#憂鬱な月曜日を16文字以内で撃退せよ

 有紀さん優しい。 

 餃子の羽根がこびりついたフライパンを洗いながら、テツトのソロ曲を口ずさむ。


 殺虫剤を銃器に見立て、好きなフレーズを詰め込んだ。バズることは目指さない。自分のための小説を書いた。


 小説を書くって楽しい。アドレナリンが出まくった状態なら、未完のままの小説を更新できるかもしれない。


 パソコンを立ち上げて、カクモンの作業ページに移動する。下書きのままのエピソードを開く。タイトルは「生け贄だった少女は鬼に溺愛される 第二章 十六話」だ。


 松寿丸さま、主のご帰還ですよ。

 雪菜を取り返そうとする集落の民に、制裁を与えるのはいつになるのか。儂の怒りを放置するとは、性根を叩き直す必要があるな。


 懐かしい声がした。脳内に響く、作者おれだけに聞こえるキャラの囁き。


「二人ともしんどくない? コンテストに応募するために生み出されて、一旦完結してから働かされてさ」


 頭の中で動くキャラは、俺の問いに答えてくれない。俺の発想とは違う結末へ誘うくせに、行き詰まったときは知らんぷりする。


 弱音を吐いても仕方ないか。書けないのは未熟さのせい。エゴサーチした自分への罰。




【凛緖って奴の小説はマジで駄文しかない】

【あんなつまんない作品なのに、最終選考に残るって自信満々で言えるの凄いですよね。冒頭五行だけでも読むの苦痛だし、批評する時間もったいないし】

【自分の小説に愛着持ちすぎ】

【ストーリーより表現力って、完成度低い奴が言うセリフかよ】


 閲覧数を伸ばすため、読み合いの企画に参加したりSNSで宣伝したりした。長編ファンタジーのコンテストに落選した後も、二章を書きながら修正を重ねていた。次は中間選考を突破しますと呟いてから、見えないところで引用が回されていた。


 ――審査員でも何でもない、ただの素人の意見じゃない。解釈の取り方も人それぞれ。どんなに有名な作家の作品だって、好き嫌いが分かれるでしょう。自分の作品なら、自分を信じて前に進みなさい。


 泣きじゃくる俺に、母は言った。夜勤明けで眠い目をしていたが、相談中はおくびにも出さなかった。


 母の言葉に力をもらった。次の話を待っている読者に向けて、自分の世界を届けたいと思った。


 自室に戻って、パソコンと向き合う。いつまで経っても、書きたい情景は浮かんでこない。

 前の日までは、息をするように言葉が溢れ出ていたはずだった。一夜にして、勢いがせき止められる。


「どうして、どうして俺は」


 気軽に自作を覗いてくださいとSNSで宣伝したとき、否定的な反応が返ってくることを予想できなかったのだろう。悪いのは自分だ。被害者面するんじゃねぇ。


 さぁ、キーボードを叩け。執筆できる時間が、お前の生きがいじゃなかったのか。


 どれほど己を鼓舞しても、どれだけ好きな曲から元気をもらっても。小説を書き上げる気持ちは、折れたまま。枯れたところから新芽は伸びなかった。




「よっしゃらあああああああ!」


 一年越しの最新話。投稿ボタンをクリックしたとき、時計は午前四時を過ぎていた。

 徹夜した罪悪感ではなく、やりきった高揚感で目頭を押さえる。


「誤字チェックして、宣伝しよう」


 SNSを開くと通知が更新されていた。敵襲の話にハートマークがついている。


 山椒の木/カクモン@odoroitakai

 やっぱり凛緒さんの書くアクションシーン好きです! おかえりなさい。「少女は鬼に」連載復活も嬉しい。待ってましたよ。


「山椒の木さんだ! ありがとうございます。ご無沙汰しています」


 俺は画面に向かって頭を下げた。

 カクモンで活動して、初めてレビュー文をくれた恩人だ。心配させて申し訳ない。というか、この時間帯に起きているんですね。山椒の木さんの呟きをスクロールする。


 山椒の木/カクモン@odoroitakai

 #憂鬱な月曜日を16文字以内で撃退せよ

 てるてる坊主の首をいただく


 まだ早朝ですよ。扇風機いらずの一番過ごしやすい気温のはずなのに。なんて物騒なワードセンスだ。


「お、お仕事が大変なんですね」


 晴れてほしくないと願うほど、気分も停滞しているのだろう。俺はコメントを返した。


 凛緖@hatennkou

 らめぇ、首取っちゃあ(泣)


 山椒の木/カクモン@odoroitakai

 ふっ、命乞いなど無様な……って凛緖さん? あっぶな、刈り取る一秒前でしたよ。


 凛緖@hatennkou

 もう手遅れじゃないですか。でも、山椒の木さんとの掛け合いが久しぶりで楽しいです。


 山椒の木/カクモン@odoroitakai

 べ、別に心配してる訳じゃないんだからね! 誰がカクモンに浮上しないあんたのこと……


「ツンデレか!」


 俺の声量に、隣の部屋から「うるさいよ、お兄ちゃん」と壁を叩く音がした。

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