第七章 破れかぶれ

  第七章 破れかぶれ


 私は岡田おかだの住んでいるマンションに向かった。彼の両親が買い与えたマンションは大学からも駅からも近く、賃貸ちんたいでも月二十万円はするところだった。当然とうぜんセキュリティがしっかりしていて、居住者きょじゅうしゃ以外は中に入れなかった。私はインターホンを押したが、応答おうとうはなく、居留守いるすなのか、外出がいしゅつしているのか全く分からなかった。待つしかない。そう思ってマンションの入り口に立ち続けた。


 午後七時、リクルートスーツ姿の岡田おかだが現れた。あたりは日が落ち暗くなり、私が入り口に立っていることに気づかずに歩いて来た。

 「岡田おかださん。」

 私はマンションの中に逃げ込まれる前に声をかけた。

 「黒沼くろぬまさん!?」

 岡田おかだ幽霊ゆうれいでも見たかのように驚き、それからうしろめたそうな顔をした。

 「お尋ねしたいことがあります。」

 そう言った私は般若はんにゃのような顔をしていたかもしれない。岡田おかだはたじろいだ。

 「何ですか?」

 「佐藤さとうさんと池内いけうちさんがくなりました。」

 「あ、ええ。聞きました。」

 「あの悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしきは本物だったんですね。生贄いけにえは私たちで、ねがい主は岡田おかださん。そうですよね?」

 「何言ってるんですか?あんなのおあそびですよ。」

 岡田おかだきつった顔で無理矢理むりやり笑顔えがおを作って見せた。

 「何を願ったんですか?仲間なかま生贄いけにえにして、悪魔あくまに何を願ったんですか?」

 「・・・・・・。」

 「まさか就職祈願しゅうしょくですか?」

 「・・・だったら何ですか?これから死ぬ黒沼くろぬまさんには関係ないでしょ?」

 岡田おかだひらなおって言った。

 「やっぱり!どうしてそんなことを!?」

 思わず口調くちょうゆよくなった。八人目の生贄いけにえとして巻き込まれた怒りが込み上げて来た。

 「自分の将来のために利用できるものを利用したまでです。黒沼くろぬまさんは鈴木すずきけたんで、急遽きゅうきょ入れることにしました。黒沼くろぬまさんだって、もし自分が巻き込まれていなければ面白おもしろおかしく記事きじを書いてたでしょ?だって本物の悪魔あくま召喚しょうかんだったんだから。」

 岡田おかだいやみを浮かべた。利己的りこてきよごれ切ったくろみだ。

 「このままだと今夜また三人目の死人がでます。回避かいひする方法を教えて下さい。」

 私は岡田おかだにらみながら言った。

 「そんなのありませんよ。黒沼くろぬまさん、せいぜい残りの時間を楽しんだらいいじゃないですか?低級ていきゅうなオカルト雑誌ざっしのライターなんて働いてても意味ないし、大した金にもならないでしょ?パァーッと遊んだらいいじゃないですか?」

 岡田おかだは私を見下みくだして言った。自分がエリートだと思っているのだろう。こういう奴は自分より下だと思っている人間の言うことに耳を貸さない。このまま説得せっとくを続けてもらちかないと思った。

 「黒沼くろぬまさん、もう帰ってもらえます?迷惑めいわくです。これ以上付きまとうんだったら警察けいさつ呼びますよ?頭のおかしいおばさんがウロウロしてるって。もう死ぬんだから、楽しい思い出残して死にたいでしょ?だったらもう俺の前にあらわれないで下さいね。」

 岡田おかだはそう言ってマンションの中に入って行った。私は呼び止めなかった。


 水曜の夜、女子大学生じょしだいがくせいが死んだ。時間になっても起きて来ない彼女を起こしに部屋に行った母親が首のない遺体いたいを見つけた。むごぎる話だった。会社でそれを聞いた時、母親の気持ちをはかるとなみだが止まらなかった。

 「黒沼くろぬまさん、大丈夫ですか?」

 会社のトイレにけ込んでむせび泣いていた私に声を掛けて来てくれたのは電話番のアルバイトだった。

 「大丈夫です。」

 私は青い顔をして答えた。

 「編集長へんしゅうちょうが帰ってもいいって。」

 「・・・そうします。」

 そう言いながら編集長へんしゅうちょうの伝言を伝えに来たアルバイトの顔をまじまじと見た。まだ二十歳はたちそこそこの大学生だった。もし私が自宅で他の生贄いけにえたちと同じように死んだら、この子がつかいに出されて変わりてた姿の私を発見するのだろうと思った。首なし遺体いたいなんて見たらトラウマになる。

