《第1章 EP-02》【I for You】

《4:30》


「ねえ、聞いてほしいんだ?」

長いキスが終わりビールを一口飲むと梓は話を始めた。


「来てくれた店(キャバクラ)アズ初出勤って言ったじゃん。

先週まで池袋の店に居たんだけどね、そこのお客さんとつき合って2ヶ月前に別れたんだよね。」

俺は黙って頷いた。


「その人42才だったんだけど(当時梓は21だった)

うーん、上手く話せないなぁ。」

そう言って携帯を取り出し受信メールを見せた。


『死ね』の文字が画面いっぱいに並んでいる。

そんなメールが50通以上、中には恨み事が書いてあるメールも…。

着信はそいつの名前で埋め尽くされている。


「これだけじゃなくてマンションのインターフォンを夜中ずっと鳴らされたり、昼間は管理人が居るから大丈夫っぽいんだけど…。」


「警察には?」


「相談したけど直接の被害があるわけじゃないからどうしようもないって…。」

警察は(当時)いつもそうだ。直接の被害があってからじゃ遅いのに。


「それでその人から今日…店に電話が来たんだ…。」


「お前…初出勤なのになんでわかったの?」


「池袋の店の子に聞いたんだって…。

それで店長に相談して他の系列店に行く事になったんだけど怖くって…」


「だから「泊まっていい?」だったの?」


「うん…ごめんなさい。

今日会ったばかりなのに迷惑かけて…。」


「別にいいけどさ。」

どんな形にしろ梓がそばに居る事が嬉しかった。


「でも、俺を危険だとは思わなかったの?」


「うんっ!思わなかった。普通じゃないとは思ったけど。

それに危険じゃないし優しいじゃん!!」


「普通じゃないってどういう意味?」


「だって、あんな人ごみの中で女の子をおんぶしようとするなんて…(笑)」


「そっか?足挫いたんなら別に普通だろ。

いつもやってる訳じゃねえけど...」


「でも嬉しかった。

あれがあったから頼ってみようと思ったのもあるんだよね。」


「そんなもんか?」

梓は俺が不思議そうに言うので笑った。


「でもその男、田中だっけ?

このままって訳にもいかねえだろ?」


「うん。田中ほっといたらそのうち諦めてくれないかな?」


「そんな簡単じゃねえだろうな…

じゃあ明日は違う店って訳か、同伴出来ねえぞ(笑)」


「じゃあ仕事終わったら来て…不安だから。」


「ああ、多分な。」


「多分じゃやだぁー」


「じゃあ…may be(笑)」


「えー。」


その後たわいない話をし気がつくと8時を過ぎていた。


「そろそろ寝よっか?」


「うん…。」


布団に入ると梓は少し身を固くした。

俺は梓のおでこにキスをして優しく抱き締めた。




《13:30》

「ねえ、アラーム鳴ってるよぉ。」

俺は梓に起こされた。


「おはよう仕事じゃないの?」


「うーん…そうだけど。」


「ねえ?…聞いていい?」


「ん?何?椎茸は嫌いだよ…。」


「そういうんじゃなくて!?(笑)

なんで…Hしなかったの?」

小さな声で言う。


「したかったの?」


「そういう事じゃなくて…

アズって魅力ない?」


「あるよ。」


「じゃあ何で?」


「フフ…内緒。今度話すよ今度。」


「誰かが昨日「今度とお化けは出ない」って言ってませんでしったっけ?」


「んな事言いましたっけ(笑)とりあえず仕事行かないと。

お前どうする?まだ寝ててもいいし、これ置いてくからポストに入れといてくれればいいよ。」

そう言ってスペアキーを渡してシャワーを浴びに行く。



正直Hはしたかった。

だけど昨日すると『遊び』みたいになってしまいそうで嫌だった。

まあ、単なるカッコつけでもあるんだがそういう訳だ。



「見て見て…

ミーちゃん可愛いいでしょ。」

見るとアリスが梓に抱かれている。


「ああ良かったな。

とりあえず行ってくるから何かあったら連絡して。」


「何にもなくても連絡する。」

微笑んで梓は答えた。




《仕事終了》

仕事中に何回かメールが来た。

どうやら夕方家に帰ったみたいだ。


用事があったので家に一回寄ってから梓の店に行こうと思い帰途につく。


「おかえりー!!」


「ただいま…って何やってんのお前?仕事は?」


「アズ、仕事には行きませんでした。居ちゃダメ?」

と小首を傾げる。抱き締めたくなる。


「いやいいけど…夕方帰ったと思ったからびっくりした。

それにその格好泊まる気満々だろ?」

シルクの白いパジャマ姿だった。


「エヘッ(*^.^*)

