minimum

「こ、こんにちは」


 丸岡小太まるおか こたは、2−1の教室のドアを静かに開けた。隣にいる滝蓮たきれんは、小太と合流してから終始ニコニコしていた。


「あ、あのー」


 何も反応がなく、不安な心持ちで小太は広い空間へ再度問いかけた。


「えっ」


「え?あっ!」


 廊下よりもわずかに明るい教室、その中に知っている顔がいた。いや、正確にはよく知ってはいないのだが。今日が入学式ということから、それも当然のことだった。


「丸岡君、それに……滝君」


 黒髪のその少年は、小太と蓮のことを認識していたようだった。


「丸ちゃん、どしたんだー?おっ」


 小太の後ろに控えていた蓮が、ドアと小太のわずかな隙間を縫って顔を覗かせた。そして、蓮もまた、もう一人の少年の存在に気付いた。


敬賀けいがじゃねーか!」


「や、やあ」


 敬賀と呼ばれた黒髪の少年は、苦笑いで二人に向かって小さく手を振った。蓮が、叫ぶと同時に教室の中へ駆けて行った。


「ちょ、蓮!」


 小太の制止も聞かずに、蓮は飛び出して行った。


「た、滝君、い、今は……あ!」


「え」


 敬賀の声で小太は彼の視線を辿って振り向いた。すると、小太の後ろには敬賀と同じ黒髪に眼鏡の男子生徒が立っていた。身長は小太たちとそう変わらない程で、敬賀よりも髪は短く、きっちり整えられ、艶があった。


(わっ、可愛い、肌綺麗)


「あ、えと」


 突然現れたその青年に小太は動揺してもごもごと口籠った。瞬時に思った心の声が外に出るはずもなかった。


「こんにちは。敬賀君、ちょっと増えてるけど、友達かな?」


 ちょっと困ったような、キョトンとした顔も可愛い、などと思いながら、小太は青年を見つめていた。


「あー、はい、まあ。同級生ってわけでもないんですけど、その、お、同じ一年生の二人です」


 敬賀もまた、青年と同じように困り顔で答えた。困った時には、片方の口角が明らさまに上がるのが、敬賀の癖らしかった。そんなことを見つけながらも、小太は『友達』であることを敬賀が否定しなかったことに少し感動していたのだった。


(今日知り合ったばかりだし、クラスも違うのに、そんな風に言ってくれるなんて、優し過ぎだよ敬賀君)


「あ、あの、初めまして!俺、丸岡小太と言います!」


 緊張は解けないままだったが、小太はそう声を上げた。すると、その直後に、教室内からも元気な声が張り上げられた。


「滝蓮でーっす!丸ちゃんと同じクラスで嬉しいー!」


「ちょっ、蓮!」


「あはは、初めまして。僕は二年三組の和泉隼わいずみ はやとって言います。こう見えても一応minimum《ミニマム》のリーダーです」


「あっ!」


 隼の自己紹介を聞いた時、小太は思い出した。


(そ、そうだよ、この人は、入学式の後あった歓迎会でステージ上にいた、あの)


「す、すみません、すぐに挨拶もなしにじっと見つめたりして!」


 小太は咄嗟に頭を下げた。気恥ずかしさと失態に対する申し訳なさで、今すぐにでもこの場から逃げ出したい思いだった。


「わ、真面目だね、小太君。そんなに見てた?全然気にならなかったけど」


「いえ!大変失礼しました!」


「うーん、まあそう言わずに顔上げて?」


「はい」


 隼に促されて、やっと小太は顔を上げたが、その表情はまだ回復しておらず、若干俯いていた。微笑みながら小さく息を吐き、隼は小太と蓮を交互に見て言った。


「うーん、それで、小太君と蓮君はminimum《うち》に入団希望ってことでいいのかな?」


「あっ!は、はい!そのつもりで来ました!」


 ハッと我に返った小太が勢いよく顔を上げて言う。蓮も教室の奥からケラケラ笑って肯定した。


「そっかそっか、嬉しいな、後輩がこんなに来てくれるなんて」


 はにかみ笑顔で隼はそう言った。心のこもった、温かい言葉だった。


「あっ、じゃあ二人ともテストしないと、ですよね」


 隼たちの会話を聞いていた敬賀が唐突に言った。


「テスト?」


 小太が軽く首を傾げる。隼が握り拳を口に当ててクスクスと笑った。


(わあ)


