第四章 八人の生贄

  第四章 八人の生贄いけにえ


 火曜日の朝、会社の電話が鳴った。昔からみょうかんはたらく時がある。これは私あての電話だ。

 「月刊げっかんサタン、ライターの黒沼くろぬまです。」

 電話番のアルバイトが取る前に私が電話に出ると、受話器じゅわきの向こう側からふるえた声で若い男の声がした。

 「昨日、お会いした池内いけうちです。」

 昨日というのだから取材しゅざいしたオカルト研究会けんきゅうかいの学生の一人だろう。正直しょうじき岡田おかだ以外は印象いんしょううすくておぼえていなかった。

 「昨日の録画ろくがした映像えいぞうを見てたら、何か出て来てて。黒沼くろぬまさんならこういうのくわしいと思って。今からお会いできませんか?」

 池内いけうちの話は容量ようりょうなかったが、何かこまっていることは分かった。今日は午後から黒魔術くろまじゅつサイトの管理人かんりにん取材しゅざいする予定だったが、午前中なら時間があった。私は池内いけうちに会うことにした。

 「一時間後、新大久保しんおくぼ駅にあるパンプキンズというカフェに来られますか?」

 私は今日の取材しゅざい相手あいてとの待ち合わせに使っていた喫茶店きっさてんに呼び出すことにした。

 「はい。」

 池内いけうちは少しほっとした声で言った。


 約束の時間よりも早く着いたが、池内いけうちの方が先に着いていて店内で待っていた。私が店に入って来たのを見つけると、手を大きくって合図あいずしてくれた。顔が分からなかったから助かった。池内いけうちはモサモサした天然てんねんパーマの黒髪くろかみで、ダボついたトレーナーを着ていた。見た目を気にしないダサい男子大学生だった。昨日は黒いローブを着ていて皆同じに見えていたが、こんな感じだったのか。

 同じオカルト研究会のメンバーでも岡田おかだのように明るくてはなのある子もいれば、この子のように典型的てんけいてきなダサい大学生もいるようだ。


 「池内いけうちさん、お待たせしました。お電話頂きました件ですが、一体どういうことでしょうか?」

 私は池内いけうちの向かいがわに座るとすぐに話を切り出した。

 「これを見て下さい。」

 池内いけうちはそう言って昨日スマホで録画ろくがした映像えいぞうを見せて来た。私が持っている素材そざいと同じで悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしき一部始終いちぶしじゅうおさめられていた。

 違うのは後片付あとかたづけの様子ようすだった。部屋の電気をつける前に一瞬だけ蝋燭ろうそくの明かりが消えて暗闇くらやみになった瞬間しゅんかんがあった。二人の女子学生が『きゃあー』と可愛かわいらしい悲鳴ひめいを上げたが、すぐに電気でんきがついて悲鳴ひめいは笑い声に変わった。その時の映像えいぞうが違う。


 私は片づける学生たちの様子ようすっていたが、池内いけうちはカメラを下に向けていて、ゆかうつしていた。池内いけうち映像えいぞうの中には悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしきのためにえがかれたえんの中にうごめくかげがあった。かげは黒いぬまの中から顔を出そうとしているように見えた。そして床にえがかれたえんはし所々ところどころに白い数字が浮かび上がっていた。


 「ここに数字すうじで一って書いてあるのが見えますか?」

 池内いけうちうつっていた数字を指して言った。

 「はい。」

 「儀式ぎしきの時、ここに立っていたのは僕の友達で、佐藤さとうって言うんですけど、僕は佐藤さとうとルームシェアしてて、佐藤さとうが帰って来ないんです。」

 たどたどしくしゃべ池内いけうちの声はふるえていた。本当にこわがっているのだ。

 「帰って来ないっていつから?」

 「打ち上げの途中とちゅうで、気が付いたらいなくなってて、そこからずっと。」

 「警察けいさつには?」

 「話は聞いてもらえましたけど、捜索願そうさくねがいは家族じゃないとって。でも佐藤さとう実家じっかの連絡先とか知らなくて。」

 池内いけうちはそう言った。聞いてもらえただけ親切しんせつ対応たいおうをしてもらえたと思うべきか。おそらく警察けいさつは取り合うつもりはないだろう。大学生が一日くらい帰らないなんてよくある話だ。

