか?」


 あたしは首を横に振った。


「ううん。アキラとユミにお別れを言いに来たの。もう、会うこともないだろうし」

「寂しいこと言うなよ。来年、また受けるんだろう? それに――」


 アキラが何かを言いかけたとき、すうっと試験官の船幽霊が現れた。

 そうして「お三方の結果を発表します」と言う。


「皆様方、第一次試験合格です。それでは」

「えっ!? ちょっと待って! あたしも合格なの!?」


 思いもかけない言葉に訊ねると、船幽霊は不思議そうに「ええ、そうです」と答えた。


「きちんと黒白虎を『ここに持ってきて』いるじゃないですか」

「あっ……」

「別に仕留めろとか死体で持ち帰れとは言っていませんからね」


 それから最後に「しばらく待機していてください」と言い残して現れたときと同じようにすうっと消えた。


「あたし、合格したんだ」


 呟いてみるけど、嬉しいよりも情けない気持ちで一杯だった。

 おまけで合格した気持ちが強いし、ユミに言われたこともあって、素直に喜べない。


「メグミ。合格したけど納得がいっていないって顔をしているな」


 鋭くあたしの心の中を言い当てたユミ。

 目を伏せながら「……うん」とだけしか言えなかった。


「覚えていてくれ。いつか決断を下さないといけないときがある」


 ユミはあたしの頭を優しく撫でた。

 顔をあげてユミを見ると悲しそうに、本当に悲しそうに、あたしに同情していた。


「そのとき、君の優しさが仇にならなければいいんだけど」

「…………」

「ま、とりあえずは一次試験を合格したことを喜んでおこう」


 頭から手を離されて暖かみが無くなると、あたしの心も寂しくなった。

 だけどあたしの心を知った黒白虎の子供が「ふにゃあ」と甘えてきた。


「すっかりなついたな。こいつ、どうする?」

「どうするって? アキラ、まさか殺せって言うの?」


 アキラは「そうじゃねえよ」と否定する。


「このまま連れて試験を受ける気か? どこかに預けたほうがいいだろ」

「そうだね。でも東の都に知り合いなんていないし」

「黒白虎は基本的に妖怪になつかない」


 ユミが他の志願者のほうを見ながらあたしに言う。


「連れて行く他ないだろう。獣と一緒に受けてはいけないとは、要項に書いていなかった」

「そりゃ誰も連れて受けるなんて考えもしないだろうからな」

「そう。だから咎める妖怪などいない」


 あたしはぎゅっと黒白虎を抱きしめた。

 そして、小さな声で優しく誓った。


「あたし、この子を守るよ。絶対に見放さない」


 アキラとユミは顔を見合わせて、それからアキラが「覚悟ができているようだから、やめろとは言わねえけど」と言う。


「大事に育てねえと妖怪を襲うかもしれねえ。そんときはお前が殺すんだぞ」

「うん。分かってるよ」

「そうか。じゃあ一番、大事なことをしなくちゃな」


 アキラはにっこり笑った。

 ユミはやれやれみたいな態度を取った。


「こいつの名前、決めておけよ」

「ああ。名付けは責任を感じさせる」



◆◇◆◇



「第一次試験終了の時刻となりました。ここで打ち切りとさせていただきます」


 あたしが黒白虎の名前について悩んでいる間に、夕方になって試験が終了してしまった。

 ざっと見ると半分より少し多いくらいの妖怪が残っていた。


「六百二十三名が通過しました。おめでとうございます」


 船幽霊が頭を深く下げながらみんなに報告した。

 ええと、前が千百……そのくらいだったかな?


「それではこれより第二次試験を開始します」


 休む間もなく試験の開始が告げられた。

 あたしは黒白虎を抱きながら身構えた。

 アキラとユミもそれぞれ槍と弓矢を構える。

 他の妖怪たちも同じようにしていた。


「第二次試験は『うさぎ追いし者』。試験官はこちらの方です」


 船幽霊がすうっと消えるのと同時に、その左に現れたのはサムライの着物を纏った一つ目入道だった。威厳たっぷりに見渡した後「それでは内容を発表する!」と大声を発した。


「これから夜が明けるまで、お前たちはうさぎと猟師に分かれて、追いかけっこをしてもらう。今、志願者には各々、うさぎか猟師の札を渡す」


 第一次試験と同じように、あたしの手の中にいつの間にか封筒が現れた。

 中身を確認する前に、一つ目入道が説明を続ける。


「うさぎの勝利条件は捕まらないこと。猟師の勝利条件はうさぎを二名捕まえること。ただし誰がうさぎなのか妖怪なのか、分からぬようになっている。もちろん我々が教えることもない」


 ユミが「単純な追いかけっこというわけではなさそうだ」と呟いた。


「もし猟師が猟師を捕まえたら捕まえたほうは失格とする。うさぎは捕まってしまったら失格だ。さらに猟師が二名捕まえられなかったらそれも失格」


 どうやって猟師かうさぎなのかを見分けるのかな?

 みんな札を隠すに決まっているのに。


「捕まえ方は、うさぎだと思う者に『うさぎ、捕まえた』と背中を触りながら言うこと。それ以外は捕まえたことにならん。それと死体は数に入らないから気をつけろ。それと、夜が明けたら終了だが、正午には第三次試験を行なうので、それまでには戻るように」


 一つ目入道は「何か質問あるか?」と見渡して訊ねた。

 妖怪たちはざわついて何を質問したらいいのか分からないみたい。

 あたしだって何を聞いていいのか分からないよ……


「質問。逃げる範囲は決まっているの? それから二名捕まえて合格したら、ここで待機してていいの?」


 質問したのは犬神の女の子だった。あたしとそう変わらないと思う。白い毛皮でとても綺麗だなと見惚れてしまう。


「逃げる範囲は自由だ。先ほども言ったとおり、正午までに戻ればいい。それと二名捕まえたらここでもどこでも待機していい」

「委細承知。ありがとうございましたー」

「他に質問はないようだな」


 一つ目入道は一個の瞳をぐるりと回転させて、大声で宣言した。


「それでは、第二次試験を開始する!」

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猫又のメグミはサムライになりたい 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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