第5話黒白虎

 寒嶺山に着いたのは翌日の早朝だった。早起きは苦手だけど、今日の夕方までに戻らないといけないから。

 寒嶺山は天願山と同じで雪がたくさん積もっていた。遠くからでも白い雪が見える。でもふもとの相津の森は、涼しいって程だったから防寒着は必要なさそう。


 相津の森に着いたけど、どうやって仕留めるのか方法は考え中。猫又に伝わる『猫だまし』と呼ばれる罠を仕掛けようにも、時間は無さそうだった。妖怪相手なら大した手間はかからないけど、八尺もある黒白虎相手だと難しい。


 とりあえず、黒白虎を見てみようと思って相津の森に入ってみた。寒嶺山が近いせいか、冬に咲く花――冬月草が多く生えている。白と水色で綺麗だった。木もある程度の間隔を空けて立っている。いざとなったら隠れようと思ったけど、これじゃあ難しいなあ。


「にゃあ……? あれが黒白虎かな?」


 木の上に登ってきょろきょろ見渡すと、黒白虎が群れで歩いているのを見つけた。

 数十頭の群れ。まるで狼のようだとあたしは思った。そういえば、ユミに貰った紙に『巨体だが小食』って書いてあったっけ。


 ということは餌で釣るのは効果無さそう……

 ますます難しいなあと頭を悩ませていると、何か焦げ臭い臭いが遠くからした。

 誰かが魚を焼いている? いや、香ばしい匂いじゃない……


「――っ!? 嘘!?」


 黒白虎たちが立ち止まっている――周りを火に囲まれている!?

 なんで!? そう思ったあたしは木から木へ飛び移りながら、黒白虎たちの元へ急ぐ!


「火は良いねえ。煌々と燃える姿は芸術だ」


 黒白虎たちの近くまで来たとき、火の外側から様子を見ていた妖怪がいたのを見つける。

 腕組みしながらにやにや笑っている、二十代くらいの狸の妖怪。笠を背中にかけていて、緑色の着物を着て、太いしっぽを着物から出していて――


「うん? 誰だい、君は」


 あたしに気づいた狸の妖怪。視線をこっちに向ける。

 木から飛び降りて「何しているの!」とあたしは喚いた。


「山火事起こすなんて……!」

「ああ。綺麗だろう。揺らめく火っていうのは」

「自分が何をしているのか、分かっているの!?」


 詰め寄るあたしに「黒白虎。君も課題なんだろう?」と冷静に狸は言った。


「千より多い妖怪の課題。ある程度被ると思うのは、僕だけかな?」

「そ、それは……」

「千以上種類あるわけないしね。だったら、黒白虎を滅ぼして、志願者を減らすのは、当然の考えだよ」


 なんて考えなの!?

 あたしは絶句して言葉が出ない。


「ああ、心配しなくていい。黒白虎は既に一匹仕留めておいたから、僕は合格できる。でも君は残念だけど、不合格だね」

「……許せない! そんなの!」


 あたしは戦闘態勢に入った。木刀を構えて狸を見据える。


「合格できないからって八つ当たりはやめてよね。怖いなあ」

「そんなんじゃあない! どうして滅ぼす必要があるの!」

「だから志願者を――」

「そんなつまらない理由で……!」


 すると狸は不思議そうに「君だって黒白虎を殺そうとしたんだろう?」と言う。


「一匹殺そうが、全部殺そうが一緒じゃないか」

「違う! あたし、あの方や村長に教えてもらった!」


 あたしが尊敬している妖怪が教えてくれたんだ。

 むやみやたらに殺生してはいけないって。


「あの方は殺しを楽しんじゃいけないって言っていた! 村長は獣も山の幸だから、必要な分だけ取るようにって言っていた!」

「はあ? 結局殺すんでしょ? 綺麗事言わないでよね」


 狸は面倒だなあって態度で両腕を広げた。

 あたしと戦う体勢だって、発せられている戦意で分かった。


「別に志願者と戦っちゃいけないって決まりはないよね。だから――遊んであげる」


 木々が揺れて木の葉が舞う――あたしに襲い掛かる!

