《第1章 EP-01》【つつみ込むように…】

《晩秋 新宿19:50》

「じゃあもういいよね?帰るよ!!」

知り合いの男と別れて俺は東口のカフェラミルを後にした。


「あー面倒くせえ、何で休みの日に恋愛相談なんか…。

しかも男の…。」

一人で愚痴を言いながら新宿通りを歩いてるといきなり前から女が飛び込んで…。

いや、突っ込んできて2人共転んだ。


「痛ってーな!?どこ見てんの?ちゃんと前見て歩けよ!」

黒のミニスカにコートの女が下を向いて倒れ込んでる。ストッキングは転んだ事で破けてた。


「すいません…。

店に遅れそうで急いでたんで…。

大丈夫ですか?」

下から俺の顔を見上げる。


「ああ、大丈夫だけど…

あんたは?立てる?」

可愛いい…。怒鳴って失敗したかな!?


「大丈…。

痛っ…。足捻っちゃったみたい…かな…です。」

よろけて俺に掴まった。


「どうしよう…。店…遅刻だ…。」


「店って何の店?」


「区役所通りにあるキャバです。」


「ふーん。キャバクラか。

キャバってさ同伴すりゃあ遅刻になんないんだろ?暇だし行ってやるよ。」


「えっ!?でも…!?」

驚いた顔をして俺を見る。


「まあ、俺に飛び込んできたのも何かの縁って事だ。」


「いいんですか…?」


「だからOKだって!」


「ありがとう。お願いします!!」

とびきりの笑顔になった。


「そうと決まったら…乗ろうか!」

俺は彼女に背中を向けた。


「えっ!?」


「「えっ!?」じゃないの、足痛いんでしょ?そこの薬屋までおぶってくから早く!」


「でも…人が…。」


「ったく。じゃあ…」

俺は腕を抱えて薬屋に向かった。

彼女は恥ずかしそうに俯いていた。


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《キャバクラ 20:40》

「ご同伴ありがとうございます。あづささんです。」

彼女がドレスに着替えてボーイに連れられテーブルに来た。

さっきの可愛いい笑顔と違って化粧映えして綺麗だ。


「へー、あづさって名前なんだ?」

動揺を悟られないようにそれだけ言うのが精一杯だった。


「そうだよ。あなたは?」


「トオル。」


「トオルさん…か。連絡先聞いていい?」


「はいよ。」

俺は携帯のプロフィール画面を出してあづさに見せた。


「ちょっと待ってね。」

俺の携帯に何やら打ち込んでいる。


「はい。アズの連絡先!」

画面を見た。【○○梓】と打ち込んである。


「誰?この梓って?」


「それはアズの本名。」


「ふーん…。それはそうと足痛い?」


「うん。結構…。」


「遅刻はわかるけど、なんであんなに急いでたの?

言っちゃ悪いけど5分や10分の遅刻ぐらい…。」


「うん。普段だったらそうしてたけど…。

この店、今日が初日なんだ。」

舌を出して笑う。


「じゃあ、結果的に同伴して良かったって事か。」


「うん。すっごく。だから何か飲んでいい?」


「はいはい。どーぞ。」

2人で笑った。




しばらく経つとボーイがあづさを呼びに来て5分ほどで戻って来た。

顔が強張ってる。


「どした?」


「ん…。何でもない。

嫌なお客さんから電話が来ただけ…。」


「へっ!?初日なのに?」


「う、うん…。」

それから2時間俺達はたわいもない話をし俺は帰った。


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《自宅 3:20》


DVDを見ていると携帯が鳴った。

梓だ。

「あっ!?起きてた?

