第3話素敵な仲間

 がたがたと山小屋の中の壁が揺れる。

 外の風が強い証拠だ。

 あれから数分経っているけど、両方戻ってこない……


「テツさん、あたし、心配だから見てくるよ!」

「もううどんはできているぞ。食べないのか?」

「ご飯なんていつでも食べられるよ! それより大事なの!」


 あたしは防寒着を着直して、村長からもらった木刀を持って、山小屋を飛び出した。

 外は吹雪というより、猛吹雪と言ってもいいくらい、強い風と雪が舞っている。


「アキラさん! ユミさん! もういいでしょ! 戻ってきてよ!」


 大声で叫ぶと吹雪の向こうから大きな影が見えた。

 多分、アキラさんだと思って近づく――


「メグミ! 逃げろ!」


 あたしの右の方向からアキラさんの声がした。

 目の前の大きな影が、大きく腕を振るって襲い掛かってくる!


「にゃあああああ!?」


 悲鳴を上げて後ろに飛び跳ねる――尻餅突いちゃった!

 一撃目は避けられたけど、次の攻撃は無理!


「猫又の! 捕まれ!」


 上から声? 見上げると大きな翼をはためかすユミさんの姿があった。

 無我夢中でその手を取ると、一気に空を飛んだ!

 腕が外れる勢いだったけど、平気で良かったと思っていると、突然、雪原に落ちてしまった。


「あいたたた……どうしたの?」

「やはり雪山ではこれが飛べる限界だな」


 翼に氷と雪が張り付いていて、凍傷になりそうだった。


「だ、大丈夫!? 痛くないの!?」

「痛いさ。でも少ししたら回復する。それよりもあの熊だ」


 熊? あたしは猫目を凝らして大きな影を見た。

 白くて大きな熊が、そこにいた。

 あたしが倒した山の主よりも――大きい!


「あんな獣、見たことない……!」

「私もだ。おそらく天願山の中でも選りすぐりの猛者だろう」

「ど、どうするの? 山小屋まで逃げる?」

「いや、山小屋が壊されてしまうかもしれない」


 ユミさんは弓と矢を構えた。

 えっ!? どこから出したの!?

 いつの間にか、翼が引っ込んでいるし。


「隙さえあれば仕留められるが……なかなかに難しい」

「こんな風と雪が吹いているのに、狙えるの?」

「もっときつい環境でも当てたことがある。動かない的にだがな」


 あたしはぎゅっと木刀を握りしめた。

 お父さんとお母さん、村のみんな、そしてあの方のこと思い出す。

 少しだけ勇気が湧いた。


「あたし、隙を作ってくる! その隙に狙って!」

「ば、馬鹿な! 相手は――」


 最後まで聞かずに、木刀を八双に構えて――走った。

 あたしならできるって、そう思い込んだ。


 目の前の熊はとても大きかった。

 村の矢倉と同じくらい――ちょっと言いすぎかな?


「にゃああああ!」


 気合を入れるため、恐れを消すため、あたしは大声をあげて、熊に向かう!

 熊はさっきと同じように、横なぎの攻撃を仕掛ける。

 猫又は体が柔らかい。上手く身体を捻って避けることに成功した。


 熊は攻撃が外れることが、予想外だったらしく、身体の体勢を崩してしまった。

 やったあと思ってがら空きになった頭を思いっきり木刀で殴る!

 手が痺れるほどの衝撃。熊は唸り声をあげて――


「……にゃあ?」


 自分の口から洩れた情けない声。

 熊が素早くもう一方の腕で攻撃してきた。


 避ける? できない。

 受ける? できない。

 このまま死んじゃう――


「――巻きつき槍!」


 いきなり後ろに引っ張られたあたし。

 顔ぎりぎりに熊の爪が来るのがゆっくり見えた。


「この馬鹿! 熊相手に正面から挑む奴があるかよ!」


 槍を持ったアキラさんだ――肩から血を流している!?


