山クジラとひび割れ
山クジラ、という言葉がある。
獣肉を食べるのが禁止されていた時代に、イノシシなんかを指して「これは山に棲んでるクジラだから食べていいのだ」なんて言い訳に使ってたらしい。
ガンジェイナは、本当の意味で山クジラだった。
全体的なシルエットは、シロナガスクジラに似ている。巨大で大きなアゴを持ち、だけどヒレには地面を掻くためであろう、爪が生えている。
地面を掘りながら進む様子は、まるで泳いでいるように見えた。
ちがうのは、ガンジェイナが泳いだ後には、木々や砕けた岩が沈んでしまっていること。
「なんだあれ。地面が柔らかくなって……」
「超音波かな。振動で地面を柔らかくしてるんだ。ああやって動けるのも、それが理由」
「いよいよ怪獣じみてきたな……」
今までの宙獣も、地球の常識には囚われちゃいなかったけど。
ガンジェイナの異質さは、もう一段階上だ。
「で……どうする? あのままだと、街に降りるぞ?」
「とりあえず近づこう。ここからじゃ何もできないし」
オレと昼夜は、まずガンジェイナに接近することにする。
ガンジェイナの進行速度は、幸いなことにそう速くない。オレたちが全速力で走れば、すぐに追いつける程度だ。
ただ、追い付いたとしても、問題はその後。
ガンジェイナにどんなアプローチを仕掛けるべきか、上手く案が浮かばない。
「速攻で上からトリカゴぶつける、じゃダメだよな?」
「ガンジェイナが動いてる限り、トリカゴが持たない。足を止めないと」
「止める、ったってなぁ!」
ガンジェイナは石で出来た宙獣だ。
同じく石の体を持つ昼夜で五百キロなら、こいつは何トンあるんだ?
それに、ガンジェイナの周辺は地面が柔らかくなってしまっている。近づいて掴んだとして、踏ん張りが効かなきゃ引き留めることは出来ないだろう。
「何にしても……進路は変えないとな。このままだとすぐに民家だ」
「うん。ガンジェイナにその気が無くても、たくさんの人が被害に遭っちゃう」
巨大な動き回る岩にぶつかられたら、車だって家だってタダじゃ済まない。
最優先はそれを避ける事。オレと昼夜は方針を決めて、ガンジェイナの前に出る。
「止まって、ガンジェイナ! この先には行っちゃダメ!」
「ほら、帰った帰った! ……頼むから戻ってくれ!」
二人して、声を張り上げ手を降るが、ガンジェイナに届いているかは分からない。
瞳はクジラと近い位置についてるけど、耳はどうだ? どっかにそれらしい穴、あるか?
「――オォォォォォ……ン!」
腹に響く、重くてずっしりとした遠吠え。
ガンジェイナの鳴き声だ。だけどそれは、オレたちの言葉に応える声ではなかった。
「ヤバいヤバいヤバい、突っ込んでくるぞ!」
「避けて、陸人! ガンジェイナの上に!」
構わず突撃してくるガンジェイナ。
オレたちはギリギリのところでそれを避けて、ガンジェイナの上に飛び乗った。
「そっちはダメだって言ってるのに……!」
「言葉、通じないよなぁそりゃ。そもそもガンジェイナは、何のために山を降りるんだ?」
「……分かんない。居心地が悪くなったのかな、山の中の」
「中って……そっか、ガンジェイナって今まで地中にいたんだよな?」
マヤカ市に頻発した地震は、ガンジェイナが移動したり超音波を発したりした時に出たものだろう。それが急に地表まで出てきた。これには何か、理由があるんだろうか。
(動物が棲み処を出ていく理由は、食べ物とか環境の変化だけど……)
地球という環境自体、ガンジェイナにとっては異質のもののハズだ。
じゃあ、問題は食べ物か? それもそれで、ちょっと違和感があるというか……
「ガンジェイナの食い物ってなに?」
「土や岩。ガンジェイナはそれらを溶かして自分の栄養にするんだ」
