第九章 八日目の夜【R】

  第九章 八日目の夜


 次に目がめてからの記憶きおく断片的だんぺんてきで、最初は男の背に乗って家路いえじあゆんでいた。次に意識いしきが戻ったのは家の中に入ってからで、男が両腕で私をかかえながら二階への階段かいだんのぼっていた。三度目に目が覚めた時はベッドの上で、となりに男がすわってとびらにらんでいた。


 「送ってくれたの?」

 眠って私のいはめかけていた。

 男は声をかけた私を見るとたりまえのように顔をせてキスをした。一度なかだ。けはしなかった。


 「もうじきアレが来る。それまでどうする?」

 店を出たからか、男はもう敬語けいごを使わなかった。

 「アレ?どうするって?」

 「するでしょう?」

 男はあつ吐息といきをかけながら私の耳元みみもとささいた。男はやるらしい。

 私は部屋にある時計とけいはりを見た。午前一時。いつも池内いけうち生首なまくびは午前二時を回った頃にやって来た。この男がのぞむなら私の方ももう一度てもいいが、このまま一緒にいるとにもおぞましい光景こうけいを見せて、二度と忘れられないトラウマをえ付けることになる。ていた女が首なし遺体いたいになるのだから悪夢あくむだ。私なら二度と行きずりの女とられなくなる。気がれて頭がおかしくなるかもしれない。


 「送ってくれて、ありがとう。帰っていいから。」

 私はそう言ったが、男は聞こえなかったりをして再びキスをした。まだいがめていなくて正常せいじょう判断はんだんができなかったのだろう。私はこのさそび人の男がいたい目にえばいいと思ってしまった。

 私は男にキスを返して、したからめてさそった。もともとやる気だった男はふくぎ、美しい姿態したいさらした。私は手元てもとがおぼつかなくてモタモタとふくのボタンをはずしていると男が手伝てつだった。綺麗きれい指先ゆびさき丁寧ていねいに小さなボタンをつまみ、ぎてふくいためないようにやさしくはずした。手先てさき器用きような男だと思った。


 私の服を全部がせると、男の手は荒々あらあらしく動いた。髪をつかんでさえつけ、長いキスをした。男の口は一緒に飲んだテキーラとかじったライムの味がした。私も男のかみつかんだ。見た目通めどおり、しっとりとしてつやのある髪だった。指通ゆびどおりをためすように何度もさわっていると男がいやがってみつくようなキスをした。手をはなすと再びあまいキスをつづけた。


 次第しだいに男のキスは首筋くびすじからむねへとりて行き、右手は私のふとももの上をっていた。

 「足げて。」

 男が言った。言われた通りに両足りょうあしげると、男がそれを左右に開き、探るように手をわせ、あふれ出るいずみの入り口を見つけた。ゆっくりとふくらんだにくビラをかき分け、男のゆびが中に入ると、体の奥が指にい付こうとうねった。男の指をくわえたくてたまらないとうずいていた。指は出たり入ったりをり返し、泉の水をき出した。それでも泉は枯れることなくあふれ、男の手をらした。

 「気持ちいい?」

 男が尋ねた。

 「うん。」

 私はうなずきながらかべかっている時計のはりを見た。午前一時半。私の命もあとわずかだった。

 「もうれて。」

 愛撫あいぶ途中とちゅうだったが、私は男にそう頼んだ。男は指をくと、れた手で男根だんこんを泉の入り口にてた。熱い先端せんたんれるとドクドクと心臓が高鳴たかなり、早く満たしたいという衝動しょうどうに体がうずいた。男はゆっくりと押し入れると、満たされる快感かいかんに小さくぐ私の上にのしかかった。態勢たいせいととのったところで男は動き始めた。


 両足で挟んだ男のこしは何度も上下に大きく動き、その度に快感かいかんが全身をめぐった。互いの接合部分せつごうぶぶんこすれて熱いと感じる頃には我慢かまんできずにあえぎ、みだれていた。男は時折ときおりそんな私の顔を楽しそうに笑みを浮かべてながめていた。


 男はまた態勢たいせいを変えると、うでばし、私の両手をベッドの上に押さえつけるようににぎり、口をふさぐようにキスをした。何をされるのかは分かっていた。男はその態勢たいせい射精しゃせいした。すべて出し切ってからようやくはなれた。


