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 佐和子のツイートの拡散はとどまるところを知らなかった。絶え間なく殺到するいいねとリツイートの通知によって、スマホは授業中もずっとポケットの中で震え続けた。

 そして情報は、現実における佐和子の周囲においても広まりだす。

 校内で、とある噂が流れていた。

 ツイッターで騒ぎになっている殺人予告を投稿したのは、二年D組の似鳥佐和子らしい。

 と。

 佐和子は自分のことを噂されているとすぐに気が付いた。クラスメイトたちから好奇の視線を感じるようになり、授業で教室を移動したときには、他学年の生徒が佐和子の話をしているのを耳にした。

 この学校には佐和子のツイッターアカウントを知る生徒が二十人近くいる。そのうちの誰かが、あのツイートを投稿したのが佐和子であることをしゃべったのだろう。人の口に戸は立てられぬ。こうなることも、佐和子の予想の範囲内であった。

 昼休みを迎えるころには、ツイートについたいいねは七万件、リツイートは四万件にまで達していた。トレンドワードのランキングには『いいねの数だけ殺します』が浮上し、目立ちたがり屋による二番煎にばんせんじの類似ツイートが乱立して、複数のウェブメディアが取材を打診するメッセージを佐和子に寄越してきた。今や佐和子の殺人予告は多大なる注目を集めていた。

 佐和子は自分のツイートにいいねしたユーザーの一覧を眺める。きっと彼らの大半は、本気で佐和子に人を殺させようとは考えていない。本当に人が死ぬなどとは思わず、悪ノリのような軽々しい気持ちでいいねボタンを押したのだろう。だからこそ、これほどの数のいいねが集まっているのだ。

 この調子なら本当に上手くいくのではないだろうか。佐和子が期待に胸を膨らませていた、そのときだった。

「似鳥」

 スマートフォンの画面を凝視ぎょうししていた佐和子は、名前を呼ばれて顔を上げる。

 話しかけてきたのは細面ほそおもての中年男性、D組の担任教師の富田とみただった。

「何ですか?」

「話がある。今から職員室に来なさい」

 富田は親指で背後をし、佐和子に同行を求める。有無を言わさぬ指示の裏には、何か焦りのようなものが感じられた。

 もうじき昼休みが終わり午後の授業が始まる。そんなタイミングで生徒を呼び出すということは、よほど重要な要件なのだろう。

「……分かりました」

 佐和子は富田に従い席を立つ。

 ここが正念場かもしれない、と佐和子は気を引き締めた。



「単刀直入にく」

 職員室にやってきて自分のデスクに着いた富田は、佐和子を立たせたまま話を切り出した。

「似鳥がSNSに人を殺すという投稿をした、と聞いたんだが、本当か?」

 佐和子を見る富田の目からは、猜疑さいぎの色がありありと見て取れる。恐らく既に裏が取れているのだろう。一応質問の形ではあるが、実質事実確認のようなものだった。

 佐和子は呼び出しを受けた時点でその用向きをある程度察していた。佐和子の殺人予告の件はあっという間に校内に広まった。それが大人たちの耳にも入ったのだ。そしてこの学校はゆえあって、この手の話題に対して神経質だった。

「はい。間違いありません」

 ごまかしは通じないだろうと判断した佐和子は、ツイートの投稿を素直に認める。

「なら、すぐに投稿を削除しなさい」

「できません」

 佐和子は間髪入れずそう答えた。佐和子の即答を聞いた富田は、眉間を指で押さえ、憮然ぶぜんとして深く溜め息を吐いた。

「あのな似鳥。ネット上でのおふざけであろうと、越えてはならない一線がある。去年、花島はなしまの件でそれを理解しただろう?」

 富田が出した名前に、佐和子の手がピクリと痙攣けいれんする。

 花島。花島麻里奈。

 彼女は一年前に死んだ、佐和子の親友だった。

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