「すげぇなそれ。でもじゃあ、食べ物の問題ではないわけだ」
地球にだって土や岩は大量にある。
今だって、ガンジェイナは泳ぎながら山の土を口の中に吸い込んでいた。
腹が減ったから出てきた、ってわけではなさそうだ。じゃあ理由は別にある。
「……いや、原因考えてる場合じゃないか。ええっと……」
ガンジェイナにとって、オレや昼夜はちっぽけな存在にすぎない。
そんなオレたちが少し騒いだくらいじゃ、ガンジェイナは行き先を変えないだろう。
とすれば、もう少しデカい何かでビビらせる必要があるんだけど……
「……そうだ、トリカゴ。トリカゴって、生き物以外も収納できるか?」
「生き物以外? 設定すればある程度は……それがどうしたの?」
「倒れてる木を回収して、一か所で取り出すことは?」
「……! 出来るよ! それでガンジェイナをビックリさせるんだね!?」
理解が早くて助かる。
昼夜はうなづいて、オレにトリカゴを一個投げ渡した。
「解放はこっちでやるけど、回収は手分けしてやろう。……何本あればいいかな?」
「五、六本ずつ。急ぐぞ!」
ガンジェイナ自身が木々をなぎ倒しながら進んでいるのは、不幸中の幸いだ。
根本から転がっている木なら、トリカゴを押し付ければどうにか回収出来た。
問題は、トリカゴが木を取り込むのに時間がかかること。サイズがデカい分仕方ないけど、その間にも、ガンジェイナは街に向けて進んでしまっている。
「急げ急げ急げ……よし、三本! そっちは!?」
「四本目に入ったよ! ガンジェイナはどうなってる!?」
「ええっと……うわ、山道に出てる。ガードレールぶっ壊したぞ!?」
鋼鉄製のガードレールも、ガンジェイナにとっては大した障害じゃないらしい。
ベキベキとガードレールをへし折って、土砂崩れ防止のコンクリート壁をずざりと滑り落ちていく。ガンジェイナが過ぎ去った後は、道路もコンクリート壁もヒビだらけだ。
「これで五本目! もういいかな、陸人!?」
「ああ、こっちも五本。時間無いしこれで……あっヤバい!」
準備完了した所で、間の悪いことが起こった。
車が一台、走ってきたのだ。そんなに通行量のある場所でも時間でもないのに!
そして車は、目の前に突如として現れた怪物に驚き、急ブレーキを踏み込んだ。
キキィという耳障りな音が周囲に響き、ガンジェイナの姿がヘッドライトに照らされる。
「――オォォォォォ……ン!」
更に運の悪い事に、それらはガンジェイナの気に障ってしまったらしい。
唸り声をあげ、ガンジェイナはゆっくりと車の方へ顔を向ける。
「このままじゃあの車、潰される!」
「待って陸人、顔バレちゃうから!」
「だったらこうだ、ごめんなさいッ!」
オレは山を駆け下りながら、拾った石ころを車のヘッドライトに投げつける。
がしゃんと音が鳴って、車の右ライトが消えた。壊したのだ。
そしてオレは車に駆け寄って、運転手に声を掛ける。
「ライト消して、急いで逃げて!」
「にげ、あ、はいっ……!」
運転手は怯えつつも車をバックさせようとする、けど。
ギュルルルルル! 割れたコンクリートに引っかかって、上手く発進出来ない。
「ダメだ、動けない!」
その間にも、ガンジェイナはゆっくりと車に狙いを定めていた。
車を捨てて走らせるか? それで無事に済む保証がない。
オレは意を決して、引っかかっている場所に手を入れる。
「持ち……上がれぇぇッ!」
車の重さは、オレが持ち上げ切れなかった昼夜より上だ。
でも今回は、タイヤをちょっと浮かせればいいだけ。行けるハズ。
全力で力を入れると、顔が赤くなって視界がぼやける気配がする。バック回転するタイヤはどうにか道路をつかもうとしている。あと、ちょっとなんだ……!