 小太の目には、細められた目も含めた隼のその仕草にどことなく色気が漂っているように映り、彼は『美しい』という形容詞をすっと当てはめていた。


「そうだね、敬賀。あ、もう敬賀は呼び捨てでもいいよね、君は合格だよ」


 そう言って隼はにっこり笑って見せた。その笑顔に、小太はまた胸を打たれるのだった。小太は、完全に隼に魅せられていた。ぽわっとしてた小太の目を覚まさせたのは。敬賀の歓喜の声だった。


「ま、本当ですか、やっ、た……やったあ!よし!」


 体の中で溜め込むように、敬賀は喜びを噛み締めていた。


(なんか)


 ほんわり優しい、そんな空気の中で、小太は思った。


(なんか、みんな良い人だ。隼先輩も敬賀君も正直で誠実な性格がはっきり見える。こんなセットに入れたら、僕も入れたら、少しは変われるかな)


「そっか、ていうことは、敬賀君は」


 小太は敬賀にその言葉の先をほのめかす。


「へへ、実は、ね」


 小太に向き直って控えめにピースサインを出す敬賀からは、やはり温かい気が流れ込んだ。それは、小太の心の中を穏やかに溶かすような、そんな熱を帯びたものだった。そして、そのはにかんだ笑顔はどことなく先程の隼に似ている、と小太は思った。


「合格したのはたった今の発表で聞いたんだけどさ、テスト終わって手続き全部終了、さあどうかな、ってとこに二人が来てさ」


 言いながら敬賀は隼を見つめていることに気付く。眼差しは少しぼうっとしていて、熱っぽかった。


「そうだったんだね。あのさ、テストってやっぱり難しい、の?」


 少しオドオドと小太は敬賀に聞いた。


「さあ?」


「えっ」


「それは企業秘密だよ。自分で体験しないと。分からないことだらけっていう不安もないと、フェアじゃないよね」


 にっこりと笑ってはいるものの。


「うげー、敬賀って意外と何言ってるかわっかんねーことあるよなー!」


 何をしていたのか、今まで会話に入ってこなかった蓮が突如言った。


「あるよなー、って話したこともないのに。それに、敬賀君に失礼だろ」


「別にいいよ、小太」


「え?」


 小太に言葉を振ったのは、敬賀だった。突然すぎる振りに、小太は僅かに呆気に取られ、聞き返す。


「いや、実はついさっき、入学式と歓迎会の後、俺、滝君……蓮と話したんだ」


「ええっ!?」


 あまりに驚きなカミングアウトに小太は目を見張る。


「ははは、ちょっと道を聞かれてね」


「み、道い?」


 小太の表情に怪訝さが現れる。


「おう!俺、丸ちゃんがどこにいるのかわっかんなくなっちまってさー!近くにいた敬賀が聞きやすそうだったから聞ーたんだよなー!」


「どこにいるかわかんなくて……って同じ教室だったでしょ?」


「おう!」


「ええ」


 呆れて、小太の言葉は沈んだ。どうすれば自分の居場所を人に聞くのか、そんな疑問は胸にしまっておくことにした。きっと、通じない。


「あはは、てことだからさ。俺も小太と蓮って呼ぶし。あ、それでいいよね?」


「そ、そっか、うん、俺は構わないけど」


「了解」


「じゃあ、これから、よろしく」


「はは、まだ入団決まってないって」


「あ、うん、そうだよね」


(まただ)


 小太の心には僅かに引っ掛かっていた。敬賀の、自分たちに向けられる言葉が。


(敬賀君は確かに優しい。優しくて良い人だ。けど、けど……だけど)


 小太は思考の波に足先をける。


(少し、棘があるときがある、かもしれない。一見優しいその言葉の裏に、何か、何かがある、気がする。俺の思い違い、かもしれないけど)