じゃあご飯食べよ。それとも先にシャワーする?」

そういや何か食い物の匂いがする。


「じゃあシャワーで。」


「はいこれ。」

タオルとシルクの紺色のパジャマを渡される。


「このパジャマどうしたの?」

タオルは俺の物だった。


「帰る前に伊勢丹で買った。嫌?」


「嬉しいよ。」


シャワーから出てテーブルの前に座る。

料理が4品ほど並んでる。


「どこで作ったの?」

うちには小さな洗い場とIHコンロがあるぐらいのキッチンしかない。


「家で作ってあのコンロで温めた。

ミーちゃんにも作ったんだよ!」

アリスの前にも小さな皿が4つ並んでる。

猫が菠薐草のおひたしは食わんと思うのだが…


「じゃあいただきます。」


「はい召し上がれ。ビールでいい?」

俺は頷いた。


食べるのに夢中になり気付かなかったが視線を感じ梓を見ると俺の顔を見てた。


「ど、どした?食べないの?」


「ねえ…美味しい?」


「…ああ美味い。」


「じゃあ何か言ってよー。

何も言わないと不安でしょ?」


「ごめん夢中で食ってた。美味いよ。」


「へへへ。」


「気持ち悪いんだけど…

つか、お前も食えば?」


「見てるのが楽しいの!!」


「変なの。見られてると食いにくいんだけど…」


「わかりました…」

そう言って梓はやっと箸を持った。


「とおるぅー…」

なんか甘えた声を出してる。


「あ?なに?」

わざと素っ気なく答える。


「んー……

迷惑じゃなかったらアズしばらく泊まっていいかな?」


「つーかさ、お前最初からそのつもりだろ?」


「なんでわかるの?エスパー?」


「アホか?お前そのキッチンの下に押し込んである荷物は何さ?」

キッチンの下には大きめの紙袋とヴィトンのボストンバックが押し込まれていた。



「エ…エヘッ(*^.^*)」

そう言って舌を出す。


「ダメなのぉー?」


「別にいいけどさ。誰もダメとか言ってねえし…」


「アズ頑張るから!」


「何を?別に頑張らなくていいから。」


「何か冷たくない?」

ちょっと不貞腐れたように言う。


「冷たいとかそんなんじゃなくてさ、頑張るって何か無理してるみたいじゃん。

俺は「頑張って!」とか言われるのは嫌いだったから…

梓にも無理して欲しくないし…。」


「えっ!?どうゆう事?」


「うーん高校の頃っつーか、ずっと野球やっててさ…

一応、甲子園とかも出てんだけど。

その頃試合や練習の度に「頑張って!」ってよく言われて、やっぱ人に言われなくても自分なりにやるし、

人に言われたからって頑張れるわけでもないじゃん。わかる?」


「う…うん。何となくは。」


「だから…今は無理しなくていいよ。

無理するとどこかに歪みが生じるから。」


「え…うーん…アズ、何かよくわかんない…。」


「あんま深く考えなくていいよ。適当にやってろって事。」


「やっぱ何か冷たいし。」


「何がだよ?好きにしろだったら冷たいだろうけど、適当にってのは冷たくないだろ。」


「ん…?」


「もっと日本語を勉強しなさい。」


「何か馬鹿にしてるぅー!?」


「女はちょっとぐらい馬鹿でいんだよ(笑)」

梓は納得したのかフーン(´_ゝ`)と頷いてる。



飯を食い終わり2時過ぎになった。


「んであの荷物は何?」


「着替えとか化粧品とか……。」

紙袋とバックの中から次々に物を出してゆく。


「店開かなくていいから(笑)

そういや化粧落としたら?」


「えっ!?は恥ずかしい…

アズつけま命だし」


「しばらく一緒にいるんならどうせ見る事になるじゃん。

早いか遅いかだけじゃねえの?

それに化粧したまんまの女の寝顔って不細工だよ。」

梓は意を決したように洗顔フォームを持って立ち上がりバスルームへと行った。


5分後…


「ねぇ!!笑わないでよ!」

顔を隠しながらバスルームから出てきて俺の前に座る。


「はい。これがスッピンのアズです!!」

いつもは綺麗系の顔なのに化粧を落とした梓は幼い顔で可愛いかった。


「お…可愛いいよ…」

キスをして布団に押し倒しすと飯を食って寝ていたアリスが慌ててどいた。ちなみに菠薐草は食ってない。


お互いに気持ちが高ぶってきて段々と激しいキスへ。強く抱き締めると梓の口から吐息が漏れた。


梓の体が堅くなる…


俺が腕の力を弱めると抱きついてきて「いいよ…」と耳元で囁きキスをした。


俺達は一つになった。



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