#140字小説「電車」

 藤堂有紀@yukitoudou

 #140字小説「電車」

 混雑時の電車では、大きなお荷物は手でお持ちいただくか――最後に乗り込んだ男性が、リュックを肩から下ろす。前に抱えないのは、抱っこひもを使っているから。赤ちゃんは空を見上げて、あぅと指さす。飛行機好きは僕に似たね。男性が小さく笑うと、木の葉みたいな足が元気に揺れた。


 電車に乗っていると、スマホの着信音が鳴った。朝から騒がしいな、グループラインめ。どうせ夏期講習頑張ろうねという、クラスメイトの馴れ合いだ。通知を確認して無視しようと考えていたが、有紀さんのアイコンに目を輝かせる。


 有紀さんと文面のやりとりをして早二週間。真緒は数学の先生から個別課題をたっぷりもらい、俺は学校から課せられた強制参加イベントに出ていた。夏はそばにいるのに、休みは顔を出さないらしい。昼食のいる真緒のため、作り置きおかずを夜に仕込むことがキツくなってきた。毎日一回は呟かれる、有紀さんの言葉が癒しだった。


 有紀さん、初めて小説を投稿してる。夕食に赤飯を炊いていいですか。


 浮かれる気持ちを抑えて読んでいたが、ラストの言葉に悶絶しそうになる。生命力に溢れた小さな足。新緑であろう葉との取り合わせが、語り手の優しい眼差しを強調させる。


 有紀さんも、同じように電車に乗っているのかな。俺は電車の中を見渡した。混雑した車内では、似たようなアナウンスが流れている。勝手に親近感を抱き、素直なコメントを送った。


 凛緒@hatennkou

 ほっこりしました。こんな冒頭だったら、続きが気になってページをめくる手が止まらなくなるかもしれません。


 よし。今度は俺の意思で送ったぞ。

 満足して何度も読み返すと、コメントに返信が来た。


 藤堂有紀@yukitoudou

 凛緒さま、ありがとうございます。短編を書いているのですが、なかなか完結できなくて。凛緒さまは、カクモンに投稿されているのですよね。書き続けるコツがあれば、教えてもらえませんか?


「いやいやいやいや!」


 電車の中で、心の声が漏れる。周りの視線に気付き、全方位に頭を下げてからスマホと向き合った。


 凛緒@hatennkou

 物書きを名乗るのもおこがましい高二ですよ? 仲良くさせていただいているカクモンのフォロワーさまの方が凄い方ばかりだし。


 駄目だ。こんな文章。

 俺は途中の文章を削除した後で、有紀さんの気持ちを思い浮かべた。見ず知らずのネットで出会った人に、救いの手を求めている。それって、かなり勇気のいることじゃないのかな。


 凛緒@hatennkou

 俺が書く小説は、ファンタジーが多いので有紀さんの方法と合わないかもしれません。参考として、お聞きくださいませ。

 こうなったらいいな、という願望を思いつくままにメモに書いていくんです。たとえば、妖精とお話ししたいとか、竜宮城へ行ってみたいとか。それで、気になった言葉から発想を飛ばして、文章を少しずつ書いていきます。最初は、綺麗な文章を目指さなくていいんです。書けるところから書いていく。気の向くままに、のんびり書いていくのが一番だと思います。


 深夜テンション並に書き上げてしまった。長文でうっとうしいかもしれないが、俺なりの言葉を込めた。気に入らなかったらブロックしても構わない。実際にブロックされたら、水以外の食料は受け付けなくなるかもしれないけどね。


「送信っと」


 タイミングを図ったように、乗り換えの駅に着く。俺はスマホをズボンのポケットにしまった。


 俺も書かなきゃ。

 読者に一年も待っていただいている。フォロワーさんから新着コメントはない。それでも何か変えたい。書けない自分から変わりたい。


 改札でかざした定期の電子音は、世界の覚醒を告げる。人混みに飲まれながら階段を降り、連絡通路のトンネルを抜けた。


 俺は日差しに目を細める。


 蝉時雨の木霊する青空が、駅ビルに抱かれていた。定規で引いたように、飛行機雲が伸びゆく。


 飛行機だよ、パパ。あの子供の純粋な眼差しを、俺も描きたいと思った。

 有紀さんと同じお題で書いてみよう。制限時間は、電車を待つ二分半。


 階段を降りては、上り、また下る。シャツが汗を吸う中、ホームへ向かう足取りは軽かった。


 凛緒@hatennkou

 #140字小説「電車」

 電車を待っていると、母親の周りをくるくる回る女の子がいた。総レースの赤いワンピースが、金魚のひれのように揺れる。電車まぁーだ? 母親の腰にしがみつく女の子のおさげが、夏休みのお出かけに弾む。もうすぐ来るから。母親は水筒を渡す。女の子が氷を噛む間、崩れた髪を結い直していた。

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