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 登校し、教室に着いてからしばらくして、佐和子を訪ねてくる者がいた。

「佐和子」

「あ、澄香すみかちゃん。おはよう」

 中学時代からの友人、川原かわはら澄香すみかだった。セミロングの髪をシュシュでサイドテールにまとめている彼女は、黒縁眼鏡の奥にけわしい表情を浮かべている。澄香は隣のクラスの生徒だが、何か用があるのだろう、躊躇ちゅうちょなくこの教室に踏み入って佐和子の席へとやってきた。

 その澄香が、佐和子の手元に気を取られる。

「スマホ、変えたんだ」

「うん。ちょっとね」

 佐和子が手にしているコーラルピンクのスマホを見て、澄香はぽつりとこぼした。

「麻里奈が使ってたのと同じだね」

「……うん」

 麻里奈。二人の共通の友人であるその名が出た途端、気まずさが漂った。腫れ物に触れてしまったように、二人はつか口をつぐんで目を伏せる。佐和子はチクリとした痛みを胸に感じた。

「そんなことより」

 気を取り直した澄香が、佐和子の机に手を突いてグッと顔を近づけてくる。そして。

「あのツイートは、何?」

 低く押し殺した声で詰め寄ってきた。

 澄香の言う『あのツイート』とは、言わずもがなあの殺人予告のことだろう。佐和子と澄香は互いのツイッターアカウントをフォローし合っている。澄香があのツイートを目にするのは当然のことだった。

 間近ですごむ澄香に対して、佐和子は少しも動じずに答える。

「何って、書いてあるとおりだよ。もらったいいねの数だけ人を殺す。それだけ」

「馬鹿なこと言わないで。一体何を考えているの?」

 澄香の声が、怒りに震えた。

「去年……あんなことがあったばかりじゃない。たとえ嘘だったとしても、ネット上の発言は取り返しのつかないことになりかねないって、私たち学んだでしょ? なのに、なんであんな悪趣味な冗談を」

「澄香ちゃん」

 佐和子は一つ、訂正した。

「冗談じゃないんだ、あれ」

「……え?」

 予期せぬ佐和子の台詞に、澄香は呆気あっけに取られる。

「それってどういう、」

 発言の意味を問い質そうとした澄香だったが、始業の鐘がその続きをさえぎった。ホームルームが始まる時間だ。澄香は自分の教室に戻らなくてはならない。

「……放課後、時間取ってちゃんと話そう。今日の佐和子、なんかおかしいよ」

「うん、分かった。予定空けとくね」

 後ろ髪を引かれる様子で去っていく澄香を、佐和子は優しい眼差しで見送った。そしてその背中が見えなくなったあと。

「澄香ちゃんはずっとそのままでいてね」

 誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。

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