第十三章 雨宿り【R】

  第十三章 雨宿あまやど


 藤島ふじしまはベロンベロンになった水川みずかわをホテルまで送ることになった。こうなると思っていたという癖々へきへきとした顔をしていた。

 私も帰ろうと、玄関を出たところで呼び止められた。

 「黒沼くろぬまさん?」

 私を呼び止めたのは古賀こが先生の奥様だった。

 「はい。」

 何の用だろうと思いながら立ち止まると、奥様が着物のすそみだしてって来た。

 「奥様、走ったらあぶないです。」

 私はそう言ったが、聞こえなかった様子で砂利じゃりいてある敷地しきちを走った。

 「これを佐久間さくまさんに渡して下さい。」

 奥様はそう言った。よく見ると髪は乱れ、着物にはほこりがついていた。

 「これは?」

 息を切らしながら奥様が渡して来たのは茶色の紙袋だった。佐久間さくまはうちの編集長の名前だが、どういった代物しろものなのだろうか。

 「ラーマーヤナです。」

 奥様は紙袋を私に押し付けて言った。決してもどされまいとしているようだった。

 「開けても?」

 「いいですけど。決して読んではいけません。うちの人は何もしなかったから寿命じゅみょうまっとうできたんです。」

 奥様はむねを押さえながらそう言った。私はその言葉を理解しきる前に紙袋から本を取り出した。表紙は布張ぬのばりだが、その布に色とりどりの石がい付けられていた。美しい本だと思った。


 「主人からは昔、ラーマーヤナの翻訳ほんやくの話を持って来た佐久間さくまさんからおりしたものと聞いております。ですからお返しいたします。」

 奥様はこの本におびえているように見えた。

 「分かりました。私の方から佐久間さくまに渡します。わざわざ、ありがとうございます。」

 私は本を再び紙袋にしまうとそう言った。奥様はホッとしたような罪悪感ざいあくかんを覚えているような顔をした。

 「ごめんなさいね。」

 奥様は私の背中に向かって最後にそう言った。



 最寄り駅に着いて、駅から家に向かって歩き始めると急に雨が降り出して来た。私はかさを持っていなかった。あずかった本のこともあり、雨宿あまやどりをできる場所を求めて早足にあの店に向かった。バー・カルティック・ナイト。


 お通夜つやの帰りなので、きよじおを自分に振りかけてから中に入ろうと店の扉の前でもたついていると、勝手かってに扉が開いた。

 「いらっしゃいませ。」

 顔を出した男が言った。

 「こんばんは。」

 「お葬式そうしきの帰り?」

 「そう。編集長の代理でね。きよじおがあるはずなんだけど・・・」

 「待ってて。しおならうちにもあるから。」

 男はそう言って、中に引っ込むと塩を取って戻って来た。サラサラときめのこまかい塩を私に振りかけると店の中に入れた。

 店内を見渡みわたすと、金曜の夜だと言うのに閑古鳥かんこどりいていた。

 「ここの経営けいえい上手うまくいっているの?」

 余計よけいなお世話せわだと思いながらも口をはさみたくなった。

 「上手うまくいっているように見える?副業ふくぎょうでもやろうかと思っているところ。」

 男は冗談じょうだんじりそう答えた。


 「今日は何にする?」

 「マルガリータ。」

 「好きだね。」

 「うん。」

 男がシェイカーを振るカクテルなら何でも良かった。私はこの男が体をらして作っている姿が色っぽくて美しくて好きだった。頬杖ほおづえをついて見ていると、男が出来上がった白いマルガリータを差し出した。

