花空開花プロジェクト

雪猫なえ

Aristocreate

〈2-2〉


「わーん!だるいよー!」


 手足をバタつかせて小さい子供と化しているのは足利孝秀あしかがたかひで、かの足利一族の子孫だ。


「孝秀、お前は幼稚園児か?」


 微笑みこそ優しいものの、示唆しさするものは厳しかった。机に爪でノックしたのは藤原息吹ふじわら いぶき、彼もまた望月もちづきの歌で有名な藤原家の子孫だった。

 この『Aristocreate《アリストクリエイト》』はそんな家系の子息が集まって構成された被服科グループだ。


「息吹ー、僕もう帰りたいよー」


「駄目だ。まだデザイン画が完成していないだろう」


 うめき続ける孝秀をよそに、息吹はデザイン画をチェックする。そして目を留めた。


「なんだ、なかなかいい線までいってたんじゃないか」


「本当!?」


 息吹がそう褒めた瞬間、孝秀が飛び上がった。


「褒めて褒めて〜!息吹に褒められるなら僕何枚でも描くし何個でも衣装作る〜!!」


「るっっっっせえ!」


 突然の怒号に孝秀の背中が跳ねた。息吹に甘えてゴロゴロ鳴らしていた喉仏が上がって下がってゴクリと鳴る。


「う、うるさいのはそっちだあ!この脳筋!」


「うるせぇんだよ、ガキが!」


 これが通常状態ではあるが、苛立ちを抑えず感情のままに噛み付くのは源一輝みなもと かずき、こちらもかの有名な……というのは言うまでもない。


「いつまでも息吹いぶきイブキ!お前はそいつの子供か!」


「ふーんだ!息吹だったらむしろ子供になりたいくらいだよ!」


「ああん!?」


「はあ〜?」


(やれやれ)


 眉尻を片方下げながらも、息吹は余裕そうな表情だった。


「ほら二人とも、さっさとデザイン終わらせる」


「チッ、るっせーな今やってたんだよこっちは」


「ぶえー!僕だって息吹に褒められるようなすっばらしいアイデア描いてたんですー!」


 そのやりとりを最後に、二人は背中を付き合わせて各々の作業に戻った。カリカリという環境音が教室に響く。隣の教室では『season actors《シーズンアクターズ》』が活動しているはずだったが、先ほどまでの賑わいが今は消えていた。


(一年生が一回出直したか)


 新入生が、見学に来たあと他のグループを回るために退出するというのはよくある話だった。

 喧嘩の絶えない同志を見ると、二人とも真面目にデザイン用紙に向き合っているようだった。


(これだからこの二人は手放せない)


 息吹は、こんな面倒くさい性格でもこの二人を買っていた。新人として花幸かこう学園に入学した当初、どう立ち位置ポジション取りに勝つかについて頭を回していたところで、孝秀に出会った。

 孝秀の性格は難しいにもかかわらず、どこを気に入ったのか懐かれた。その後一輝も噂を聞きつけて入団したいと言ってきた。当時から孝秀は猛反対で、三学年になった今でもガミガミやっているような仲だ。


(でも)


 そんな仲だからこそ、反発し合った勢いで互いを輝かせている、そんな関係でもあることは紛れもない事実だった。


 ***


 ニ時間経たないくらいだった。


「一輝、そのデザイン画に使ってる布、調達できそうなの?」


「あ?」


 ふらっと見回っていた息吹が、不意にそう言った。


「確かそれ、最近あまり店頭に並ばなくなったやつだよね?手に入りそうなの?」


「は、知らなかったけど……マジか?」


「うん、先日の授業で僕も使おうと思ったんだけど、手に入らなくて他のを代用したんだよ」


「はー、藤原家で手に入んねーんなら、俺じゃ無理だろ」


 一輝はガシガシ頭を掻いて、大きく肩を落とす。


「いや、僕の家だって万能なわけじゃないけど」


「俺らの中じゃトップだろ」


 一輝の目線は衣装案を追ったまま、二人はやりとりをする。仲間内で間で上下関係も優劣もないが、家柄ばかりは本人たちの意思かられて一人歩く。『Aristocreate』結成当初、息吹は家のことで揉め事が起きることを懸念していたが、少し活動を共にするだけでそれが杞憂となることがわかっていった。