 「気持ちよかった?」

 男が尋ねた。男の方がスッキリした顔をしていた。

 「うん。気持ちよかった。」

 私は中出なかだししたことをめはしなかった。先々の心配などする必要がなくなったのだから。それにこれからこの男ににもおぞましい光景こうけいを見せることになる。何も知らない男が不憫ふびんでならなかった。男はとなり寝転ねころがり、私をせた。まだ熱い男の体が自分は生きていると実感じっかんさせてくれた。このままねむって、痛みも苦しみも感じずに死ねたなら。そう考えていた時だった。ゴトン。あの音が部屋にひびいた。私はこわくなって布団ふとんかぶり、ガタガタとふるえた。


 『黒沼くろぬまさん、逃げて。』

 池内いけうちの声が聞こえた。今日も警告けいこくしに来た。もう逃げられなくて今日死ぬというのに。

 『黒沼くろぬまさん、逃げて。』

 私は池内いけうちの声に耳をふさいだ。

 『黒沼くろぬまさん、アレが来る!』

 池内いけうちの声はそれを最後に聞こえなくなった。何が起きているのか分からなかったが、私はこわくて布団ふとんから出てたしかめることはできなかった。すると隣に寝ていた男がムクリと体を起こして扉の方をにらんだ。布団ふとん隙間すきまから見上げると、男のは何かをとらえているようだった。

 「大丈夫。」

 男はそう静かに言いながら、私の頭をでた。そして扉に向かってブツブツと何か言い始めた。聞いたことのない異国いこくの言語だった。発音はつおん音程おんてい声調せいちょうどれも日本語とはかけ離れていた。それをたくみにあやつり何かと会話しているように見えた。一体扉の前に誰がいるというのだろう。

 男が突然とつぜん強い口調くちょうになった。それから窓も開いていないのに風吹きけた。さらにもう一度男はれとめいじるようにうでを振って強い口調くちょうで言葉をはっすると、何かを引き込むような、吸い込むような強い風が起こり、それがむと一枚の紙がヒラリとちゅうい床の上に落ちる音がした。

 「終わったよ。」

 男はそう言うと、ベッドから出て扉の前に落ちた紙をひろい上げた。私もおそおそ布団ふとんから顔を出した。

 「それは?」

 私は冷たい紙切かみきれに目を落とす男に尋ねた。

 「おろかな人間の願い事。」

 男は無表情むひょうじょうでそう言った。紙切れには某外資系投資銀行ぼうがいしけいとうしぎんこう就職しゅうしょくできますようにとあった。岡田おかだが書いたのであろう。本当におろかだ。

 男はたなの上に置いてあったカルティック・ナイトのマッチを見つけると、ベランダに出て紙切れをやした。はいは風に飛ばされ消えてなくなった。


 翌朝、男の姿はなかった。先に起きて出て行ったのだろう。昨日起きた出来事できごと消化しょうかできなくてまだよく分からないが、月曜の夜を乗り越え、火曜の朝を迎えて生きているのだから仕事に行かなければ。

 いつもの朝のようにテレビをつけてニュースを見た。テロップを見て驚いた。猟奇的りょうきてき連続殺人事件れんぞくさつじんじけん容疑者ようぎしゃとして岡田おかだ指名手配しめいてはいがかけられていた。私はニュースの音量を上げた。

 『都内とないの大学に通う大学生八名が何者かにより首を切断せつだされ、遺体いたいで発見された事件について、警察は同じ大学に通う岡田おかだ一浩かずひろ容疑者ようぎしゃに対し、全国に指名手配しめいてはいをかけました。警察の発表によりますと、岡田おかだ容疑者宅ようぎしゃたく家宅捜索かたくそうさくに入ったところ、首のない遺体いたい発見はっけんされ、遺体いたい身元みもとはまだ確認できておりませんが、岡田おかだ容疑者ようぎしゃ面識めんしきがあり、同じ大学に通う鈴木すずき大地だいちさんと見て捜査そうさをしています。岡田おかだ容疑者ようぎしゃ逃走とうそうし、依然いぜん行方不明ゆくえふめいとなっております。』

 真実しんじつを知らないニュースキャスターは淡々たんたんとそう原稿げんこうを読み上げた。



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