#140字小説「敵襲」

 世界が覚醒したような気がした。そんな気がしただけ。

 俺は勉強机にへたり込む。午後七時過ぎ。夕食を作らないといけないが、帰宅してすぐに取り組む気力はない。


 あれから三日。


 久しぶりに、フォロワーさんからコメントがあるかもしれない。俺の小説を待っていたと歓声が上がる。そう思い込んでいた。


 スマホに表示されるマイページを、泣きそうな顔で見る。


 俺が投稿した140字小説に、コメントは何もない。有紀さんの方が賞賛の声や和んだ報告が上がるのに。


 もしかして、あの内容を男性アカウントで投稿したのがまずかったのだろうか。ゲームキャラについての呟きのせいで、変態認定されていたのかもしれない。俺は幼女を遠くから愛でる趣味はあっても、自分だけの空内に閉じ込める趣味はない。刮目せよ、健全な男子高校生の部屋を。俺は自室を見回した。


 男性アイドルのポスターに、推しカラーのソファとクッション。コンサートで買ったペンライトやタオルは、使う用と保存用で収納ボックスを量産させている。


 やはり危ない一面が滲み出てます? フォロワーさん減らないで!


 布教した妹より熱狂的なファンになったが、俺は微塵も後悔していない。テツトのステップと歌声に惚れない奴は人生を損している。笑顔いっぱいの普段の姿からは想像できない、重低音のラップは国宝級の尊さだ。俺の語彙で魅力を伝えきれないのが悔しい。


「ふえぇ」


 どこからカワボを引っ張り出したよ、俺の喉。

 脱力してソファに沈み込む。


「物書きとしての呟きより、ドルオタの方が読まれるのは不本意だ。何を食べたら上手くて、面白くて、キラキラした小説が書けるんだろう。カクモンのフォロワーさまの、爪の垢を煎じて飲みたい」


 腕が鈍ったかなぁ。俺はスマホを見る。こんな調子では、未完にしているネット小説がいつまで経っても書き上がらない。


 そういえば、今日は有紀さんの呟きがない。見逃したのかなと思い、タイムラインを遡る。


「お兄ちゃん!」

「お前がノックしないの諦めるから、次からは静かに開けような。心臓に悪い」


 俺はソファに座り、足を組む。どうよ、このラスボス感。すぐに倒せそうな、序盤の敵のごとき威厳であろう。


「リビングに出たの! あいつが」


 真緒に右腕を抱き寄せられ、豊満とは言えない胸に挟まれる。腕に当たる感触に、逆セクハラという文字が浮かぶ。兄を誘惑すんな。二の腕より柔らかい弾力でよぉ。


「そうか、怖かったな」


 俺は、自由を許された左手で真緒の頭を撫でる。真緒はうさぎみたいに目を細め、右腕に頬を擦り寄せた。そんなに、あいつが怖いのか。


「茶色いあいつは、殺虫剤を吹きかけとけ。動きが止まった後で、お兄ちゃんが捨てておくから。夕食ができるまで、部屋で待ってろ」

「違うの。飛行物体だよぉ」


 羽がある虫か。茶色いあいつも飛ぶが、蜂や虻のたぐいも天敵らしい。妹よ、少しは兄を頼らずに自立したらどうだ。先が思いやられるぞ。


「いじわる」


 頬を膨らませた真緒が、キスする勢いで近付く。ツインテールから石鹸の香りがした。


 ふがいなし。

 最近見たアニメの妹キャラより、実の妹の方が威力がある。三次元のくせに、俺が目指す可愛さの描写を超えてくるな。金髪エルフが登場する異世界ものに、余計手を出しにくくなるじゃないか。


「分かったよ。俺が始末するから」

「納得できぬ。晩ご飯は餃子。それで和解しよう」

「あれ、皮から作るの面倒なんだぞ? 汗だくの中、コンロを使わせるなんて薄情な」

「お兄ちゃんから精神的苦痛を受けたって呟くよ」

「やめろ、社会的に死んじゃう」


 餃子に時間を食われたが、後ろ向きな気持ちから吹っ切れた。もらったヒントを元に、好きなバトルシーンを書いてリハビリしよう。誰も見ない小説に執着する暇があれば、誰からも見える場所へ這い上がれ。


 凛緖@hatennkou

 #140字小説「敵襲」

 不穏な音に飛び起きる。姿勢を低くして、武器庫まで素早く移動した。呼吸を整えてから出現場所に戻る。狙いを定め、トリガーに指をかけた。無我夢中で乱射するも、目標は消失した。寝首を掻かれては堪らない。枕元に殺虫剤を置き、スズメバチともアブとも見分けがつかない敵との再戦に備えた。


 凛緖@hatennkou

 プロペラ音は好きだけど、彼奴はお呼びではないのだ!


 藤堂有紀@yukitoudou

 プロペラ音とか、機械の音とかいいですよね。うなり声みたいで。個人的に『ドグラ・マグラ』の冒頭部分が好きです。そうそう、凛緖さまからもらった助言についてですが、三日坊主にならないように継続しておりますよー!

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