「小太、大丈夫?怖い顔してるけど」


「へっ?」


 相当険しくなっていたのか、三人の視線は完全に小太に集中していた。いつの間にか、無意識に腕まで組んでいた自分に驚く。


「ご、ごめん!何でもない、大丈夫、て、テストだよねっ!」


 小太は慌てて腕を解き、明るく振る舞う。


「うん、そうだね。じゃあ始めようか。小太君、蓮君、こっちにおいで。敬賀は外に出てて」


「あ、はい」


 隼の指示に従い、敬賀は静かに立ち上がり、教室を後にした。


 向き合うようにセッティングされた机の目で、隼が小太と蓮に向かって手招きした。小太は足早に隼に方に向かった。蓮も、その後を気ままについていった。


「じゃあ、これから入団テストを始めるね。テストは一人ずつ行う。もう一人は敬賀と一緒に廊下で待っててね」


「はい!」


「じゃあ……そうだね、小太君から始めようかな」


「あ、はい!よろしくお願いします!」


「じゃあ、蓮君は廊下に出て待っててね」


「ほわー、丸ちゃんと別々なのかー」


「わがまま言わないの、蓮。ほーら、早く行って」


「ふえー」


 渋々、といった態度を示した蓮だったが、反抗するような素振りはなく、極めて素直に指示に従って出て行った。正直なところ、小太は蓮のことが不安だな、と思っていたが、目の前のテストに集中することに専念しようとした。


「じゃあ始めようか、座って」


「は、はい!」


 隼の一言で、小太の入団テストが始まった。


 ***


 着席を促し、僕も席に着いた。初めは丸岡小太君。この子を最初にしたことに、特に意味はないけれど、まあ、早く終わりそうだな、と思う。この子に関しては大丈夫だろう。一見したところこれといった問題点も見つからなかったし、何と言ってもその真面目さはすごく伝わってくる。ちょっと抜けているところもありそうだったけれど、そんなことは問題にならないくらいに他の部分でカバー出来ている。


(それと)


 蓮君のことも、小太君が制御してくれるだろうしね。言い方は悪いけど、蓮君はかなり変わっているようだし、きっと小太君が今までも面倒を見てきたんだろう。この先二人がどうなってしまうかなんて、誰にも、当人たちでさえもわからないことだけど、きっとどうにか折り合いがつく、そんな絆を持ち合わせているような気がする。今はとりあえず、自分のそんな勘に賭けてみようと思う。


(後、何よりも問題に思っていたこと)


「小太君、じゃあ少しだけ質問させてもらうね」


「はい!」


「そんなに緊張しないで答えてね。僕は一応面接官っていう立場になってしまうけど、態度や受け答えをそんなに厳格にチェックしてデータにまとめるとかそんなことするわけじゃないから。ちょっと気になってることを聞いていくだけだから」


「はい、わ、わかってはいるつもりなんですけど、どうしても、緊張しないっていうのは無理なので、俺には構わず続けていって下さい」


「頼もしくて何より。じゃあ、全部で三つくらいかな、行くよー」


 努めて軽く。それを意識して僕は口を開く。


「どうしてminimumにしたの?」


 定番だけど、一応参考までに。実際、ちょっとっていうかかなり気になるからね。そんな、理由とかどうでもいい。他にもっと大事なことが、なんていう人もいるけれど、少なくとも僕は知りたい、かな。メイクアップ科の中に数多く存在するセットの中で、どうしてここを選んでくれたのか。これって結構大事なことだと思うんだけど、僕だけかな?正直なところ、僕は理由はないんだと思っていた。minimum《ここ》に来る子達はきっと、団員が少なそうだったから、とか、ゆるそうだったから、とか、そういう雑な理由で来ると思って覚悟していた。だから、驚いた。


「あ、それは、その……入学式も後にあった、か、歓迎会で、隼先輩がお一人で、でも堂々としてて、凄いなって思って、ああでもそれだけじゃなくて、う、上手く言えないです、けど……人数的にも結構いい条件だなって思いましたし、その……ああ、すみません大した理由も言えなくて。でも、ここがいいんです。何か、そう思ったんです。直感的な何か、なんですけど」


(理由、あったんだ)


 尻すぼみになったり、口の中で転がしたり、伸ばしたり。全然明確ではなくて、胸を張って、声を大にして言うような、そんな回答ではなかったけど、だけど、僕にはそれで、十分だった。先代の先輩たちが卒業して、minimumのmaker《メイカー》が僕だけになってしまたっとき、このセットを僕が守っていかなければ、そう思った。後輩をたくさん入れて、しっかり運営していけるようにして、僕が導いて、そうやってこの暖かい場所を存続させていかなければ、そう思った。だから、形式だけでもこんな、他の所がやらないような『テスト』までやって。だけど、小太君の答えを聞いたら、そんなのどうだっていいと思った。このグループが存続する、それを目標にするんじゃなくて、そんな目先のものを優先するんじゃなくて、そうじゃないんだ。僕が守りたかったものは、それじゃない。先輩たちと共に笑って泣いた、この空間だ。minimumが存続したって、その中身が空っぽじゃ、変わってしまっては、意味がないんだ。