「アキラさん! 大丈夫なの!?」

「かすり傷だ。それよりも、この状況不味いな」


 おそらく槍であたしをひっかけて、後ろに引っ張ったんだ。

 でも動いたせいで、血がたくさん出ている。

 早く止血しないと……


「ねえ、アキラさん。どうにか熊の隙、作れないかな?」

「はあ? 何考えているんだ?」

「ユミさんが『隙さえあれば仕留められる』って言っていたの」


 アキラさんは迫ってくる熊を見ながら「あいつの弱点は喉元だ」とあたしに言った。


「脳天や胸元よりも毛皮が薄い。だから狙うのなら……」

「分かった。アキラさん、少し時間を稼いで」


 あたしはアキラさんの目を見た。緑色の目の中に、あたしが写っている。

 作戦ってほどじゃないけど、こうしないといけないなって思った。


「……ああもう! 分かったよ、時間稼いでやる! どんぐらいだ!」

「三十秒で支度するよ!」


 アキラさんは「上等!」と言って熊に突撃した。

 アキラさんの体格は大柄で、槍も長いけど、熊の攻撃範囲には及ばない。

 だから攻撃を防ぐのに精一杯だ――


「いいよ、離れて!」


 あたしはさっきよりも速く、素早く、熊に近づく。


「お、お前、馬鹿か――」


 アキラさんの驚愕の声。

 熊の攻撃は速いけど、今のあたしなら避けられる。

 だけど動ける時間は十秒しかない。


「にゃああああああああ!」


 鋭い爪を避けて懐に入って。

 熊の喉元を狙って、木刀を立てて――飛び上がった。


 熊の苦しそうな声。

 あたしはもう動けない――アキラさんに持ち上げられる。

 最後に見た光景は。

 熊の目に矢が深く刺さったところだった――



◆◇◆◇



「うーん……ここは……」

「目が覚めたか! おい、テツさん! メグミが目を覚ました!」


 アキラさんの嬉しそうな声。

 ユミさんも覗き込んできた。


「あれ、どうなったの?」

「安心しろ。熊は仕留めた」


 ユミさんが優しく、あたしの髪を撫でてくれた。

 気持ちよかったからごろごろと喉が鳴っちゃう。


「おう。目覚めたか。まずはこれを食え」


 そう言ってくたくたになった味噌煮込みうどんを差し出すテツさん。

 あたしはゆっくりと食べた――美味しい。


「若いな。無茶をするなんて」

「そうだ! お前馬鹿じゃないのか!」


 アキラさんは相当怒っている。

 ユミさんは黙っているけど、同じ気持ちのようだ。


「この極寒の雪山で、防寒着を脱ぐなんて、どうかしているぞ!」


 そう。防寒着を着こんでいると、素早く動けない。

 危険だって分かっているし、少しの間だけしか動けないことも分かっていたけど、それしか熊の喉元を狙う方法はなかった。


「君は自分がどうなってもいいのか?」

「でも、生きているよ」


 ユミさんの言葉に、あたしは答えた。


「あたしたち、生きている。それでいいと思うんだ」

「そういう問題じゃねえだろ!」

「ああ、そういう問題じゃない!」

「……アキラさんとユミさん、仲良くなったね」


 あたしの指摘に顔を見合わせる。

 数瞬して、照れくさそうに頬を掻いていたアキラさんは「悪かったな」と言った。


「あれは天狗に対して言う言葉じゃなかった。すまん」

「いや、私こそ悪かった。いろんな事情が妖怪にはあるからな」


 仲直りしてくれて、本当に良かった!

 あたしがにこにこしているとアキラさんが「お前、もしかして……」と訊ねた。


「俺たちの喧嘩を止めるために外に出たのか?」

「あれ? テツさんから聞いてないの?」

「本気かよ。俺たちが脱落してサムライの試験に受かりやすくなるとか考えなかったのか?」

「えっ? 考えないよ」


 あたしは自信満々に答えた。


「だって、あたしはどんなことがあっても、絶対にサムライになるんだもん!」

「……幼さというか、真っすぐだな」


 ユミさんは羨ましそうな顔であたしを見ていた。

 それから「君に対しても謝らないとな」と頭を下げた。


「ごめん。そして助けてくれてありがとう」

「そうだな、ありがとう」

「ううん。アキラさんとユミさんが無事で良かったよ!」


 アキラさんが「さん、なんて付けなくていい」と笑った。


「アキラでいい。同じ志願者だし、年齢も変わらないしな」

「ええ? あたし、まだ十二才だよ?」

「俺だって十七歳だ」

「嘘!? 二十超えていると思っていたよ!」


 アキラさん――じゃなかった、アキラは「河童は大人に見られやすいんだよ」と苦笑した。

 ユミさんも「私もユミでいい」と言った。


「ちなみに私は十五才だ。年相応に見えるだろう?」

「うん。見える! でもちょっとだけ大人に見えるよ。立ち振る舞いのせいかな?」

「ま、アキラみたい老けているわけじゃないからな」

「おいおい、ユミ! 老けているとか言うな!」


 あたしたちが笑っていると、傍で見ていたテツさんが「それだけ元気があれば天願山を越えられるな」と静かに言った。


「夜が明けたら出発するぞ。幸い、お前たちの傷はすぐに治る」

「うん、分かった!」

「お前たちなら、全員合格できると思う」


 テツさんから出た最大の賛辞に、あたしたちは顔を見合わせて、それから笑った。

 その笑い声は天願山中に響き渡っているかのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る