第二章 オカルト研究会

  第二章 オカルト研究会けんきゅうかい


 月曜の朝、電話の電源が切れていたのに気づいた。自分が少しけていて、だらしない人間だと分かっていたが、ここまでとは思っていなかった。土日は基本的に一歩いっぽも家から出ないでひたすらごす。だから今まで気づかなかった。もう充電じゅうでんする時間はない。出勤しゅっきんして会社で充電じゅうでんすることにした。


 会社にくと、充電じゅうでんしながら現代げんだい魔女まじょ取材しゅざいした記事きじを書き始めた。美少女びしょうじょ魔女まじょ顔写真かおじゃしんがあるから内容ないようはそれらしく、適当てきとうでいい。悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしき失敗しっぱいしたから日をあらためてやるなんて言ってくれていたが、つつもりはないし、悪魔あくま召喚しょうかん失敗しっぱいしたことは書かない。効率こうりつよく上手うまくまとめる。


 記事きじが書き終わった頃には充電じゅうでん完了かんりょうしていた。電源でんげんをつけると留守るすばん電話でんわにメッセージが残っていた。相手あいて魔女まじょだった。

 『これを聞いたらすぐに電話してください。』

 メッセージはそれだけだった。言われた通り電話した。

 「どうもライターの黒沼くろぬまです。お電話頂いていたみたいで、すみません。」

 電話は確かにつながったのに、応答おうとうがなかった。

 「もしもし?」

 応答おうとうはなく、不気味ぶきみ沈黙ちんもくつづいた。

 「故障こしょうですかね。またなおします。」

 私はそう言って切ろうとした。

 「新宿しんじゅく警察署けいさつしょです。」

 電話の向こうから応答おうとうがあった。

 「警察署けいさつしょ?」

 「はい。新宿しんじゅく警察署けいさつしょ三上みかみと申します。こちらの番号の方とお知り合いですか?」

 男は警察官けいかんだった。

 「はい。先週の金曜日に取材しゅざいで・・・。」

 警察と聞いて自然しぜんに口がおもたくなった。

 「そうですか。ご連絡先をお伺いしても宜しいでしょうか?」

 三上みかみ名乗なの警察官けいかんはそう言った。

 「あ、はい。」

 「どこかにおつとめでしたら、おつとめ先もお願いします。」

 「あ、はい。分かりました。」

 三上みかみ丁寧ていねい口調くちょうだったが、ノーとは言わせない威圧感いあつかんがあって、私はうそを言う頭なんて回らないから、自分の住所とつとめ先、電話番号、メールアドレス、何から何までしゃべった。気の小さい私はきっと犯罪はんざいに向かない。

 「ご協力きょうりょくありがとうございました。」

 三上みかみはそう言って電話を切った。ライターだと言うのに私の方は何も聞き出すことができなかった。事件でもあったのだろうか。魔女まじょ無事ぶじだろうか。


 「黒沼くろぬまさん、今日、大学に取材しゅざい行くんだよね?」

 同僚どうりょうライターの青木あおきが言った。同僚どうりょうと言ってもライター同士どうし独立性どくりつせいが強く、副業ふくぎょうも認められているため、人間関係は希薄きはくだった。それでも多少の協力関係は存在して、たのごとをされることもある。

 「はい。」

 「黒沼くろぬまさんが今日行くその大学のインてつ教授じゅぎょうに俺からだって言って、手土産てみやげ持って挨拶あいさつしてきて欲しいんだけど。」

 青木あおきはそう言った。たのごとというより、使つかいっぱしりだ。

 「そういうのって自分で行った方がいいんじゃないですか?取材しゅざいするんですよね?」

 「いいじゃん。俺のアシスタントって言えば、俺が行ったのと同じじゃん。菓子代かしだいあとで請求せいきゅうしていいから。何か甘いものがいい。」

 青木あおきはそう言って一方的に会話を終わらせた。いやな奴だ。それでも引き受ける自分があわれだ。こういう奴につけ入れられるからお人好ひとよ気味ぎみの性格を何とかしたい。


 午後七時から取材しゅざいで大学のオカルト研究会けんしゅうかい悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしきを見学することになっていたが、青木あおきのおつかいを済ませるために早く到着する必要が出て来た。インド哲学てつがく教授きょうじゅ講義こうぎは六時まであるから、講義こうぎが終わった頃を見計みはからって手土産てみやげを渡しに行く。甘いものがいいと言うからチョコレートにした。