(今頃気付く、いや、気付かされるなんて、情けない。先輩たちから教わったもの、そんなことじゃなかったはずだったのに)


「先輩?」


 気付くと、目の前には心配そうに僕を覗き込む小太君がいた。


「あ、ああ、ごめん、何でもないよ、大丈夫。小太君、ありがとう」


「いえ、先輩、無理はしないで下さいね」


「いや、そうじゃなくてね。僕の発表を聞いて、少しでも心を動かせたらいいな、ってそんな風に思ってはいたんだ。だけど、本当にそう言ってくれると、やっぱり、嬉しい」


 気を取り直して、僕は次の質問に移ることにした。二つ目も、「」といったたわいもないことを質問した。これは、正直言って緊張ほぐしの質問で、意味なんてなかった。僕が本当に聞きたい本題は、最後のこの質問だった。


「最後だよ。ねえ、小太君。敬賀とは、上手くやっていけそうかな」


「え」


 小太君は、明らかに言葉を失った。当然の反応だとは思う。僕は静かに次の言葉を待った。


「え、えと」


「ほら、敬賀はもうminimumの一員だからさ。具体的な質問に変えるとね、他の団員とは上手くやっていけそうかな?ってこと」


「あ、えと、仮に蓮が入団させていただけたら、それは大丈夫ですって言えるんですけど、敬賀君はその、今日初めて会って、話したこともまだないので、何とも」


 僕はおもわず笑ってしまう。小太君が不安そうに僕の方を見るから、申し訳なくなった。


「ああ、ごめん、違うんだ。小太君が変なことを言ったとかじゃなくて、正直だなって思ってさ」


「そ、そうですか?」


「うん、すごく素敵な性格だと思うよ」


「あ、ありがとうございます」


 遠慮がちに小太君は僕にお礼を言う。本当に律儀だな。逆に心配になってしまうそうなくらいに。


「で、どうかな。想像で構わないんだ」


「う、うーん」


 沈黙を気にしながらもしばらく考え込む、小太君は自信なさげに開口した。僕には少し不安があった。この質問をしたとき、小太君の表情が、微かに曇った。明らさま、とまではいかないけれど、少なくとも僕にははっきりわかった。


(何か心当たりでもあるんだろうか)


 こういうときは、率直に聞くに限る。僕は、ちょっとしたきっかけを与えてみることにした。


「変なこと聞いてごめんね?ただ、敬賀ってちょっとクセがあるかなって僕は思ったからさ。他の子達と上手くやれるかなーって思ってさ」


(あ)


 僕がそう切り出すと、小太君の表情がありありと変わっていった。悩んでいたことが核心に向かって進んだような、そんな感じ。


「何か、思い当たる節がある?」


 思ったまま僕は聞いてみた。そうしたら、少し戸惑いながらも、小太君は答えてくれた。


「さっきも言った通り、敬賀君とは、今初めて話したんですけど」


 小太君の返答を聞いて、僕の不安は現実になってしまうと少し確信してしまった。


 <廊下>


「おっ!丸ちゃん終わったのか!?」


 小太が教室のドアを開けて半歩廊下に踏み出すと同時に、蓮が飛びつく。


「うっわ!」


 おもわず尻餅をつきそうになるが、何とか小太は堪えた。敬賀も壁から背中を離して小太たちの方に歩いてくる。


「どうだった?」


 敬賀は爽やかにそう聞いた。


「う、ん。しどろもどろだったし、微妙、かな。手応えも何もって感じ」


 あははーと小太は力を抜いて笑う。小太の本心だった。合格か否か、全くもって見当がつかなかった。


「そっ、か」


 敬賀はそう言って目を伏せた。小太にはそんな彼の表情は見えなかった。


(どう思って、いるんだろう)


 小太の中には、そんな疑問が生じていた。


(俺と蓮が入団できたら、その時、敬賀君は歓迎してくれるかな)


 沈黙の流れる小太と敬賀の間に、蓮の声が遠く響いていた。やがてその声は小太を現実に引き戻した。


「丸ちゃん!俺、てすと行ってくるぞー」


「えっ?あ、ああ、行ってらっしゃい、がんば、ファイト」


 小太は、自分に出来る限りの応援を並べ、蓮を教室に送り出した。


「いいよな」


「え」


 蓮が教室に入ってしまってから、敬賀がぽつりと言った。小太がハッとして彼の方を見やる。すると、無意識だったのか、敬賀も驚いた様子で逃げるようにそっぽを向いた。


(今の……一体どういう)