 「明日も来られないかも。来週の月曜も。休んでも気にしないで下さい。編集長へんしゅうちょうにもそう言っておきます。」

 「どこかが悪いんですか?」

 「はい。」

 私はそう言った。


 その日は会社を早退そうたいし、家に帰った。何度もスマホの着信ちゃくしんっていた。昨日の夜からりっぱなしで、岡田おかだの件はどうなっているのかという内容のメールも何通も届いていた。全部鈴木すずきからだった。

 昨日の内に一度報告はした。ダメだったと。三から七にも連絡するべきかなやんだが、しなかった。こくぎてできなかった。岡田おかだ説得せっとくに失敗したので今日死ぬ、明日死ぬ。そんなことを伝えて恐怖きょうふあおり、苦しめて死なせるなんて悪趣味あくしゅみだとも思った。


 リビングのソファーに座り、家族写真を見た。

 「もうすぐ行くのか。」

 心のどこかでそれも悪くはないと思っている自分がいた。

 壁に掛けてあるカレンダーに目を移すと、月曜日に赤い丸がつけてあった。昨日自分でつけたのだった。自分が死ぬ日に丸をつけるなんてどうかしているのかもしれないが、予定は予定。カレンダーにつけておきたくなる性分しょうぶんなのだ。

 今日は木曜日。また一人女子大学生が死ぬ。そして真夜中になると私のもとにまたあれが来る。


 深夜二時、ふと目を覚ますとソファーの上で寝ていた。ビールを飲んでそのまま寝てしまったらしい。この時間に目を覚ますなんて、私はかんがいいのか、それとも見えない力によって目覚めざめさせられたのか。

 ゴトンという何かが落ちた音と共に池内いけうち生首なまくびが現れた。

 『黒沼くろぬまさん、逃げて。』

 池内いけうちの生首はそう言った。

 「どこに逃げたらいいの?」

 『黒沼くろぬまさん、逃げて。』

 池内いけうちはそればかりだった。昨日も自分の部屋で寝ていたところに現れたが、逃げてというばかりで、一体何から逃げればいいのか、どこへ逃げればいいのか尋ねても答えてくれなかった。

 『黒沼くろぬまさん、逃げて。逃げて。』

 土色つちいろの顔をした池内いけうちの首はそう言いながら、キッチンのくらがりにころがって行き消えた。


 こんなものを見て自分の頭がおかしくなったのではないかとうたがいたくなる。他の生贄いけにえたちも同じものを見ているのだろうか。会ってこの恐怖きょうふを共有出来たら。そう思ってしまった。

 けれどその甘い考えは翌朝のニュースでき飛んだ。四人目が首なし遺体で発見された。私はあの場にいた唯一の大人で、道義的どうぎてき責任せきにんがある。それを放棄ほうきして自宅にこもっているのだから誰かにたよったり、何かを分かち合ったりする資格しかくはない。このまま巻き添えを喰ってみじめに死ぬのがお似合にあいだ。


 金曜日、外にいるのは週末をひかえて浮かれている会社員たちばかりに見えた。仕事終わりの一杯いっぱいはさぞうまいだろう。昨日までひっきりなしに鳴っていた着信ちゃくしんはもうなかった。鈴木すずきあきらめたようだ。けれど留守番電話るすばんてんわに私をめ、なじるメッセージが残されていた。私はそのメッセージを何度も聞いた。

 「頼りない大人でごめんなさい。池内いえうち君、ごめんなさい。」

 私は誰もいない家の中でブツブツとそう言った。


 土曜日も日曜日も首なし遺体いたいが見つかった。毎日見つかる首なし遺体いたい。ニュースでは猟奇的りょうきてき連続れんぞく殺人さつじん事件じけんとしてセンセーショナルに取り上げられ、各方面かくほうめん専門家せんもんかがそれらしいコメントを出していた。会社員のような大手の記者きしゃは休日を謳歌おうかしているはずだったが、この事件のせいでり出され、とんだ災難さいなんだ。

 この一週間、散々さんざん世間せけんさわがせたこの事件にも終止符しゅうしふたれようとしていた。警察けいさつ記者きしゃ真実しんじつにたどり着けず、迷宮入めいきゅういりなること間違まちがいなしだが、人々はすぐに忘れ、世の中に平穏へいおんが戻るのだから問題ない。この事件が悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしきによって引き起こされていたと誰が信じよう。

 今日は月曜日、いよいよ私の番だ。

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