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 麻里奈は美人で、聡明で、人を惹きつける魅力を持った少女だった。ルックスとスタイルの良さを買われて十四歳でファッションモデルデビューし、以降ミドルティーンのスターモデルとして目覚ましい活躍を遂げた。また服が好きだった彼女は、ファッションデザイナーの道もこころざしていて、服を着る側と作る側とを両立する将来を思い描き、日々努力に励んでいた。

 華々しい世界に身を置いていた麻里奈だが、決しておごったり他者を見下したりなどはしない、謙虚けんきょでまっすぐな性根しょうねを持っていた。彼女はどれだけ人気者になろうとも、佐和子や澄香などといった身近な人との人間関係を大事にしていた。麻里奈とは小学校から続く旧知の仲だった佐和子は、そんな彼女のことを友人として誇りに思っていた。

 十代半ばにしてまばゆい輝きを掴んでいた麻里奈。順風満帆だった彼女の人生は、しかし突然狂い出す。

 昨年の夏。麻里奈は性的暴行の被害にった。

 相手は国民的人気を誇る男性アイドルグループに所属する、織部おりべ拓斗たくとという男だった。事務所の繋がりで麻里奈と交流があった織部は、ある日麻里奈に無理矢理肉体関係を迫り、拒否すれば仕事を干すとおどしをかけた。モデルの仕事を失うことを恐れた麻里奈は、織部の要求を断れなかった。

 麻里奈は最初、泣き寝入りを決め込むつもりだったらしい。だが、強い力を持つ男に脅迫され犯されるというむごい経験は、高校生になったばかりの少女が一人で抱え込むにはあまりにも重すぎた。

 被害を受けてしばらく経ってから、麻里奈は佐和子と澄香の前で、自分の身に起こったことを打ち明けた。大粒の涙とともに語られるショッキングな出来事に胸をえぐられた佐和子たちは、麻里奈の細い体を抱きしめながら一緒に泣いた。

 織部を訴えよう、と言ったのは佐和子だった。佐和子は曲がったことが嫌いな性分で、悪いことをしたらその報いを受けるべきだと思っている。だから親友を深く傷つけた織部が、何のおとがめも受けずにのうのうと芸能活動を続けているのは許せなかった。

 性被害というデリケートな事柄を白日に晒すべきか悩んだ麻里奈だったが、最終的には毅然きぜんと戦うことを選択し、織部の告訴こくそに踏み切った。検察の捜査の結果、織部のスマートフォンに麻里奈との行為を録画した動画が保存されていたのが決定的証拠となり、織部は強制性交等罪と児童淫行罪で起訴された。麻里奈の勇気ある告発により、織部は罪に相応ふさわしい罰を受ける運命となったのである。

 麻里奈は、心に消えない傷を負ったものの、加害者がきちんと裁かれることとなり胸のつかえが取れたと言い、告訴を提案した佐和子に感謝した。佐和子は少しでも麻里奈の助けになれたことを嬉しく思った。

 かくして、麻里奈はうれいのない日常を取り戻すことができた――麻里奈も、佐和子も、澄香も、そう思っていた。

 だが。本当の地獄はここからだった。

 麻里奈に危害を加えた織部の起訴は、世間に大きな衝撃を与えた。週刊誌、ワイドショー、ウェブニュース、ありとあらゆるメディアが織部の不祥事を大々的に報じ、織部が所属していたアイドルグループは活動を一時自粛することになった。ファンを始めとした多くの人々は、この事件に大いにショックを受けた。

 そして、一部のファンの悲しみや怒りなどといったやり場のない感情は、事件の被害者であるはずの麻里奈へと向けられた。麻里奈が訴えを起こさなければ織部は逮捕されず活動を続けられていたのに、という自己中心的にもほどがある非難をファンが持ち出したのである。

 麻里奈に対する誹謗中傷ひぼうちゅうしょうが至るところで書かれ出した。最初は、麻里奈を本気で憎んでいるアイドルグループの熱狂的な信者たちが暴走しているだけだったが、その悪意はまたたく間に伝染し、さほど恨みを持っていなかった者たちまでもが面白半分でバッシングに加勢し出した。麻里奈を巡る炎上は魔女狩りめいた狂気の様相をていし、インスタグラムとツイッターのアカウントには連日のように、悪口や暴言、脅迫のメッセージが送られた。



拓斗くんを返せ


あんたが我慢すればこんなことにはならなかった


死ねよ


拓斗くんに抱かれておいて文句言うとか何様だよ、死んどけ


ガリガリのブス


許さない、絶対に殺してやる


キッモwww


本当はお前が誘惑しておとしいれたんじゃないの? クソビッチ


売名乙、死ね


お前整形だろ


死んでびろ


死ね


殺す


死んでくれ


死ね、死ね、死ね


死ね死ね死ね死ね死ね殺す殺す死ね死ね死ね殺す死ね死ね殺す死ね殺す死ね死ね殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す死ね死ね死ね死ね死ね殺す死ね殺す

殺す死ね死ね殺す殺す殺す殺す殺す殺ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺す殺す殺す殺す死ね死ね死ね

死ね死ね

死ね死ね死ね死ね殺す殺す殺す殺す殺す殺す

殺す殺す殺す殺す死ね死ね死殺すね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺す死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺す死ね死ね死ね死ね

死ね死ね死ね殺す死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺す死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺す殺す死ね

死ね死ね

死ね殺す殺す

殺す

殺す

死ね

死ね



 麻里奈は、壊れた。

 何百何千という言葉の刃に心をズタズタに切り裂かれ、麻里奈は精神を病んだ。まずモデルの仕事を続けられなくなった。ほどなくして学校にも来られなくなり、自室に一日中引きこもるようになった。

 そんな麻里奈のことを心配した佐和子と澄香は、家に毎日見舞いに行った。会いに行って、他愛のない話をしたり、励ましの言葉をかけたりした。麻里奈本人から一人にしておいてほしいと面会をこばまれる日も多かったが、それでもめげずに毎日通った。佐和子も澄香も、少しでも麻里奈の心の支えになりたいという一心だった。

 しかし誹謗中傷は一向に収まらず、麻里奈はみるみるうちに憔悴しょうすいしていった。

「私が悪かったのかな」

 ある日、麻里奈はそんな弱音をこぼした。

「織部が捕まって、たくさんの人が悲しんだ。私一人が犠牲になっていれば、みんな不幸にならずに済んだ……の、かな……」

 ぽろぽろと涙を落とす麻里奈の痛ましい姿に、佐和子たちは全身にナイフを突き立てられているかのような心地になった。

「そんなことない! 麻里奈ちゃんは何も悪くないよ!」

「そうよ麻里奈、どうか自分を責めないで」

 必死に慰める二人だったが、麻里奈の表情が晴れることはなかった。

 佐和子はあの時ほど自分の無力さを思い知ったことはない。襲い来る悪意をどうすることもできず、弱っていく麻里奈を見守ることしかできない現状にただただ打ちひしがれた。

 そして、佐和子たちが麻里奈と言葉を交わしたのは、この日が最後となった。

 それから二日後。

 麻里奈は、自ら命を絶った。

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