ケンカと自分勝手


 昼夜がマヤカ山にいると分かったのは、消去法だ。

 町は毎晩オレが駆け回っていたけど、それらしい影は無く。

 だけど昼夜が消えた原因であろう地震の宙獣は、確実にこのマヤカ市にいる。

 地面を揺らすほどの力を持った宙獣がいるのなら、きっと多少は目立つハズだ。

 だけど海璃の情報網にもそれらしい話は引っかかって来なかった。


 なら、話は単純に。

 見つかりにくい場所に潜んでいるのだ、と予想出来る。


 そうしてマヤカ山のクレーター跡に行ってみたら、実際に昼夜が立っているんだから。

「いるんだろ、この辺に! なんかヤバい宙獣がさぁっ!」

 昼夜に問いかけながら、ガツンと岩を蹴って飛び出した。

 とにかく、まずは昼夜を捕まえる! そう思ってオレは昼夜に手を伸ばしたのだけど。

「だったら、なに?」

 スパンっ! 昼夜は伸ばしたオレの右手を、左手で軽く弾く。

 それから手のひらをオレの腹に当てて、グンッ! 力を込めて、オレを大きく吹き飛ばした。痛くはないけど、重い。山肌に砂ぼこりを上げながら、オレは手を地面について、どうにか勢いを殺して体を立て直す。

「陸人には関係ない。アレはボクが何とかするから、陸人は気にせず家に帰って寝てなよ」

「そうはいくか! お前一人じゃなんか……心配だろ!」

「それ。そういうのにウンザリしてるんだ。ボク独りでも十分なのに」

 苛立ったような木琴の音。昼夜は一人で宙獣を捕まえようとしているらしい。

 でもオレは、昼夜の言う事に納得できない。

「一緒にやればいいじゃんか。なんで勝手に消える必要があるんだよ!」

「必要なくなったから。だってほら、陸人の力なんて……」

 オレが駆け出すのと同時に、昼夜も地面を蹴る。

 すると、見すえていたハズの昼夜の姿が、オレの視界から消えた。

 ざっ。小さく砂を撒く音で、横に回られたんだと気が付いた頃には、転がされていた。

「……こんなもんじゃん」

「まっ……だまだァッ!」

 地面を叩いて、無理やり急いで立ち上がる。

 その時にはもう、昼夜の手がオレの真上から振り下ろされていたけれど。

 ガツッ。硬質なその手を、オレは両の手でつかんで止める。

「捕まえ……」

「てない」

 ぶおんっ! 昼夜が膝を落としながら、つかまれた腕を持ち上げた。

 その勢いで、オレはつま先が持ち上がってしまう。なんて力だ!

「強化スーツを来ただけの地球人じゃ、ボクに勝てないよ?」

「――知るかッ! 今そういう話してないだろ!」

 完全に浮かされる前に、オレは自分からジャンプして、昼夜の片腕にしがみつく。

 その重みでグラっと昼夜がバランスを崩した所で、オレは手を放して着地。今度は昼夜の腰にタックルを決めて、逆に持ち上げてやろうとする、けれど……


「……おっも! 何キロあんだよこれっ……!?」

「五百キロくらい。体組成がちがうんだよ、陸人みたいなタンパク質とは」

「人をタンパク質扱いすんなっての! だらぁっ!」


 確かに、地球の生き物のほとんどは水とタンパク質かもだけど!

