アレンジメント

〈2-4〉


「忙しかったー!」


 ドスン、と教室の硬い椅子に腰を下ろした拍子に、後ろに転げ落ちそうになるあすかを、は止めた。


「おい、あすか。危ない」


「心〜!だってさあ!入学式でしょ!?新入生歓迎会でしょ!?新学期のステージでしょ!?てんてこ舞いだよー!」


「いつものことだろ、この時期は」


「そうだけどあんまりだって!」


「はいはい」


 あすかの頭を撫でてあげながら、心は教室の入り口を見る。


(今年、新入生入ってくれるかな)


 生徒会長である自らが所属するグループであっても、確実に新入団員が増えるという確信などなかった。もしかしたら今年度は一人も加入してくれないかもしれない。それこそさっきあすかが言った新入生歓迎会、すなわちグループをアピールするステージで、精一杯パフォーマンスをしたが、まだまだ未熟な自分たちだ。他と比べて全く引けを取らない、などということはないはずだった。もっとも、そんな、アレンジメントの独擅場どくせんじょうなどということでは、花幸かこう学園の実力というものも危ういということになるのだが。

 現在所属している二年生は一人だけだった。心は、自分たち三学年が卒業した後の『アレンジメント』の存続を懸念していた。


「あすか、今年、来るかな」


 心にしては珍しい弱気な発言が出たのは、そのせいだろうと考えられた。あすかは「へ?」と目をぱちくりさせた後、持ち前の愛嬌溢れる笑顔で言った。


「あったり前じゃん!心がいるんだよ、あのパフォーマンスしたんだよ?来なきゃ嘘だよー!」


 根拠のない自信だということは明白だった。あすかはもともと楽観的で、気持ちや心で感じることに素直に行動する性格だった。それでも、心にはそんな元気な笑顔が安らぎになるのだった。


「ああ、そうだな。アイドル科でもないのに、柄にもなくパフォーマンスをしたんだ。きっと、上手くいく」


「そうだよー!そうこなくっちゃ!!」


 あすかは心底嬉しそうにまた微笑んだ。


「僕にとってはねえ、心が心中穏やかでいることが一番の願いなんだ。だから、リーダーは何も心配せずにどっしり構えててよ、ね?」


「ふふ、そういうわけにもいかない。けど、ありがとう、あすか。アレンジメントのみんなに支えられているのは、揺るぎない事実だ」


「へっへへーん、あ!」


 得意そうに胸を張るあすかだったが、入室者に気付いてパッと表情を変えた。


「フラン〜、遅ーいよー」


 それは、『アレンジメント』唯一の二学年団員、花形はながたフランだった。


「こんにちはあ〜、お疲れ様ですう〜」


 ニコニコしながら歩いてくる。


「遅れてすみません〜、二年生はちょっとしたお話があったもので〜」


 薄い金髪はブロンドで、嫌な感じが一切しないような透き通る色。緑色の目は翡翠ひすいというよりはエメラルドで、斜光しゃこうが反射して輝きを放っていた。その上細身で長身の彼だが、モデルでもなければアイドル科生でもなく、『アレンジメント』の一員という肩書きのみを持っていた。


