第4話狩りもの競争
天願山を無事に越えて、テツさんにさようならを言って。
試験当日、あたしたちは東の都にやってきた!
「にゃあああああ! たくさん妖怪がいるね!」
木造りの大きな建物が多くある中、ひしめくように妖怪が歩いている。
中心街には見たことのない商品があって、もしもお小遣いがあったら買いたいくらいだった。
「この東の都は天願山を初めとして、高山に囲まれている。いわゆる盆地だ。だから五つある都の中でも天然の要塞と称されているんだ」
ユミの話を聞きながら、あたしはきょろきょろと辺りを見渡す。
すると「こら。田舎者みたいだろ」とアキラに叱られた。
「ここいらには窃盗や巾着切りをする妖怪も多いんだ。気をつけろ」
「なんで田舎者に見えると狙われるの?」
「都の妖怪は警戒心が強いが、田舎者は浮かれて脇が甘くなるんだ」
ふうん。そういうものなんだ。
あたしの村にはいないから、逆に会ってみたくなる。
あたしたちは目抜き通りを通って、東の都の中心からやや北にある、サムライの試験会場までやってきた。その試験会場は周りを塀で囲まれていて、大きな門の前には受付があった。十名ほどの妖怪が並んでいて、あたしたちもその後ろに並ぶ。
「天願山のときはひやひやしたが、なんとか辿り着いたな」
アキラが手ぬぐいで汗を拭きながら、ため息をついた。アキラは青い着流しを着ていて、背中の甲羅で少しだけ浮いていた。
ユミは黒と赤の独特な着物を着ている。少なくとも十五才の女の子が着るものではない。確か、天狗の一族だと認められた者にしか着れない特別なものだって言っていた。
「ここからが本番だ。油断するなよ」
「おっと、そうだった……メグミ、お前本当にそれで臨むのか?」
それとは木刀のことだ。
あたしは「当たり前だよ!」と頷いた。
「村長からもらった、大切なものだもん。これで合格したい!」
「酔狂な奴だな。ま、お前がそれでいいのなら、それでいいか」
そんな話をしていると、あたしたちの番になった。
受付の涼やかな顔をした女性――雪女だ――が訊ねる。
「あなた方のお名前をどうぞ」
「水怪族、河童のアキラだ」
「有翼族、天狗のユミ」
「獣妖族、猫又のメグミだよ!」
名乗った途端、あたしの右手の甲に紋章が刻まれた。
痛みはないけど、刺青みたいで、びっくりした。
「にゃあ? これは?」
「試験を受ける者の証です。これを失ったら失格です」
「水で落ちるとか、ないみたいだが……」
アキラが触って確かめている。
ユミが小さな声で「厄介だな」と呟いた。何が厄介なんだろう?
「それでは、門の中へどうぞ」
雪女さんに促されて、門の中に入る。
その先は意外にも、更地だった。建物がまったく無い。
だけど、妖怪たちが大勢いた。多分、千以上いるかも。
「こんなに志願者がいるのか?」
「当然だろう。サムライになりたい者は大勢いる。さらに言えば、東の都だけじゃなく、他の四つの都でも試験は行われているんだ」
アキラとユミの会話が遠くに聞こえる。
本当にサムライになれるのかな……
ううん、絶対になるんだ!