 持ち上げるのは諦めて、オレは昼夜の膝裏を軽く蹴り、体勢を崩させて逆に転がした。

 それから昼夜を仰向けにさせて、両肩を掴み、逃げられなくしてからもう一度聞く。


「なんで何にも言わずにどっか行った!」

「……。何度も言ってるじゃん。もう一緒にやってくつもりはないの」

「だったら記憶でもなんでも消してけばいいだろ! このスーツも残したままで、言ってることとやってることおかしいんだよッ」


 だからお前はウソが下手なんだ。

 本当の理由が別にあることくらい、オレも海璃も分かってるんだ。

「素直に言えってんだよ。言わないとずっとこうだぞ!」

「この体勢からでも、ボクは起き上がれるよ? ……それにさ、陸人はきっと、言っても分かってくれないし」

 じっと至近距離でにらんでやると、昼夜はそう言いながら顔を逸らす。

 言っても分からない? ……じゃあやっぱ、あるんじゃんか、本当の理由。

「言えよ。たとえお前が起き上がったって、しつっこく挑みかかるからな。逃げてもムダだ、オレと海璃で居場所を絶対割り出すし」

「…………」

 それから昼夜は、しばらくの間、黙りこくった。

 そしてオレの胸に手を当てて、カンタンにオレを退かして、上半身を起こす。

「軽いよね、陸人って」

「……体重の話でいいんだよな」

「うん。体重って大事だよ。差がありすぎるとどうにもならない」

 自分よりはるかに重い生き物に勝つのは、ものすごく難しい。

 オレと昼夜の間にも、そんな差があるのだと言いたいんだろう。

 それは正直、今のやりとりだけでも十分身に染みた。

 マジで殴り合いとかしたら、オレは昼夜に歯が立たない。強化スーツ込みでも。


「なのにこうして、陸人はボクに挑んでくるでしょ? ……宙獣にも同じだよ。陸人はさ、すぐに無茶するじゃん。ランズァクの時も、アクティトの時も、ボグロスの時も」


 ヒヤヒヤするんだ、と昼夜は呟いた。

 オレが無茶をする度に。結果危ない目に遭う度に。

「……このままじゃ、ボクのせいで陸人が死んじゃうかも。そう思ったら、離れるしかないじゃん。……イヤだよ、それは」

「オレが死ぬ? 何言ってんだ、んなわけないだろ」

「ほかの宙獣ならまだ、ね。今マヤカ山にいるのは、レベルがちがうんだ。巻き込みたくない。陸人も汐見さんも」

 だからだよ、と昼夜は言った。何も言わずに姿を消せば、オレたちを巻き込まずにその宙獣を捕まえに行ける、と思ったらしい。

「こんなこと、素直に話しても陸人は納得しないでしょ? だったら話さない方が良い」

「そうだな。絶対納得しない。っつーかしてない。ふざけんな」

「ふざけてない。本気だよ。だから帰ってよ、陸人」

「あー分かった。そこまで言うなら昼夜、立て」

 オレは昼夜の上から退いて、立ち上がるように促した。

 そうして昼夜がゆっくりと起き上がった所で、オレは大きく振りかぶり……

 昼夜を、ぶん殴る。


「いったぁぁぁぁぁッ!?」

「どうだオラ! 痛いだろうが! オレも痛い!」

「そりゃあね!? ヒビ入ったんじゃないの!? 陸人はバカなの!?」

「お互い様だバーカっ! 勝てないだの死ぬだの好き勝手言いやがってお前は!」


 殴った右手はじんじんと痛むけど、構わずもう一発振りかぶる。

 だけど二発目は手の平で止められて、「やめてよ」と昼夜は迷惑そうに言う。

「こんなことしても、陸人が痛いだけでしょ?」

「だからなんだよ。止めたきゃそっちも殴って来いよ」

「ダメだよ! ボクが本気で殴ったら、痛いじゃすまないかも……」

「知るかッ! オレを止めて帰らせたいんだろ? 気絶するまでブッ叩きゃいいだろうが。そうしないとオレは帰らないぞ!」

 最初に食らった一撃は、手を抜かれてた。

 オレが痛くならないように、勢いを殺した手の平で押し出しただけだ。

 それがオレには、無性に悔しい。

「とりあえずボコす! 絶対泣かせる!」

「ルミナ人は泣かないんだよっ! ああもう、やめてったら!」

 もう一回殴りかかると、ついに昼夜が反撃した。

 みぞおちをえぐるような、鋭い一発。スーツ越しにメリッとイヤな音がして、ぶわり。オレの体は、月夜に吹き飛んだ。

「ああああああっ!? 陸人ぉっ!?」

「だから、心配してんじゃ……ねぇっ!」

 慌てて落下するオレをキャッチしようとする昼夜に、オレは全体重をかけた蹴りを食らわせた。甲高い木琴の音が響いて、オレと昼夜は、一緒くたに地面に崩れ落ちる。

「う、うぅ……受け止めようとしたのに……」

「油断したな、昼夜。ちょっと不本意だけど、なんにしても……ケンカは、出来る」

 じんじんと熱を持つ足をさすりながら、オレは昼夜に話す。


「勝てないかもだけど、こうやって殴り合えはする。だったらさ、お前の力になるくらいは出来んだろ?」

「……それが言いたくて殴ってきたの? 陸人は本当にバカなんだ……野蛮なんだ……」

「地球人なりのコミュニケーションだバカ。お前こそ一人で抱え込みやがって。オレも人のこと言えないけどさ」


 海璃がいてくれなかったら、オレはもっと落ち込んでたと思う。