 講義棟こうぎとう最上階さいじょうかい教授きょうじゅ研究室けんきゅうとうがあった。インターホンはなく、手でノックした。

 「どうぞ。」

 扉の向こうから声がした。このノックの音が聞こえるということはかなりせまい部屋なのだろう。

 「失礼致します。」

 そう言って中に入ると五十代くらいの男が座っていた。

 「初めまして。月刊げっかんサタンの黒沼くろぬまと申します。ライターの青木あおきつかいで参りました。」

 私はそう言って座っている教授きょうじゅに近づいた。

 「あ、学生だと思って、すみません。」

 教授きょうじゅはそう言って立ち上がった。

 「教授きょうじゅ藤島ふじしまです。」

 藤島ふじしま挨拶あいさつした。

 「初めまして。黒沼くろぬまです。これうちのあおきからです。つまらないものですが。」

 私はそう言って、手土産てみやげのチョコレートを渡した。

 「ご丁寧ていねいにどうも。わざわざこれを届けにここまで?」

 藤島ふじしまは受け取りながら尋ねた。

 「実は他の取材しゅざいがありましてこちらの大学へ参りました。せっかくなので藤島ふじしま教授きょうじゅにご挨拶をと思いまして。」

 「そうでしたか。誰の取材しゅざいですか?」

 藤島ふじしまが尋ねた。きっと私も他の教授きょうじゅにインタヴューすると思っているんだろう。私の取材しゅざい相手あいては学生だ。

 「オカルト研究会けんきゅうかい取材しゅざいです。」

 「ああ。」

 その声の調子ちょうし見下みくだされたのが分かった。

 「私はこれで失礼します。」

 そう言って、藤島ふじしま研究室けんきゅうしつを出ようとした。

 「お茶でも出しましょうか?」

 藤島ふじしまがそう申し出た。

 「いえ、取材しゅざいがあるので。」

 私は申し出をことわってとびらの外に出た。出たものの、七時までまだ時間があり、若者がワラワラいる構内こうないをうろつく羽目はめになった。全部青木あおきのせいだ。


 約束の時間になる少し前にコンビニで人数分の飲み物を買った。それを持ってサークルとうの一階に行くと、いかにもという集団がいた。黒いローブを着て、ほうきにまたがってバカさわぎをしていた。若いうちは何でも楽しいものだ。

 「こんばんは。本日、取材しゅざいさせて頂きます月刊げっかんサタンの黒沼くろぬまです。」

 私は学生たちに声をかけた。

 「あ、どうも。岡田おかだ、ライターさん来たよ。」

 その場にいた学生の一人が主催者しゅさいしゃである岡田おかだという少年を呼んだ。

 「黒沼くろぬまさん、オカけんへようこそ!部長の岡田おかだ浩之ひろゆきです。誰にインタヴューしてもいいんで、いい記事きじ書いて下さい。」

 岡田おかだもずいぶんとテンションが高かった。あぶないクスリとかやっていて逮捕者たいほしゃが出るなんてことになりませんようにと願うばかりだ。

 「ありがとうございます。本日は見学させて頂くことになっておりますが、録画ろくがしてもかまわないでしょうか?」

 「もちろん。うちもカメラ三台使って録画ろくがするし、メンバーも各々おのおのスマホで録画ろくがもしてるんで、必要だったらコピーでも何でも送るんで言って下さい。」

 岡田おかだはサービス精神旺盛せいしんおうせいだった。

 「ありがとうございます。それでは早速さっそく岡田おかださんが部長を務めるオカルト研究会けんきゅうかい紹介しょうかい悪魔あくま召喚しょうかん儀式ぎしきを行うことになった経緯けいい意気込いきごみなどコメントを頂きたいのですかよろしいでしょうか?」

 「はい!」

 岡田おかだ注目ちゅうもくされてうれしそうだった。私は録画ろくがを始めた。

 「えっと、オカけん都市とし伝説でんせつ怪談かいだんが好きなメンバーが集まっていて、月に二、三回心霊しんれいスポットやお寺とか神社じんじゃとかめぐっています。アウトドア派でアクティブなサークルです。ちなみに去年きょねんの夏は幽霊ゆうれいが出るっていうイギリスのパブに行きました。初の海外かいがい遠征えんせいしちゃいました。」

 うれしそうに話し始めた岡田おかだだったが、緊張きんちょうしているのか笑顔がかたかった。まだ子供だ。

 「今日集まったメンバーはオカけんの中でもコアなメンバーで、本物のオカルト好きが集まっています。このメンバーで近くの居酒屋いざかやで飲んでいて、悪魔あくま召喚しょうかんやろうって、その場のノリで決まりました。俺もそうなんですけど、四年生になっても就職しゅうしょくさき決まってないメンバーが何人かいて、もし悪魔あくま召喚しょうかんできたら、自分たちを落とした面接官めんせつかんのろってやろうって言っています。」

 岡田おかだはニコニコ笑いながら言ったが、とんでもない逆恨さかうらみで、人事じんじの人間が聞いたらゾッとするだろうと思った。

 「コメント、ありがとうございます。ちなみに岡田おかださんはどちらの企業きぎょう就職しゅうしょく希望きぼうなさっていたんでしょうか?」

 「外資系がいしけい投資銀行とうしぎんこうです。就職しゅうしょくできたら自慢じまんできるし、給料きゅうりょういいんで。」

 岡田おかだはそう言った。『なりたい』ということはまだあきらめていないのか。たしかに夢をあきらめるには早すぎる。

 「きっとなれますよ。頑張がんばって下さい。」

 私はそう言ってインタヴューを終えた。

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