今から…会えるかな…?」声が沈んでいた。


「へ…あぁ…わかった。」

俺は上着を持ってドアを開けた。


「梓?今どこいる?」


「区役所の前。」


「わかった。5分で行く。」

電話を切り深夜の歌舞伎町を走る。多分2分ぐらいで着いたろう。

区役所の前に梓はしゃがんでいた。


「走って来たの?」


「あんな声で…電話してくるから…

心配だったし…それに足も…。」


「ありがと(泣)…。」

何かあったのだろう。涙声だった。


「んで…どしたの?」

頭を撫でて聞く。

俯いたまま黙ってる。


「うん、どっか行くか?飯?酒?カラオケ?」


梓は首を降る。


「安心できるとこがいい…。」

消え入りそうな声で答える。


「うーん…。じゃあ汚いけど家来る?」

思い切って言ってみた。


「うん…。」

梓は小さく頷いた。

俺は歩いて5分の距離だったがタクシーを止めた。

梓はタクシーの中でずっと俺の袖を摘まんでいた。


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「えーっと…その辺に座って。」


「あっ!?ミーちゃん!」


「うちの猫に勝手に変な名前つけないでくれる!?

アリスって名前なんだけど…。」


「可愛いいニャンコは全部ミーちゃんなの。

抱っこしていい?」

人の話聞けよ!!つか、可愛いくなかったらなんなんだ?


「アリスが嫌がらなかったらな。」

CDをかけながら言う。


「電気点ける?」

部屋の中は間接照明のままだった。


「落ち着くから…。このままのがいい…。」

アリスを抱きしめながら答えた。

不思議とアリスは嫌がってない。



「迷惑かけてごめんなさい…。」

5分ほどの沈黙の後、梓が口を開いた。


「誰が誰に迷惑かけたって?」


「えっ!?アズがトオル…

あっ!?トオルさんに…。」


「トオルでいいし、迷惑だなんて思っていない。

それに迷惑だったら走って迎えに行ってねえし、家に連れて来てないって。」


「何でそんなに優しいの!!」

半泣きで大きな声を出すからアリスがびっくりしてテレビの後ろに隠れた。


「優しいって?普通だけど…。」


「じゃあ、もう一つわがまま言っていい?」


「ん?何?」


「今日、泊まっていい?」


「別に…いいけど……ちょっと待ってね。」


「はい、これ。

シャワー浴びたいだろ?」

バスタオルとロンT、スウェットを渡した。


「ありがと…。」


「俺、コンビニ行ってくるからシャワー浴びて着替えてな。何かいる?」


「ビールが飲みたい!」

やっと元気になってきた。


「ああ!ビールな。」




時間をかけてコンビニから帰って来ると梓は着替えてアリスを抱いて座っていた。


「おかえりー!!」


「サッポロで良かった?」


「うん!!サッポロ好き。」


「梓さぁ、湿布貼った?」


「あっ!?まだ…。」


「ったく!湿布と足出せ。」

梓がバックから出した湿布を足に貼りネット包帯で止める。


「ありがとー!!」

ったく、甘えてんじゃねーよ。でも元気になったみたいだ。


「じゃあ、飲もうか?」

俺達はビールを飲みながらお互いの事を色々と話した。


しばらくすると梓がもたれかかってきた。

「ん?どした?酔ったか?」

コイツ俺が我慢してんのに…。


「ううん。トオルどうして今日の事は聞かないの?」


「別に…今の俺達にとって大事な話じゃないと思うからかな。」


「そっかぁ…。」


「お前が話したかったら話せばいい。」


「……。ねえ、こんな女だけどキスしてくれる?」

潤んだ瞳で下から俺を見つめる。


「うん…ヤダ。」


「えっ!?」

意外そうな顔をして俺を見る。


「今日初めて逢って、色々話して少なくとも俺は梓の事を段々といいなぁって思ってる。

その女に自分の事「こんな女」とか言ってもらいたくない。」



「キスして。」

梓はしばらく黙って涙を堪えるような顔で言った。


俺は梓の唇に唇を重ねた。梓の身体は微かに震えていた。


「この曲、今日トオルが連れてってくれたドラックストアでも流れてた。

アズこの曲好き。」

と言って今度は梓から唇を重ねてきて長いキスをした。


部屋の中にMISIAの【つつみ込むように…】が流れてた。







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