 一度狸から目を切って、左に飛んだ。

 後ろの大木に木の葉が刺さる――噂に聞く妖術だね。


「避けられるとは思わなかったなあ」

「――ふざけないで!」


 狸に向かって一直線に迫る。

 速さならあたし、負けないんだから!


 木刀が当たるってときに、木の葉が壁となって打撃を防いだ。

 狸は一歩も動かない。馬鹿にしているんだ……!


「さて。こんなのはどうかな?」


 木の葉が再び縦横無尽に動いて、一塊となってあたしを圧し殺そうとしてくる。

 まるで巨体族の拳のような大きさ! 後ろに飛んで避ける!

 ずしんと音がして木の葉が散らばった。大穴ができていた。


「うーん、流石猫又だね。その速さは脅威だ」


 あたしは一度、頭を冷やすために大きく飛んで木の上に登った。

 木の葉がない、枯れた木の上を飛び回りながら、考える。

 木の葉の壁で狸を攻撃できない。

 距離を取ると木の葉が攻撃してくる……


「……にゃあ。これしかないかも」


 思いついたけど、あまりやりたくなかった。

 でも一泡吹かせたい。

 あんなひどいことをする、妖怪に目にもの見せてやりたい!


 あたしは大きく飛んで狸と火の間に着地した。


「へえ。大した身体能力――」


 狸は驚いたように目を見開いた。

 あたしが木刀に火を点けていたからだ。


「これならどう? 木の葉の壁なんて、燃やしちゃうんだから!」


 あたしはさっきよりも速く狸に近づく。

 狸は笑っている――なんで?


「お見事! 素晴らしい!」


 狸はそのまま攻撃を受けて――全身が燃えた。

 えっ? と思って動揺したあたし。

 すると見る見るうちに狸が木の葉になって、崩れ落ちてしまった。


「僕の分身を倒すなんて。妖術を使えないのに凄いなあ」


 どこから声がするのか分からない。

 四方八方から反響している。


「い、いつから、分身だったの!?」

「最初の攻撃で目を切ったでしょ? 駄目だよ、相手から目を離しちゃ」

「どどこにいるの!? 出てきてよ!」

「ううん。もう十分楽しんだから、いいや」


 狸は笑いながら「君の名前は?」と言う。


「あたしは、猫又のメグミ!」

「僕は化け狸のシンジ。また会いたいけど、無理だよね」


 狸――シンジの言葉にあたしは後ろを振り向いた。

 火が消えている……さっきまで燃えていたのに……


「狸火は消したよ。もう十分だからね」

「十分って……もしかして!?」

「黒白虎たちは殺した」


 愕然として膝をついてしまった。

 サムライになれないのと、黒白虎たちが全滅しちゃったのとで、頭がぐちゃぐちゃになる。


「また来年挑戦してよ。君なら合格すると思うから」


 そう言い捨ててシンジは去っていく。

 気配が少しずつ無くなっていったから分かる。


「あたし、サムライになれないの……?」


 涙が出そうになる……

 それを堪えて、立ち上がって黒白虎たちのところへ行く。

 獣が焼かれた臭いで吐きそうになるのも堪えた。


「どこか、生き残っている……」


 そう言いかけて、言葉を止めた。

 生き残っていたら、あたしはどうするの?

 殺しちゃうの?


「ふにゃああ……」

「――っ!? えっ!?」


 猫耳に届いた微かな鳴き声。

 必死になって声がしたところを探す。


「あ、ああああ!」


 おそらく父親と母親だろう。

 小さな黒白虎の子供を庇って、火から守っていた。

 黒と白の縞模様の子供は親の顔をペロペロと舐めている。死んだことに気づいていないみたい。


「……生きて、いたんだね」


 獣なのに、親が子を守った。

 まるで、あたしのお父さんとお母さんのようだった。


「ふにゃあ?」


 でも、このままほっとけば死んじゃう。


「……おいで」


 あたしは両腕を広げた。

 黒白虎の子供は少し両親を見つめてから、あたしの胸に飛び込んだ。

 ぎゅっと抱きしめる。暖かい。


「……駄目だ。殺せないや」


 子供だから殺せないのもあったけど。

 自分の境遇と同じだったから。

 もうこの子に何かしようだなんて、思わなかった。

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