「過去最大の志願者数って聞いていたが……」
「怖気づくのが早いんじゃないか?」
「だ、誰が怖気づいているんだよ! ざけんな!」
アキラとユミの会話を黙って聞いていると、鐘の音が鳴り響いた。
みんなは鐘の鳴る方角に注目する。
いつの間にいたのか分からないけど、サムライの証である『志』と書かれた黒い着物を着ている、ずぶ濡れで柄杓を携えている、真っ青な顔の浮遊族の船幽霊っぽい妖怪が鐘を大きく鳴らし続けている。
全ての妖怪の視線が集まったのを確認して、その船幽霊はよく通る声で言った。
「千百五十四名の志願者を確認しました。これよりサムライの試験を開始します」
深く頭を下げた――その瞬間、あたしたちの手元に白い封筒が届いた。
どよどよとどよめきが広がる中、船幽霊は「第一次試験の内容を発表します」と言う。
「第一次試験は『狩りもの競争』です。封筒に書かれた獣をここに持ってきてください。方法は問いません。購入してもいいですし、文字通り狩っても構いません」
狩りもの競争……子供の遊びっぽい響きだけど、内容は凄い大変そうだった。
あたしは封筒の中身を読んだ。
そこには『黒白虎』と短く書かれていた。
「期限は明日の日暮れまで。日が完全に落ちたら終了とします。それではご健闘を祈ります」
そう言ってすうっと消えてしまった船幽霊。
志願者のみんなは自分のお題を確認すると、ほとんどはすぐにこの場から走って出て行く。
残ったのは二百ほどで頭を悩ませていた。
「ユミ、メグミ。お前ら大丈夫か?」
アキラが心配そうに訊ねてくる。
あたしは「よく知らない獣なんだけど」と紙を見せた。
「黒白虎か。難しいお題だな。ただ近くの山に生息しているのは確かだ」
「本当!? どこで!?」
「そこまでは知らん。都にある書物を集めた公文書館に行けば分かるが……許可書が必要だ」
田舎者のあたしが持っているわけがない。
どうしようと頭を抱えていると「私は持っているぞ」とユミが小難しい文字が書かれた札を見せた。
「この札さえあれば五人までは入れる。メグミ、一緒に来るか?」
「いいの!? ありがとう!」
「アキラはどうする?」
「いや、俺は目星がついている。無用だ」
アキラは「ただ狩るのに時間がかかる」と言って荷物を持った。
「今度会うときは一次試験を合格してからだな」
「そうか。気をつけろよ。油断するな」
「アキラ、頑張ってね!」
「おうよ。お前らも頑張れよ」
アキラと別れてあたしとユミは公文書館に向かう。
道すがら、あたしはユミに「どんなお題だったの?」と問う。
「鬼孔雀だった。生息地さえ分かれば仕留められるだろう」
「そうなんだ。くじ運いいなあ」
「メグミ、黒白虎はなかなか手ごわいぞ。何か策が無ければ狩れないと思う」
一体どんな獣なんだろう?
公文書館に着くとユミが許可証を見せて、あたしは中に入ることができた。
書物だらけの部屋がたくさんあって、どうやって黒白虎のことを探せばいいのか分からない。
「ここに勤めている妖怪に頼めばいい。すぐに持ってきてくれる」
「そうなんだ。ユミは慣れているの?」
「まあな。一日中、公文書館で勉強したことが何度もある」
名家の出だと分かっていたけど、本当に住む世界が違うんだなあって思った。
お嬢様……ううん、もっと努力している感じがする。
あたしはユミの言葉通り、近くにいた一反木綿さんに頼んで黒白虎について書かれている書物――獣分布図、東の都編を持ってきてもらった。
いや、持ってきてもらっただけじゃない。一反木綿さんは黒白虎の記載が載っている箇所を教えてくれたんだ。
「ありがとう!」
「いえいえ。サムライの試験、頑張ってください」
笑顔で応援してくれるのは嬉しかった。
あたしはさっそく、黒白虎の項目を読んだ。
『黒白虎。ネコ科ビャッコ属。黒と白の体毛が特徴的な虎。平均八尺ほどの体長を持つ、獰猛な獣。生息地は東の都の北、寒嶺山のふもとにある森、相津。備考として、群れで生活しているため、単独での狩りはおすすめしない』
うーん、みんなが厄介って言った意味が分かるかも。
山の主を仕留めたときと同じように、罠を張るしかないのかな?
「メグミ。分かったようだね」
ユミがあたしに話しかける。手には鬼孔雀の書物を持っていた。
「うん。分かったけど……」
「どれ。その項目を紙に書いてあげよう」
返事する前にユミが持っていた真っ白な紙に写し始めた。
「ありがとう。うん、そうだね。今から弱気になっちゃ駄目」
「弱気? どうしたんだ?」
「書いてあったんだけど、あたしだけでやるのはおすすめしないって」
ユミは怪訝な顔で言った。
「君は自分よりも書物のことを信用するのか?」
「えっ?」
「私はそういう風に見えなかったが」
そうだよね。書物はあたしのことを知らないけど、あたしはあたしのことを知っている。
だから、自分にできることをしないと!
「ありがとう! 元気出たよ!」
「それは何よりだ」
ユミはあたしに紙を差し出した。
「君ならできると思う。頑張れ」
あたしは紙を受け取った。
「うん、頑張る!」
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