 彼らは純粋に好きなものに正直だった。


「極力家の力を使わないようにしてるんだけどね……とは言っても、他の生徒たちよりも有利なのは認めなきゃ失礼か」


「あーあ、じゃあデザイン変えるかー」


 息吹の返答もほどほどに、一輝はそう言って机に向き直る。


「え、デザインまで変えちゃうの?」


 描き始める姿勢を取る彼に息吹が声かける。


「おう。俺は、ここにはこれっていうのが合ってねーと気持ち悪くて作る気になれねーから」


「はは、雇用されたときには苦労しそうな感覚だね」


「けっ、そんな安っぽいセンスの奴らと働くなんてこっちから願い下げだぜ」


 そう吐き捨てると彼は勢いよくデザインに取りかかった。その様子を見て息吹はそっとその場を離れた。こういう状態の一輝は放っておくのがベストな取扱方法トリセツだった。


「調子はどう?孝秀」


 机の上で息絶えていた孝秀に声をかける。


「ゔ〜〜……もう、駄目え……」


「ははは、どうしたどうした」


 息吹が机上きじょうの紙に目を通すと、先程とは異なった衣装がそこにあった。


「あれ、さっきのは?」


「ん、どれー?もう描きすぎてわかんなくなっちゃった……ってああ!最初に褒めてくれたやつね!ここココ!」


 ウキウキしながら、孝秀はくしゃくしゃになったそれを紙の山の中から取り出した。発掘した、と言った方が正しい。

 掘り起こしたそれは、確かによくよく見ればデザイン画に見えなくもない。線画はれて薄くなり、紙のしわによってもはや直線なのか曲線なのか曖昧な箇所もあるが。


「な、なんでこんなぐしゃぐしゃに」


「えへへー」


(ははー……なるほど)


 二年の付き合いと勘から、恐らく何度も抱きしめられたのだろうと見えた。誰に、とは言わずもがなだ。


「で、その後でこんなに描いたのか」


「うん!言ったでしょ、息吹に褒められるならいくらでもって!」


「うん、凄いよ。でもさすがに疲れたかな?十分過ぎる働きだからそれが普通っていうかむしろ休みなよっていうくらいなんだけど」


「違うよ〜〜!僕息吹には嘘つかないもん!本当にいくらでもいけるの!」


「じゃあ、どうした?」


「『褒められるようなもの』が出てこなくなってー……」


「ははは、そういうことか。それなら問題ない。孝秀が生み出す子供たちは、みんな素晴らしいものだよ」


「本当!?わーい!」


(大不況のスランプ期を除けば、ね)


 孝秀には、まれに、数ヶ月に一回ほど大スランプがやってくることがあった。デザインが思い浮かばないことは愚か、紙に向き合うことでさえも嫌がるイヤイヤ期で、そのときばかりは息吹のいうことでさえもきかない。反発はしないのだが、従うこともまたないという体制になる。

 そのとき孝秀を止められる、もしくは動かせるのは、足利家きっての大ベテランメイド、「ばあや」だけだった。


「でも、ストップ。今日はもういいよ」


「え〜〜!」


 早速机に向かおうとした孝秀を、息吹は制した。


こん詰めすぎだ。休まないと今後に響くかもしれない。孝秀が描くものは確かに素敵だけど、その分作るための技術も高度で独創的だ。倒れられたら困る、カバーが利かないからね」


「う〜〜、わかったあー」


 嬉しさを言葉で形容できない、というように照れながら孝秀が手を止めた。


「よし、それじゃあそろそろ切り上げよう、一輝、帰るよ……あれ?」


「あいつー!サボりかよー!?」


 憤怒する孝秀を軽くなだめ、息吹は彼がいた机に行くと、書き置きが残されていた。


「ああ。なるほど、ね」


「ちょっと息吹ー!あいつなんて書き残してんのー!?なんであろうと許さないけどー!」


「ふふふ、今日のところは許してあげようね。可愛い彼女さんのご登場だ」


「えっ、もえさん?」


 息吹がこくりと頷く。


「平和だねえ、この世界は。本当、現代に生まれてよかったよ。ご先祖様は偉大だけれど、やっぱり僕はここがいい」


「うーん、難しいことはよくわかんないし知りたくもないけど息吹とこうやって仲良しできないのはやだから僕もー!」


「なんだ、わかってるんじゃないか。伊達だてに英才教育は受けてきていないようだね?偉いえらい」


「へへへっ」


 腕にしがみつく孝秀の頭を撫でながら、息吹は教室の窓の外を見やる。


(もうすぐ、この生活も終わる。せめて心残りはないように。天下は取れなかったけど、この学園に来てよかったと最後まで思えるように)


 当初との計画違いもまた趣深いのだと、息吹は四季の移ろいを窓の外に見た。

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