 だからこそ、言えるんだ。一人でなんでもしようと思ったってムダだって。


「オレは昼夜の友だちだ。お前が困ってるんなら、なんだって手伝ってやる」

「それが余計だって言うんだよ、陸人。大きなお世話だ」

「そうかぁ? リクザメの時だって、オレがいなきゃヤバかっただろ。液体ネコだって捕まえられてたか分かんないし。帝王カラスは海璃の力もデカかったな」

「…………」

「だから次の宙獣にだって、オレたちは役立てる。助けさせてくれよ、昼夜のこと」


 オレの事が心配になるくらい、スゴい宙獣なんだとしたら。

 昼夜一人でそれを捕まえるのは、とんでもなく大変なハズだ。

 オレがそう申し出ると、昼夜は「はぁ」と深いため息を吐く。


「こうなるって、分かってたから何も言わなかったんだよ……」

「言わなくってもなった。見立てが甘かったな、昼夜」

「本当にね。なんなの陸人? なんでそんなに面倒見いいの?」

「だから、ふつうだろ。友だちを助けるのくらい」

「ふつうじゃない。だって、友だちになる前からそうだったじゃん」


 覚えてるよね、と昼夜はオレに問う。

 空井昼夜が転校してきた初日。

 まだ地球の環境に慣れてない昼夜が、給食の時間に放った一言。


「牛乳のこと分かんないボクにさ、他のクラスメイトはみんな、ちょっと引いてたでしょ?」

「あー……どうだったかな。そうだったかも。変だもんな」

「だけど陸人はマジメに答えてくれたじゃん。これは牛のミルクで、牛は一日にだいたい四十リットルくらい乳を出す、胃袋が四つの生き物だって」

「言った言った。……それがどうした?」

「嬉しかった。うん。……あの時から、ボク、陸人のこと好きだったよ」


 友だちになりたいと思ってた、と昼夜がこぼす。

 この地球人と仲良くなれたら、地球での暮らしも楽しく思えるかもと感じた。


「なのに、正体がバレちゃってさ。もうダメだって思った。そうしたら陸人、仲良くなりたいなんて言うんだもん。ビックリしたよ」

「……そりゃ、クラスに宇宙人がいたら友だちになりたいだろ」

「どうかなぁ。怖がるよ、ふつう。なのに陸人はボクのこの姿、カッコいいとか言ってくれてさぁ……」


 はぁ、と昼夜は息を吐きながら、星空を見上げる。

 オレも一緒になって空を見た。マヤカ市から見える星はそう多くないけれど、山の中なら、それなりに綺麗な星空だ。

「ダメだね、ボク。陸人の言う通りだよ。本当なら、陸人や汐見さんの記憶を消しておくべきだった。そうしたら最初から、誰も巻き込まないで済んだのに」

「…………」

「……でも、ムリだった。知って欲しかった。本当のボクのこと。汐見さんと一緒なんだ、ボク。ずっと一人っきりで宇宙を旅して、知らない星に落ちちゃって」


 寂しかったんだよ、と昼夜は消え入りそうな声で言った。


 昼夜は瞳を腕で隠す。

 ルミナ人は涙を流さない、と彼は言っていたけれど。

 もし今、昼夜が人の姿をしていたのなら、泣いていたかもしれない。

 そう感じたオレは、あえて昼夜を見ないようにして、空の星だけをみつめる。


「すごく、イヤだ。ボクの自分勝手で、大事な友だちが傷つくのは」

「お互い様だっての。オレだってオレの自分勝手で傷つくんだ。いちいち気にすんな」

「ムリ。する。引きずるし落ち込むよ。分かってよ」

「……分かるよ。オレだって引きずったり落ち込んだり、するんだからさ」


 少し迷って、オレは昔のことを昼夜に話した。

 去年、ウサギ小屋からウサギが逃げ出したこと。

 飼育委員のみんなで消えたウサギを探したけれど、見つからなかったこと。

 そして最後に……見つけた頃には、ウサギたちが死んでしまっていたこと。


「今でも、思い出すと落ち込むし苦しいよ。……でもさ、だからこそ思うんだ」


 宙獣を助けたい。

 そして、オレみたいな苦しい思いを、誰かにさせたくない。


「頼む、昼夜。オレにも手伝わせてくれ。……これがオレの自分勝手だ」

「……。うん、分かった。力を貸して、陸人」


 オレが拳を向けると、昼夜が拳を合わせてくれた。

 これで仲直りだ。だけど、安心するにはちょっと早い。

 地面に寝転ぶオレたちは、同時に感じとった。ズズズズズ、と地面が揺れ動く感触を。


「来たっ……!」


 昼夜と共に体を起こして、音の大きな方角へ注目する。

 ベキベキベキベキ! 木々がへし折れ倒れ、山肌から、ずぐりと巨大な影が顔をのぞかせる。……待て。なんだ、あのサイズ……?


「陸上生物の大きさじゃないぞ、アレ!?」


 十……いや、二十メートルはあるんじゃないのか!?

 それも全長じゃなくて、体高だ。あまりにも巨大なそれは、クジラのように山を泳ぎ、下っていく。その先には、マヤカ市の街があった。


「ごめん。もう一回だけ聞き直させてね。……力、貸してくれる?」

「当たり前だろ。これを一人でとか、冗談キツイだろ」

「だよね。あれは。ボクと同じ、だよ」

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