「――オォォォォォ……」
(クッソ、ダメなのか!? もう、間に合わ――)
諦めかけた、瞬間。
煌めく流れ星のように、空から何かが降ってきた。
それは鋭い蹴りをガンジェイナの頭部に食らわせて、すたん、と車の前に着地する。
(昼夜……!)
昼夜が、ガンジェイナに跳び蹴りを当てたのだ。
結果、ガンジェイナの意識は車から昼夜へと向かう。
そして間髪入れず、ガンジェイナはツメの生えたヒレを振りかぶり……
「昼――」
「いいから、車に集中ッ!」
「……ッ」
助けに走ろうとしたオレに、昼夜は厳しい口調で言い放つ。
車が道路をつかんで急後退するのと、バゴンという破壊音が響くのは、同時だった。
車が過ぎ去った暗い山道。ひび割れたコンクリートの壁が更に破壊され、パラパラと細かい砂埃を上げている。
その壁の中に、空井昼夜は叩きつけられていた。
「……え、おい、昼夜……」
見ただけで、分かる。
昼夜の体には、亀裂が走っていた。
道路やコンクリ壁と同じく。当然だろう。大岩で出来たガンジェイナの一撃を、昼夜はモロに食らってしまったんだ。
「……、待ってろ、今すぐに助け……」
「その、前に……やること、ある……でしょ!」
弱弱しい木琴の音は、様々な雑音に紛れてかすかにしか響かない。
だのに翻訳された昼夜の声だけは分かるのは、きっと昼夜が使っている翻訳機が、か細い彼の声を大きく拾ってくれているから。
今すぐ助けないと。でも昼夜はそれを拒んで、ころりと手のひらからトリカゴを落とす。
向けられた宝石の眼の輝きはくすんでいて、命の灯を感じない。
「……いそい、で。トリカゴの、四面に……力を……」
オレにやれと言っているのだ。
トリカゴを拾い、作戦を遂行しろ、と。
「てつだって、くれる……んでしょ?」
「……分かってる。分かってるよ!」
トリカゴを拾って、ガンジェイナの上に跳んだ。
四面。指でトリカゴの表面に、力を込める。
するとトリカゴは一瞬、ふわりと手ごたえを失って、直後その中から、オレたちが拾い上げた木々がゴロゴロと落ちていく。
ドドドドド、と周囲が揺れて、木々がガンジェイナの体を打った。
「オォォォォォン……――」
ガンジェイナは、その痛みか衝撃に驚き、大きく鳴いて身をひねらせる。
効果は、あった。ガンジェイナは散らばったを迷惑そうに見て、山の方へと戻っていく。
そうして山の斜面から、ずるりと地面を溶かして地中に姿を消すガンジェイナ。
いつまでか、は分からないけど。
ひとまず、ガンジェイナが人里に降りる危機は、去った。
それからオレは、ジャマな木々を乗り越えながら、倒れ込む昼夜に駆け寄る。
亀裂は昼夜の全身に走っていた。触ったらポロリと崩れてしまいそうだったけど、オレは静かに昼夜を抱き上げる。
「おい。大丈夫か昼夜!? 意識、あるか!?」
「……うん。生きてはいるよ、心配しないで……」
「するに決まってんだろ、こんな全身ボロボロで! どうすりゃいい、何かして欲しいこと、あるか!?」
「医療ポット……場所、分かるよね……そこに、入れて欲しい……」
オレがケガした時に入れられた箱だ。
助ける方法があるらしいと分かって、オレはホッと息を吐く。
それからようやく気が付いた。オレがちょっとケガしたくらいで大騒ぎしていた時の、昼夜の気持ちに。そりゃ、騒ぎたくもなるよ。
「ボクの、手首をつかんで……ファム、呼べる……」
「分かった。……聞こえるか、ファム? 今すぐ船に行きたい。昼夜がヤバい!」
『――。要請を承認しました。ワープを行いますので、その場で動かず、待機していてください。今、船を向かわせます。――』
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