#DMでお話ししましょう
昼休みに弁当を食べながら、俺はスマホを操作していた。会話の相手は山椒の木さんだ。
『凛緖さんの文体、がらっと変わりましたよね。ブランクの影響があるのかもしれませんが』
『俺は自覚なかったです』
『気になる人でもできました?』
『ぶっ』
俺は吐血する顔文字を送った。現実世界でもアスパラのベーコン巻きが喉に刺さり、ダメージを負っていた。
思い浮かべたのは有紀さんだった。厳密に言えば、有紀さんの向日葵についての言葉だが。
華やかな見た目に惑わされないで。助けを求める声なき声に気付いてよ。17音に込められた思いから、儚げな黒髪の女性が書いたイメージを持っていた。大人しい人かキレイ系か気になって、胸が苦しくなるのはただの好奇心だ。特別な感情ではない。
『この気持ちは恋じゃないですよ』
『気になる人がいるのは否定しないんですね』
墓穴を掘った。しょげる俺に、山椒の木さんが慰める。
『むふふ。好きな子の前では、誰だって自分をよく見せたいものですよ。助言しておきながら自分は結果が伴っていないと思うと、現状を打破したくなります。僕はプロポーズする前に捨てられちゃいましたけどね』
恩人の恋愛話が切ない。明るく振る舞えるまで、時間が掛かったに違いない。書く熱意を失っていた俺のように。
それで、どこまで進んだんですか。現役高校生。
どこまでとは。俺は言葉に詰まる。
『A? B? もしかしてCまでしちゃいました?』
『山椒の木さん、チャットだと噂好きなおばちゃんみたいですね』
『孫が心配なんじゃよ。デスクワークで凝った肩を揉んでくれんかの』
おばちゃんと言ったのに、腰の曲がった老人に化けた。
思わず笑い声が漏れる。DMのお誘いがあるまで、お茶目な人とは思わなかった。
「ツンデレか!」
真緒に叫び声をたしなめられた後、しばらく文面でのやりとりが続いた。
山椒の木/カクモン@odoroitakai
凛緒さんが浮上しなくて寂しかったんですよ。カクモンに二度と戻らないのか、雪菜ちゃんの可愛さを熱く語りすぎた僕のコメントに引いたのかって。
これからは、悩みを自分で抱え込まないでくださいね。それで提案なのですが、DMでお話しませんか。カクモンでは、会話の内容が他の方にも見られてしまうので。メンタルケアに山椒の木をご活用ください。
頼っていいのだろうか。ピェーと泣く顔文字の目を見つめる。俺の作品を愛してくれる人を、崇めることはあっても引くことはしないのに。
凛緖@hatennkou
山椒の木さん、お気遣いありがとうございます。ご提案に甘えてもいいですか?
『御意。この命、最後の葉っぱが落ちるまで凛緒殿に捧げる所存であります』
『記念すべき最初の会話が硬すぎる!』
カクモンで交流できなかった時間を埋めるように、俺は山椒の木さんと話し込んだ。通勤時間の兼ね合いから一時間で区切りをつけたものの、昼休憩に会話を再開させたのだった。
まだ会ったことのない人に恋をするのは、平安貴族みたいで雅じゃないですか。
有紀さんのことを話すと、山椒の木さんは好意的に相槌を打つ。
俺の気持ちは、まだ恋と呼べないのに。有紀さんの声を聞きたい、会ってみたいと願ってしまうけど。
『有紀さんという方は、凛緒さんにとって大事な人なんですね』
『すみません。違う人の話ばかりしてしまって』
『嫉妬なんてしませんよ。凛緒さんの初めては僕がいただきましたし』
『へっ?』
『お忘れですか? 処女作のフォローも、コメントも、レビューもぜーんぶ僕が最初です。銃撃戦、母船の内装、感情の乏しい少年兵が教官と恋に落ちる過程。僕には書けない世界観に、惚れ込んでしまいましたよ』
『恐れ多いです』
そっちか。俺は背中に張り付いたシャツを摘む。
『有紀さんは、カクモンに投稿されないんですかね』
『どうして、そう思ったんです?』
凛緒さんを翻弄させた報いは文章で返すと、山椒の木さんが戦闘態勢になっていませんように。ネットのお父さん、過保護にならないで。
俺の懸念は杞憂に過ぎなかった。
『投稿されるのであれば、使い方をあらかじめ教えておいた方がいいと思いまして。DMでお話ししてみたらどうですか?』
ナイスアシストでしょう、僕。
サムズアップする社畜の姿が脳内に焼き付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます