第六章 あなたが八人目

  第六章 あなたが八人目


 翌朝よくあさいつものように起きて、会社にも出勤しゅっきんした。どんなにおそろしいことがあってもはたらかなくてはならない。

 「おはようございます。」

 「おはよう。」

 そう返事を返してくれる同僚どうりょうの誰一人として私の顔色かおいろが悪いことに気づかない。そういう職場しょくばだ。

 「黒沼くろぬまさん、十五分前くらいに新宿しんじゅく警察署けいさつしょ三上みかみさんて方から電話がありましたよ。」

 電話番のアルバイトが言った。

 「え?あ、何て言っていましたか?」

 「黒沼くろぬまさんがいるかどうか聞かれたんですけど、また出勤しゅっきんして来てないって言ったら、何時に出勤しゅっきんするか聞かれたんで十時頃って言いました。」

 「分かりました。ありがとうございます。」

 三上みかみはまた掛け直して来るつもりだろうか。私は自分から電話を掛けるつもりはなかった。そもそも折り返しの番号を知らない。

 「黒沼くろぬまさん、何かやったの?」

 青木あおきがニヤニヤしながら揶揄からかって言った。

 「何もしていませんよ。」

 私は鬱陶うっとうしく思いながら適当てきとうにあしらった。


 会社のパソコンを開くと、大量のメールが届いていた。送り主は金曜に取材しゅざいしたオカルト研究会けんきゅうかいのメンバーたちだった。どのメールも悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしき様子ようすった動画どうが添付てんぷされていた。約束通り池内いけうちが呼びかけてくれたようだ。

 私は池内いけうちからのメールを探した。池内いけうちにも動画どうがを送ってくれるように頼んでいたからだ。けれどいくらメールボックスを検索けんさくしても池内いけうちからのメールは見つからなかった。サークルの仲間なかまに呼びかけるのでいそがしくて、忘れてしまったのだろうか。


 「黒沼くろぬまさん、新宿しんじゅく警察署けいさつしょ三上みかみさんからお電話です。」

 アルバイトが私に向かって言った。やはり掛けて来た。

 「ありがとうございます。取ります。」

 私はそう言って、自分のデスクにある子機こき外線がいせん電話を受けた。

 「もしもしお電話代わりました。黒沼くろぬまです。」

 「新宿しんじゅく警察署けいさつしょ三上みかみもうします。」

 昨日、魔女まじょの電話に出た男の声だった。

 「どうも。」

 「急で申し訳ないのですが、これからしょの方でお話をおうかがいできないでしょうか?」

 三上みかみ単刀直入たんとうちょくにゅうにそう言った。

 「話って何の話でしょうか?」

 私は警察署けいさつしょに足をはこぶのは気がすすまなかった。

 「川本かわもとレナさんの件です。」

 「川本かわもとレナさん?」

 「現代げんだい魔女まじょレーナというみで新宿しんじゅく雑居ざっきょビルに店を出していた女性です。」

 三上みかみが言った。魔女まじょ本名ほんみょう川本かわもとレナというのか。取材しゅざいの時も本名ほんみょうは聞き出せずじまいだった。さすがは警察けいさつ

 「くわしいことはしょの方でお伝えします。何時頃に来られますか?」

 三上みかみは私が来るものとして話を進めた。

 「今日は取材しゅざいがないので、何時でも。」

 私は馬鹿ばか正直しょうじきしゃべった。

 「良かった。でしたらお待ちしているんで、今から来て下さい。しょの方に着いたら一階でお名前を仰って下さい。」

 私は行くとは一言ひとことも言っていないのに三上みかみはどんどん話を進めて押し切った。警察けいさつ相手にさからえずモヤモヤしたが、へん抵抗ていこうして目を付けられたくなかったので承諾しょうだくした。

 「分かりました。」

 「それでは後ほど。」

 三上みかみはそう言って電話を切った。朝から気がおもたかった。


 「出てきます。」

 私はそう声をかけてオフィスを出た。オフィスのある新橋しんばしから都営とえい大江戸線おおえどせん新宿しんじゅくへ向かい、歩いて新宿しんじゅく警察署けいさつしょに行った。

 「すみません。黒沼くろぬまもうします。三上みかみさんとお約束をしておりまして。」

 私は言われた通り一階の警務課けいむかでそうげた。

 「お待ち下さい。」

 話しかけた警察官けいかん内線ないせんをかけた。ダイアルを押す手元てもとは見えず、どこのにかけているのか分からなかったが、雰囲気ふんいきで何となくさっしがついた。刑事課けいじかだ。わずかだが顔が強張こわばっていた。事前じぜんに何か聞いていたのだろう。昔にもこういう光景こうけいを見たことがある。


 「黒沼くろぬまさん、おいそがしい中ありがとうございます。三上みかみです。」

 内線ないせんを受けて三上みかみがやって来た。電話の声や口調くちょうから想像そうぞうしていた通り、髪は真っ黒で綺麗きれいととのえられ、真面目まじめでいかにも堅物かたぶつという男だった。

 「どうも。黒沼くろぬまです。」

 私は会釈えしゃくをした。三上みかみは初めて会ったはずの私が黒沼くろぬまだと警務課けいむかの人間に教えられるまでもなく知っていた。事前に私の顔を調しらべていたのだろう。何かあると思って私は警戒けいかいの色をつよめた。


 「こちらです。」

 三上みかみはそう言ってエレベーターに誘導ゆうどうした。私は二階にかいせまくて息苦いきぐるしい部屋に連れて行かれた。中には小さな机と二脚にきゃく椅子いすしかなく、明らかに来客用らいきゃくようの部屋ではなかった。

 「そちらにおけ下さい。」

 それでも三上みかみ口調くちょう丁寧ていねいで、まるで自分が客人きゃくじんではないかと錯覚さっかくさせた。

 「川本レナさんですが、入院先にゅういんさき病院びょういんからけ出して行方ゆくえが分からなくなりました。」

 私が座ると三上みかみが話し始めた。

 「入院にゅういんしていたって、彼女どうしたんですか?」

 「全身ぜんしんをひどくたれて、打撲だぼく骨折こっせつ臓器ぞうき損傷そんしょう。頭も打たれていたので意識不明いしきふめい状態じょうたいでした。ごぞんじありませんでしたか?」

 三上みかみはまるで私が知っているはずと言いたげな口ぶりだった。


 「知りません。」

 「先週の金曜日に川本かわもとさんとお会いになっていますよね?」

 「取材しゅざいです。」

 「何時から何時まで?」

 「午後三時から九時頃まで。」

 「九時以降はどちらに?」

 「帰りました。あ、でも帰る前にバーに立ちりました。」

 「何ていうバーですか?」

 「カルティック・ナイト。」

 「店の住所は?」

 「まるで取り調べですね?」

 私は質問しつもん攻めにされ、少し苛立いらだってそう言いながらカルティック・ナイトの住所が書かれたマッチをカバンから取り出した。

 「川本かわもとさんのご両親りょうしんが心配なさっているんです。ご協力きょうりょくを。」

 三上みかみはマッチに書かれた住所をうつし取りながら、有無うむを言わせない口調くちょうでそう言って尋問じんもんを続けた。

 「では月曜と火曜の夜はどちらに?」

 「月曜は大学のオカルト研究会けんきゅうかい取材しゅざいに。その後そのバーに。火曜日は会社近くのグレン・エアというバーとその店をはしごしました。」

 自分で言っていても酒浸さけびたりの女だと思った。


 「もう少し詳しくお聞きしたいのですが、月曜と火曜の深夜一時から三時までどちらにいましたか?」

 「家にいました。」

 「どなたか証明しょうめいしてくれる人は?」

 「一人暮らしなので。」

 私は少しうそをついた。火曜の夜はカルティック・ナイトのあの男と一緒にいた。

 「そうですか。」

 メモを取りながら聞いていた三上みかみが顔を上げ、私の顔を見つめた。


 「今朝けさ、大学三年生の池内いけうちゆうさんと佐藤さとう研二けんじさんの遺体いたい同居どうきょしていたアパートで見つかりました。首からしたがなかったことから他殺たさつと見ています。」

 私はサーといて行くのを感じた。

 「川本レナさん、池内いけうちゆうさん、佐藤さとう研二けんじさん。あなたはお三方共さんかたとも面識めんしきがありますよね?それも亡くなる前に会っている。偶然ぐうぜんにしては出来過できすぎではありませんか?」

 明らかに三上みかみは私をうたがっていた。

 「私は関係かんけいありません。」

 平静へいせいよそおっていたが動転どうてんしていてそれしか言えることはなかった。昨晩見た池内いけうち生首なまくび幻覚げんかくなどではなかったと確信かくしんした。私はガチガチとが音を立ててふるえ出しそうになるのを必死ひっしこらえた。

 「そうですか。今日はご足労そくろう頂きありがとうございました。もうお帰り頂いて結構けっこうです。」

 三上みかみはそう言った。なぜがったのかなど考えを巡らせる余裕よゆうはなかった。私は足がふるえ出して歩けなくなる前に立ち上がり、逃げるように警察署けいさつしょを後にした。


 池内いけうち生首なまくびのことを考えていても、私の足はにオフィスに向かっていた。これも一種いっしゅ帰省本能きせいほんのうなのだろうか。

 「戻りました。」

 私はそう言って自分のデスクにつき、パソコンを開いた。メールボックスに新着メールが届いていた。開いてみると、鈴木すずきという人物からだった。池内いけうちが話していたオカルト研究会けんきゅうかい副部長ふくぶちょうをしていた大学生だ。

 『お送りした映像えいぞうの件で至急しきゅうお話がしたいです。』

 用件ようけんはそれだけだったが、余程よほど急いでいたのだろう。なかなか返信を送らない私に同じ内容のメールを何通も送っていた。私はすぐに返信を送った。すると『電話してもいいですか?』と尋ねるメールが届いた。私はもちろん『いいですよ。』と返した。

 私のスマホの着信音が鳴った。鈴木すずきだ。

 「もしもし、黒沼くろぬまです。」

 「鈴木すずきです。あの、添付てんぷした動画どうが見ましたか?」

 鈴木すずきは早口にそう言った。

 「いいえ、まだ。」

 私はそう言いながらパソコンを操作そうさして動画どうが再生さいせいした。映っていたのは悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしき様子ようすだった。

 「早く見て下さい。」

 鈴木すずきかした。

 「今再生さいせいしています。どの部分を見たらいいですか?」

 「最後の方です。一瞬いっしゅんだけ電気も蝋燭ろうそくも消えて真っ暗になった時があって、そこにうつってるんです。」

 鈴木すずき必死ひっしになってそう言った。

 映像えいぞうが終わる三十秒前に暗転あんてんする瞬間しゅんかんが映っていた。足下あしもとに八という数字が浮かび上がっていた。映像えいぞうを進めて再びかりがついた時、そこに立っていたのは私だった。


 「この数字・・・」

 「見たんですね!?佐藤さとうの立っていたところには一、池内いけうちが立っていたところには二が、二人共死にました。アパートでくびのない遺体いたいになって。その数字は死ぬ順番じゅんばんなんです。黒沼くろぬまさんも早く何とかしないと!」

 電話の向こうで鈴木すずきがそう言っていたのが遠くに聞こえた。頭の中がガンガンして、視界しかいゆがんで見えた。直視ちょくしできない現実にぶつかると人はこうなるようだ。


 「どうにかしないとって・・・」

 『どうにかしないとってどうすれいいの?』そう言いたかった。けれど一回りも年下の大学生にそんなことを言っても仕方しかたないと思って、口に出すのを止めた。私はふるえる手で他の大学生たちが送ってくれた映像えいぞうを確認した。

 三、四は女子大学生、五、六、七は男子大学生、八は私。八以上の数字はなく、儀式ぎしきおこなった中心的人物である岡田おかだ足下あしもとに数字はなかった。いやでも最後に会った時の池内いけうちの言葉を思い出した。

 『これは僕のかんなんですけど、あの悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしき岡田おかだ君が岡田おかだ君のためにやったんだと思います。皆はそれに巻き込まれたんだと・・・』

 その通りかもしれない。


 「岡田おかださんはどうしていらっしゃいます?」

 私は電話の向こうにいる鈴木すずきに尋ねた。

 「岡田おかだ君は就活しゅうかついそがしいみたいで、大学にもサークルにも来ていないです。」

 鈴木すずきはなぜ岡田おかだのことを尋ねたのか疑問ぎもんに思うことなく、質問しつもんに答えた。鈴木すずき薄々うすうす気づいているのかもしれない。

 「八人全員、岡田おかださんにめられたのかも。」

 私はそうつぶやいた。

 「やっぱり・・・あいつ・・・!」

 鈴木が憎々にくにくしそうに言った。

 「三から七の方には私から連絡を入れます。奇妙きみょうなものうつんでいるので、用心ようじんするようにと。」

 「用心ようじんって、それじゃ何の解決かいけつにもなりませんよ。何か対策たいさくを取らないと!三番は今日の夜に死ぬんですよ!」

 鈴木すずきが私をめるように言った。そんなことは分かっている。それでも私にはどうすることもできない。


 「岡田おかださんに会ってきます。住所は聞いているので家の前でせして、何とか話を聞き出します。あの悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしきで何をしたのかいただして来ます。」

 「夜までにお願いします。そうしないと三番目が死ぬんです。」

 鈴木すずきはそう言った。私のかたおもたい責任せきにんっかった。



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