「二年生、なんかあったの?」


「いえ〜、大きなことではないんですけど、今年度の新グループの新設のこととか、新しく副部長や副リーダーになる人の手続きとか、諸々あったんですう〜」


 口調こそふわっふわしているものの、フランの言動……言葉の内容はしっかりしており、根はしっかり者であることが伺える。


「そっかあ〜、二年生もこの時期大変だったんだねえ〜」


 頭の後ろで手を組みながらあすかはほへー、と息をつく。


「お互い頑張ろうねえ、フラン!」


「ん?ん?」


 一方的に共通点を見出し、激しく握手をするあすかだった。


「それはそうと、フラン。途中で一年生にあったり見かけたりしなかった?」


「ふえ〜?してませんねえ〜」


「そっか」


「心〜」


「もう〜」とあすかが苦笑する。


「気にし過ぎだって〜、さっきあんなことは言ったけどさあ、新入生が入んなくったってアレンジメントは存続していくって!大丈夫!」


「ああ、そういう心配してたんですねえ〜。ドゥーアワーベストですう〜」


 相棒と後輩に励まされ、心は「不甲斐ないリーダーだな」と笑った。


「しっつれいしまーす!こちら、被服科の『アレンジメント』の集合場所で合ってますかー?」


「えっ!?」


 突然教室のドアが開かれたかと思うと、無邪気な表情の青年が顔を覗かせた。


「え、ああ。合ってるよ。ここはアレンジメントの集合場所だよ」


 面食らった心が急いで返答する。


「あーよかった!あ、お邪魔してもいいですか?」


「どうぞどうぞですう〜」


 フランがすかさず招き入れる。すると、青年の後ろにもう一人いることがわかった。


「改めまして、突然すみません。俺、1-1の菊地雷地きくち らいちっていいます!今日は、被服科グループ、アレンジメントの入団希望で来ました!あと、この子も!」


 雷地が手で示した彼は、頭にバンダナのようなものを巻いており、肌は褐色かっしょくだった。バンダナは薄く淡い紫で、向かって右斜め上には、これまた薄い撫子色なでしこいろ(薄っすらとしたピンク)の花が大きくプリントされていた。


「ども、1-3の藤塗創助ふじぬり そうすけっていいます」


 しっかりした物言いと、堂々としたたたずまいは、確かに人を魅せる力を持っているように見えた。


「こ、こんにちは。さっきも聞いたと思うけど、僕が生徒会でありアレンジメントのリーダーの空木心そらき こころです。えっと、二人とも、入団希望者……?」


「はい!そうです!」


「はい、そうっす」


 雷地と創助は口を揃えて言った。その瞬間、心地の表情がひらけた。


「良かった!ほんっとうに……よかっ……!」


 切迫した様子の心に、雷地が焦りだす。


「ど、どうしたんですか!?」


「ああ、ああ、大丈夫だいじょうぶ。心、ちょっと感激しちゃってるだけだから」


 心の背中をさすりながらあすかが受け答えをする。


「か、感激……ですか?」


「うん、このお人好しで優し過ぎで人情溢れる我が学園の生徒会長は、ずっとアレンジメントの存続の危機だってくらいに悩んでたから。新入生が来なかったらどうしようって」


「え……ええ!?だって生徒会さんが所属するグループですよ!?あの圧巻のパフォーマンスですよ!?どこに心配の要素があるっていうんですか!」


「だってよ、心」


「う、うう……ありがとう……」


「ほーらねっ、だから大丈夫だって言ったでしょ?」


「ああ、本当に、俺は当てにならないリーダーだな」


 泣きながら心がそう言った。


「またまた〜、こういう時だけでしょ?いつもは超頼れる僕らのリーダーしてるじゃんっ!」


 バチコーン、と言わんばかりにあすかがウィンクをする。そして、それを見て心が笑う。


「ははは、ありがとう。本当に、ありがとう」


「ようやく戻ってきたか。まったく、手のかかるリーダーだなあ、もっと自信持ってもって!」


 あすかが心の背中をバシバシと容赦なく叩く。いつもとは逆転した立場と行動に、フランが密かにニコニコ見守っていた。


「てなわけで、こちらも改めてうちのリーダーから」


「どうも、改めましてアレンジメントです。君たちは入団希望のようなので、その方向で進めます。どうぞ、席に着いて」


 落ち着きとペースをすっかり取り戻した心が新入生二人に着席を促した。緊張と期待で胸がいっぱいといった様子の雷地と、冷静沈着れいせいちんちゃく、たん然不動たんぜんふどうといった様子の創助が、揃って席に着く。こうして、新入生歓迎会から約四十分。アレンジメントの新入生歓迎会は無事に始まった。

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