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「とりあえず場所を移そう」

 死体がそばにあると落ち着かないので、佐和子は澄香を連れて校舎の屋上に移動した。

 血の臭いが充満する屋内にいた佐和子たちは、外に出ると新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

 佐和子は屋上のへりまで行き、転落防止用の手摺てすりに身を預けた。朝から続いていた雨は止んでいて、雲は切れ切れになり、澄んだ青空が顔を覗かせつつある。屋上から見渡せる市街地のどこかで、救急車のサイレンが甲高く響いていた。

「それで。さっきのは何だったの? 教えて」

 後ろをついてきた澄香が説明を求める。

「あれは、佐和子がやったの?」

「そうだよ」

 すべては、佐和子が計画し、それを実行した結果だった。

 迷いのない佐和子の首肯しゅこうに一瞬言葉を詰まらせた澄香だったが、その後あることを思い出してハッと目を見開いた。

「もしかして、あのツイートが関係してるの?」

「正解」

 ぱちぱちぱち、と佐和子が拍手する。

「『1いいねにつき1人殺します』。私は宣言どおりに殺しただけだよ」

「なんでそんなこと! いいえ、そもそもどうやって……」

 犯行を告白する佐和子に、澄香が疑問を投げかける。

 突如起こった集団変死。あれは誰がどう見ても尋常ならざる現象だった。犠牲者たちがどんな原因で、どういう理屈で死んだのか、澄香にはまったく見当がつかない。そしてその奇怪な死には、どういうわけか目の前の友人が関わっているという。何もかも分からないことだらけだった。

「うーん、何から話せばいいかな」

 佐和子はおとがいに指を添えてしばし考え込んだ後、口を開いた。

「ねえ澄香ちゃん。麻里奈ちゃんが死んだのは誰のせいだと思う?」

「え?」

 突拍子もなく登場した故人の名前と、意図が読めない質問に戸惑う澄香だったが、さほど時間をかけず答えを返す。

「それは、麻里奈に酷いことを言った人たちのせい、だと思う」

 答えながら澄香は、当時のことを思い出してつらい気持ちになる。

「そうだよね」

 佐和子はうんうんと首を縦に振った。

「私ずっと考えてたんだ。麻里奈ちゃんは誰のせいで死んだのかなって。

 麻里奈ちゃんを辱めた織部のせい?

 織部を訴えようと言って、麻里奈ちゃんへのバッシングを招いてしまった私のせい?

 それとも重圧に耐えられなかった麻里奈ちゃん自身のせい?

 いいや違う。麻里奈ちゃんが自殺したのは、誹謗中傷をしたたくさんの人たちのせいだよね」

 佐和子は華奢な拳を握りしめる。

「あの人たちは、匿名という安全圏から心無い言葉を麻里奈ちゃんにぶつけた。メッセージを送ったほとんどの人は、本気で麻里奈ちゃんに死んでほしいとは思ってなかったと思う。でも、そういう軽率に投げつけられた言葉の一つ一つが積もりに積もって、麻里奈ちゃんを自殺に追い込んだ。麻里奈ちゃんが死んだのは彼らのせい。彼らが放った言葉が、麻里奈ちゃんを殺したんだ。だから」

 一拍置いて、佐和子は今回の計画の目的を明かした。

「私は彼らに罰を与えることにしたんだ」

 説明がやや飛躍して、澄香が聞き返す。

「罰?」

「そう。麻里奈ちゃんを殺した罪に、相応しい罰」

 佐和子は忌々しげに語る。

「麻里奈ちゃんを殺した人たちは、目立って悪質だった数人を除けば、何も刑罰を受けていない。おかしいと思わない? 人を一人殺しているのに」

 一人の少女を自殺させた罪を背負う何千人もの匿名個人は、今も何食わぬ顔で日常生活を送っている。曲がったことが嫌いな佐和子にはそれが納得できなかった。

 怒りの矛先はさらに外へ広がる。

「それに、今もネット上で暴力的な書き込みをしている人たちも、私は許せない。麻里奈ちゃんの死から何も学んでないし、全然反省してない。彼らも、麻里奈ちゃんを殺した人たちと同罪だよ」

 麻里奈の死後しばらくは、同じようなことがこれ以上繰り返されないようにと、インターネット上の誹謗中傷の件数は顕著けんちょに減っていた。だが時が経つにつれて惨劇さんげきの記憶は風化し、今では事件前と同等かそれ以上の数の、モラルを欠いたインターネット利用者が散見されている。

「息をするように暴言を振りまく人が、他人に軽々しく死ねと言ってしまう人が、インターネットには溢れ返ってる。彼らはいなくならない。だって誰も彼らを裁かないから」

 佐和子の目に決意の炎が揺らめく。

「誰もやらないから、私がやることにしたの。私が彼らを殺してやるんだ」

 インターネット上に蔓延はびこる無数のがんの排除。

 佐和子の目的は、言わばインターネットの世界の浄化だった。

「そう、だったのね」

 佐和子が殺人に及んだ理由に圧倒される澄香だったが、少し共感と同情も覚えていた。麻里奈を失って悲しみに暮れ、世の中にいきどおりを感じたのは澄香も同じだ。佐和子が人を殺そうとするほど強い憎しみを抱えてたのだ考えると、胸が張り裂けそうな思いだった。

「なんで佐和子がこんなことをしているのかは分かったよ。正しいとは思わないけど、ダメなことだけど、気持ちは理解できるから」

「ありがとう。澄香ちゃんは優しいね」

 殺人の動機は判明した。しかし。

「だけど、そんなこと一体どうやって……?」

 その方法はまだ謎のままだ。

「インターネットの利用者が何人いると思ってるの? 誹謗中傷をしている人たちをどうやって探すの? それにどうやって殺すのよ?」

 佐和子が殺そうとしているのは、インターネット上で誹謗中傷をおこなっている不特定多数の匿名個人である。彼らを殺すためには、まず現実における彼らの素性を特定する必要がある。そして特定した一人一人を殺し回らなければならない。

 それは普通の方法では到底実現できそうにないことであり、ましてや一介の女子高生である佐和子がそれを実行できるとは、澄香にはとても考えられなかった。

 澄香の追及に、佐和子はお手上げのポーズを見せる。

「澄香ちゃんの言う通り、ターゲットを見つけるのは大変だよね。AIとか使えたらできなくはないんだろうけど、私には無理。同じく、物理的手段で人を殺すのだって、ひよわな私じゃできないと思う。だから、」

 そして佐和子は、今回の計画の方向性を示した。


「呪い殺すことにしたんだ」

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