 「ちなみに僕の足元あしもとには二って書いてありました。」

 「二?」

 また映像えいぞうの話に戻った。

 「この数字、佐藤さとうが帰って来ないのと何か関係があるような気がするんです。」

 池内いけうち真剣しんけんだった。

 「他の学生の足元にも数字すうじいてあったんですか?」

 「僕のスマホで確認できたのは佐藤さとうと僕が立っていたところだけです。でも他のメンバーがったのに映っているかも。」

 「そしたら、池内いけうちさんの録画ろくがした映像えいぞうを私に送ってもらえますか?他のメンバーの映像えいぞう岡田おかださんをつうじて集めて確認します。」

 私がそう言うと、池内いけうちは何か言いかけた。

 「どうかしましたか?」

 私はこの内気うちき少年しょうねんに話をうながすように尋ねた。

 「岡田おかだ君のことは信用しんようしない方がいいですよ。オカけんせきはおいていたけど、ずっと幽霊部員ゆうれいぶいんだったんです。最近になって急に部長ぶちょうやるって言い出して、前の部長ぶちょうを追い出したんです。皆おとなしいメンバーだから誰も反対はんたいしなくて・・・。それに岡田おかだ君は明るくて人気者にんきものだし、頭も良くて、面白おもしろいし、そんな岡田おかだ君がオカけんみたいな日陰ひかげサークルの部長ぶちょうやってくれるなんてほこらしくて・・・。だから岡田おかだ君の言うことにしたがってたんです。でもあの悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしきはちょっと強引ごういんで、一年の頃からオカけんにいて副部長ふくぶちょうだった鈴木すずきは怒ってめました。」

 池内いけうちの言うことは毎度毎度いまいち容量ようりょうが得なかった。サークル内のクーデターに思うところがあるということなのだろうか。

 「これは僕の勘なんですけど、あの悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしき岡田おかだ君が岡田おかだ君のためにやったんだと思います。皆はそれに巻き込まれたんだと・・・」

 池内が言った。

 「どういうことですか?」

 「岡田おかだ君、僕たちにかくしていることがあるんだと思います。それがバレないように黒沼くろぬまさんにも協力きょうりょくしないと思います。」

 池内いけうちはたどたどしい口調くちょうでそう言った。この子は悪い子じゃない。昨晩さくばんからルームメイトが帰って来ないことを心配して警察けいさつにも足を運んで、私にも会いに来た。岡田おかだとこの子ならこの子を信用しんようするべきなのだろう。

 「池内いけうちさん、他のメンバーの映像えいぞうを集められますか?」

 「はい。副部長ふくぶちょうだった鈴木すずき協力きょうりょくしてくれると思うんで、今日中に送れると思います。」

 池内いけうち快諾かいだくした。

 「ありがとうございます。実はこの後、仕事の打ち合わせがありまして、今日はこれ以上お話をおうかがいいすることはできないのですが、続きは後日改めてということでよろしいでしょうか?」

 「あ、はい。」

 池内いけうちは少し残念そうに言った。まだ話したいことがあるようだった。

 「こんな仕事をしている私が言うのも変ですが、不思議ふしぎなことって早々ないものですよ。」

 私は池内いけうちを安心させるためにそう言った。事実じじつその通りでもあった。オカルトは九十九パーセントが作り話で、残り一パーセントには私ですらまだ出会ったことがなかった。

 「もし万が一、本当に悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしきのせいで佐藤さとうさんがいなくなったのなら、エクソシストでも何でも頼って、佐藤さとうさんを探しましょう。」

 「はい。」

 池内いけうちははにかんだ笑顔を浮かべた。それが生きている池内いけうちの姿を見た最後だった。

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