Side Echo 2

 その後も、私はどこか落ち着かない思いを抱えたまま授業を受け、帰途についた。自宅の最寄り駅に着くと、足早に歩き始める。

 駅前とはいっても栄えていない商店街を通り抜けると、近道のために古びたアパートやマンションの並んだ通りを歩いた。町の区画整理にひっかかって住民が立ち退いたはいいけど、その区画整理自体が廃止になって、一気にゴーストタウンと化した区域だった。人通りもほとんどなく、街灯も少ない。

 普段は、その区域を迂回する形でやや遠回りになるルートを通るのだけれど、今日は羅々の言葉がずっと引っかかって少しでも早く家に帰りたかったため、この近道を選んだのだった。

 私は乏しい街灯の光だけを頼りに足を進める。アスファルトを打つ自分のローファーの音が無人の建物の壁に反響し、いやに大きく聞こえた。不気味さに半ば引き返そうかと思った頃、不意に横道から二人の人間が現れた。

「ひっ」

 突然、行く手を遮るようにして現れた二人に、思わず小さく悲鳴を上げてしまう。

 暗くて顔はよく見えないけど、二人ともまだ若い男の人のようだ。危険を感じて二人の方を向いたまま数歩後ずさり、踵を返そうとしたところで、ぽん、と肩に後ろから肩を叩かれた。

「そうはいかねえんだよなあ。俺達は、あんたに用があるんだ」

 声にならない悲鳴と共に振り向けば、いつのまにかもう一人、男の人が立っていて、叩いた肩を掴んでいる。背が高く、がっしりとした体つきをしているのが暗い中でもよく分かった。掴まれた肩が痛い。

「は、放して!」

 震える声で叫び、身をよじって相手の体を押し返した。でも、男の手は離れるどころか力の緩む気配もない。危機感だけが自分を焦らせる。手にした通学鞄を振り回そうとするけど、あっけなく最初に出てきた男の一人に取り上げられた。そしてさらに、肩を掴んでいる男に羽交絞めにされる。

「何すんの、放して!」

 力の限りもがいても、男の人の力には敵わない。

「俺達、あんたにこれを飲ませないといけないんだよねえ。だからちょっと、あーんって、してもらえる?」

 男は取り上げた鞄を道路に置いて、ポケットから小瓶を取り出すと、蓋を開けながら言った。得体の知れない液体を前にして素直に口を開けられるはずがない。必死で首を振り、拒絶の意を示す。

「あーあ、手荒なことしたくないんだよねえ。でも仕方ないか」

 小瓶を持つ男がそう言って私を拘束している男に目配せすると、背後の男は羽交絞めをしたまま私の顎と頭を掴み、口を開かせた。

「んー!」

 近づけられる小瓶から必死に顔を背けようとしても、前方の男に左右からも顔を押さえつけられ、全く動けない。

「はい、あーん」

 小瓶を持つ男はふざけた口調で言いながら、口にその中身を注ぎこんだ。

「ああああああああぁぁっ! かはっ、げほっ、あ、ぁ……!」

 液体が伝うことで凄まじい痛みが喉を焼く。反射的に咳込んで吐き出したが、痛みは消えない。痛みのあまり叫んでいたのに、次第に声が出なくなる。のたうちまわりたい程の激痛なのに、羽交絞めにされているせいでそれも叶わない。

「はい、依頼完了。んじゃ、俺達はこれで」

 液体を飲ませた男の言葉に、背後の男が手を離した。思わずその場にうずくまり、自分の喉へ手をやる。痛みで気が遠くなる。

「気をつけるんだよ、お嬢さん。口は災いの元ってね」

 遠くなる意識の中で聞こえた、歩き去っていく男の言葉に、わずかに顔を上げる。

 依頼、出ない声、口は災いの元。

 それらの言葉全てが一人の顔を思い浮かばせる。

 雪野辺羅々――依頼人の正体はそれしか考えられない。愕然とする中、意識が、途絶えた。

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