 互いの沈黙が、澄みきった廊下の空気を重くしていく。小太は敬賀が寄りかかっているのと同じ壁にもたれて立った。


(蓮、大丈夫かな)


 そんなことを胸に浮かべる。


(蓮、どんな風に答えたかな。ていうか、あの蓮が面接って)


「ふっ」


 想像して、堪えきれずに吹き出す。


「え」


 敬賀が反射的に小太の方を見た。


「いや、ごめ」


「うん、びっくりした。急に笑い出すから」


「え、俺そんなに笑った?」


「うん」


「ま、まじか」


 ちょっと吹き出してしまった、と思っていたが、実際は少し違ったらしい。


(俺の認識は、どれだけ現実から離れてるんだよ)


「い、いやあの、蓮が面接って、想像したら可笑しくってさ」


 あはは、と小太は笑ったが、敬賀の顔に笑顔は見られなかった。上げた口を戻せないまま、小太は固まる。どう直せばいいのか、わからなかった。


(や、やばい。タイミングが、わかんない)


 とりあえず正面に向き直り、小太はどことも言えない一点を見つめた。ゆっくり口角を下す。凍ったものを溶かしていくように、ゆっくり、ゆっくり。


(上手くやっていけるか、かあ)


 小太はさっきのテストで隼に聞かれたことを思い出していた。


(そんなの、やっぱりわからない)


 振り返って、窓の外の青空を見つめる。もうすぐ日が落ちる。夕焼けに変わりかけの空で、太陽が流れていた。二人がそうこうしているうち、やがて教室のドアがけたたましく開いた。


「終わったぜ、丸ちゃーん!」


 開くが早いか、やはり蓮が飛び出してきた。どうやって居場所を正確に察知しているのかわからないが、蓮はピンポイントで小太に抱きついた。


(ドア、痛そう)


 どうしてそんなことを思ったのかは本人もわからなかったが、蓮による衝撃の拍子にうっかり飛びそうになった意識の中、小太は純粋にそう思ったのだった。目の前のドアに対して。


「あがっ!」


 飛び出た声に自分自身引きながら、小太は自然の摂理に従って壁に頭をぶつけた。人間の本能とやらは素晴らしいらしく、小太は無我夢中で蓮に訴えていた。


「れ、蓮お前な!年々締め付けが!強く!なってる!から!度が!すぎっ、すげっ、過ぎ始めてる!って!たたたた痛い痛い痛い!!」


 支離滅裂になりそうなところを必死に抑え、至極理性的に小太は蓮に訴え続けた。


(そろそろマジで逝っちゃうって!ポーンって!)


「はい、蓮、ストップ。そろそろ小太がやばい、って力強っ!」


 止めに入った敬賀も思わず顔をしかめるパワーだった。


「お、やってるね」


(や、やってるね、って、何だろう)


「さあ、結果発表だよ」


 教室から出てきた隼がパン、と手を叩く。ようやく蓮が小太を話し、小太は境から生還した。


「全員合格だよ、おめでとう」


 実にあっさりした発表だった。そのせいか、小太に実感が湧いたのは、何拍子か置いてからだった。


「や、やった!」


「遅いぜ丸ちゃん!」


「えへへ」


 三文。隼のたった三文が、小太にとってはとてつもなく嬉しいものだった。そしてその最中さなか、小太は敬賀を伺った。


(あ……)


 複雑、とでも表すのだろうか。敬賀は、小太にとってまさにそんな表現がぴたりと合うような、そんな表情を静かに浮かべていた。


『上手くやっていける?』


(やっぱりわかりません、先輩)


 今は、小太にはそれしか言えなかった。


 ***


『さっきも言った通り、敬賀君とは、今初めて話したんですけど』


『うん』


『お、俺の偏見かもしれんないんですけど』


『いいよ、構わない。言ってごらん』


『敬賀君って、僕と蓮のこと、あまりよく思ってないような気がして』


 ***


「敬賀、小太、蓮、君たち三人は今日からminimumに一員だ。改めて、リーダーの和泉隼だ。これから、どうぞよろしく」


大林敬賀おおばやし けいが。よろしくお願いします」


「ま、丸岡小太です!これからよろしくお願いします!!」


「何なにー、自己紹介すんのかー?おー!俺は滝蓮!よろしくなあーっ!」


 こうして、俺を含めた三人がminimumに入団し、新しいスタートラインに着いたんだ。

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