 「どうぞ。」

 「ありがとう。」

 私はそう言ってグイっと一口飲んだ。

 「今日も美味おいしい。」

 男は口元くちもとに笑みを浮かべた。


 「今日は雨宿あまやどりに来たの?」

 「そう。」

 「朝までまないらしいけど。」

 「そう。」

 私は紙袋に目を落とした。雨の中を家まで走ったら本がびしょれになる。

 「何か持っているね。」

 男も紙袋に目を落として言った。その目は私には見えない何かを見ているような気がした。

 「かさ持っているんだけど、それ飲んだら一緒に帰る?」

 男がさそって来た。乗ってもいい気分だった。

 「うん。」


 恋人同士のように一本のかさを分け合って、家に帰った。熱いシャワーをびて体をあたためると二階にある部屋に入った。くちびるかさねてき合った。


 「ねえ、名前は何ていうの?」

 私は男に尋ねた。この男と寝るのは三度目になるが、まだ名前を知らなかった。

 「露木つゆきけい。」

 「ケイ?」

 「そう呼び捨てにしていいよ。」

 下の名前で呼びたかったわけではない。ただケイというのが死んだ猫の名前だったから反芻はんすうしてしまっただけだった。

 「小夜さよ。」

 けい耳元みみもとささやいた。

 「何で私の名前を知っているの?」

 「何度も家に来たから。」

 けいはそう言いながら私をベッドの上に押し倒した。


 ベッドの上にあがると、けいくちびる以外の場所にキスをした。あとが残るのもおかまいなしに首筋くびすじい付き、まるで自分がその気になれば殺せるとでも主張するように喉笛のどぶえ甘噛あまがみした。

 首筋くびすじから鎖骨さこつり、むねあたりまで来ると、乳房ちぶさしたからませた。まるでそれが赤い木のか何かであるようにしゃぶりつき、味わっているようだった。


 私は私の胸に顔をうずめるけいの頭をでた。この間のようにかみれたら嫌がるだろうと思ったが、今日はそんな素振そぶりは見せなかった。

 「今日は髪にさわっても嫌がらないのね。」

 夢中むちゅうになって赤い実をしゃぶっているけいに言った。

 「さわり方の問題だよ。今みたいにしてくれたら、俺もほうっておくよ。」

 けいはそれだけ言うと、体を起こして体勢たいせいを変えた。

 「足をげて。」

 けいむねから下腹したばらまで手をすべらせながら言った。私が足をげると、その足を左右さゆうに開き、内太うちふとももをゆびでなぞった。けい息遣いきづかいで指を入れるタイミングは分かった。入れられた瞬間気持ち良くて、無意識むいしきに足とこしを動かしていた。


 「感じる?」

 「うん。」

 そう答えると、けい小刻こきざみに指を動かし始めた。そのつもりはなくても足とこしが指に合わせて自然と動いた。

 「こしれてる。ここもひらいてやわらかくなって来た。」

 けいは今度ゆっくり指を入れたり引いたりした。指の緩慢かんまんな動きに体が強く反応はんのうした。もっと奥に入れて欲しくて自分からこしき出していた。

 「気持ちいいんだね。」

 けいみだららに足を開き、波を打つようにこしを動かす姿を見て言った。


 「もっと。もっと動かして。」

 私はゆっくりした指の動きがじれったくて仕方しかたがなかった。

 「分かった。一度目は手でイカせてあげる。」

 けいがそう言って手を大きく早く動かすと、すぐにオーガズムをむかえて大きな声であえいだ。感じている間、中が熱くなり、愛液あいえきめどもなくあふれて来た。オーガズムが終わるまでけいは指で中をこすり続けた。終わると指がかれ、解放かいほうされたような快感かいかんとホッと一息ついた時のような安心感あんしんかんがあった。


 「もうつかれた?」

 けいが私の体をでながら尋ねた。

 「大丈夫。」

 そう答えたものの、すでにぐったりとしていた。お通夜つやの席で研究者たちに囲まれ、気疲きづかれしたのが今頃になってきいてきた。

 けいも気づいていたとは思うが、めはしなかった。

 「入れていい?」

 「うん。」

 私は自分だけくしてもらっておいて、けいにおあずけを食らわせるのが悪い気がして受け入れた。

 「入れるよ。」

 圭はゆっくりとし込んだ。開いてやわらかかった口は再び閉じようとしていて、なかなか入らなかった。

 「まりかけてる。」

 けいが少し不満ふまんそうに言った。

 「し込んでいいから。」

 私のつよがりだった。

 「じゃあ、そうするよ?」

 けいはそう言うと、ちからづくで押し込んで来た。私は悲鳴ひめいにも似た声を上げた。


 「痛かった?」

 「ううん。」

 私は強がり続けた。見かねたようにけいが私の体からいた。

 「また明日しよう。」

 けいはそう言うと私の横にた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る