転校と繋がり


「昼夜が転校ってどういうことですか!?」


 朝学活の後。オレは廊下で先生に問う。

 いきなりだったのだ。朝、昼夜が来てないなと思っていたら、先生から「転校した」と告げられた。戸惑い事情を聞くオレに、先生は残念そうに話す。

「そうか。千葉も聞いてなかったか……」

「本当なんですか。どうしていきなり!」

「ご両親の仕事の都合だと聞いている。空井も転校続きだし、友だちと別れるのが辛かったのかもな」

 先生はそう言って昼夜が何も言わなかった理由を想像するが、そんなわけない。

 だって、昼夜の両親は地球にはいないんだから。

 両親の仕事の都合? そんな大ウソでオレを騙せるわけがない。

 でも………だったら、本当の理由はなんなんだ?

 昼夜は何一つ、転校に関する話はしてくれなかった。


(どうしてなんだよ、昼夜……!)


 放課後、昼夜の家に行ってみたけど、これも無駄だった。

 古アパートには誰もいない。どころか、アパートの入り口には「入居者募集」ののぼりさえ立っていた。……部屋を出たんだ。だったら今は、どこにいるんだ?

 空を見上げる。青い空には雲一つなくて、当然だけど宇宙船の姿かたちも見えはしない。

 途方に暮れた。オレには何一つ、昼夜を探す手段は無かったのだ。


 *


「会いたい、だなんて突然言われたからビックリしましたけど……」

 理由を聞いて驚きました、と汐見は素直な感想を告げる。

 チャンネルページ越しに、オレは汐見に急きょ連絡を入れたのだ。

 今すぐに会いたいから、公園に来てくれと。二時間後、息を切らせてやってきた汐見に、オレは一通りの事情を説明した。

「どうなってんだろう。昼夜、どこに行ったんだ?」

「さぁ。陸人さんに分からないのでしたら、私にも分かりません」

 何も聞いていませんから、と汐見は答える。

 そりゃあそうだ。何か言い残すつもりだったら、オレたち二人に言ってるハズだし。

「何かあったのかな、昼夜に」

「そうかもしれません。このところ、少し様子が変な時がありましたし」

「だよな。……もしかして、オレ嫌われたのかな、とか」

「それはないです! 空井さん、陸人さんのこと大好きだと思いますよ? ……それに」

 昼夜がオレを嫌って消えたのだとしたら、記憶を残しはしないはずだ、と汐見は言う。

「私のもですけどね。空井さんは正体を知られるリスクをずいぶんと気にしていましたし、私たちのことがジャマになって消えたのなら、その処理もしていくはずです」

「……だよ、な。オレたちは昼夜のことを覚えてる。昼夜の正体も」

 その事が手がかりだ。

 昼夜は、オレや汐見が秘密を明かすとは思っていないハズだ。

 だからきっと、離れた理由はほかにある。……でも。


「どうすりゃいいかな。アパートにも誰もいなかったし、宇宙船との連絡手段は無いし」

「情報が無いのは痛いですね。でも、すべきことは一つです」


 探すんでしょう? と言われて、オレはこくりとうなづいた。

 このまま昼夜とサヨナラするつもりはない。絶対にもう一度会って、本心を聞き出すつもりだ。そうでなきゃ、納得が出来ない。

「でしたら、当然私も協力します! 宙獣らしき情報は引き続き追いますし、それと同時に……空井さんらしき姿がないかどうかも」

「ありがと。助かる」

「当たり前でしょう? 私だって空井さんの友人として、心配ですから」

 少なくとも、宙獣を探すという任務は今の昼夜も継続しているハズだ。

 宙獣の情報を追えば、その場所に昼夜も現れるだろう。汐見の推測を聞いて、オレの気持ちも少しだけ落ち着いた。


 *


 といって、すぐに情報が集まるわけじゃない。

 汐見に情報収集を頼みつつ、オレは毎晩、自分の足でも捜索に出た。

 強化スーツを身にまとって、屋根から屋根へと跳びながら、電灯で照らされた世界に、宝石の目を持つアイツを探す。

 不思議なのは、屋根瓦を踏んで高く跳んでも、前に感じた気持ち良さを感じられなかったことだ。一歩一歩駆け出す度に、オレの心は焦りと不安に包まれていく。


 いない。どこにも。

 もう昼夜は宇宙に帰ってしまったのか?

 それともまだ、地球の空のどこかにいるのか?

 それさえ分からない状況が苦しくて、オレは鉄塔の上で立ち尽くす。

 かつて二人で飛び出した夜の街が、今ではとても寂しい景色に思えた。

 生ぬるい夜の風が、どうしようもなく思い起こさせるのだ。

 ……今のオレは、独りきりだって。


 *


「陸人ー、ドッジやろうぜー!」

「ん、おう。やるやる」


 クラスの友だちからドッジボールに誘われて、オレはゆっくり席を立った。

 だけどその拍子に、ふらりと立ちくらみがして、オレはガタリと椅子を鳴らしてしまう。

「……大丈夫、千葉くん? 顔色も悪いし」

「あー、寝不足かな。ちょっと昨日眠れなくて」

 委員長の倉田さんに心配されて、オレは小さなウソをつく。

 眠れていないのは事実だ。その理由は、昼夜を探しに走り回ってたからだけど。

「マジか。休んどいた方がいんじゃね?」

「いや、なんか気晴らししたいし、オレも行くよ」

 気遣うような友だちの言葉に、笑ってそう答えた。

 体を動かしたいのは本当だ。じっとしていると、昼夜の事を考えてしまうし。

 まぁ、結果は散々だったんだけど。狙いが全然定まらないし、ボールもキャッチ出来ないし。腕が落ちたなと冗談めかして言われて、「そうかも」とオレは苦笑する。

「ちゃんと休めよな、陸人。前のお前のボールには、もっとキレがあったぜ?」

「うっせ。明日には剛速球で全員沈めるわ」

 軽口を交わし合いながら、前はこうだったな、とオレは考える。

 昼夜と出会う前。オレはどこにでもいる小学生だった。

 宇宙生物を探して駆けまわったり、苦労したりはしなくって。

 ただ毎日、勉強と遊びで忙しくしているだけの、小学生。

 昼夜と出会って、そんな自分の世界が広がった気がしていたけど……


(昼夜がいなくなっただけで、前とおんなじかぁ)


 それは、昼夜のおかげでしかなかったのかもしれない。

 オレ自身は何も変わってない。逃げ出したウサギを見つけられなかった、ただの……


(……あ。またイヤなこと思い出したな)


 ぼんやりと、脳内に浮かび上がる。

 かすみ掛かったあの日の景色。

 オレが見つけられなかったもの。助けられなかったもの。

 オレがあの日から成長してない、ただの小学生男子なんだったら……

 ……オレは、昼夜のことだって、見つけられないんじゃないのか?


「千葉くん、本当に大丈夫? 家まで送ろうか?」


 放課後。オレがあまりに情けない顔をしていたのか、倉田さんが心配してそう申し出て来た。大丈夫だ、と返すけど、倉田さんは納得してくれない。

「すごく具合悪そうな顔してるよ。風邪引いてるのかもだし、誰かと一緒に帰った方が良いんじゃない?」

「いや……平気だって。ちょっと疲れてるだけだから。ほら、立ちくらみも無いし」

 オレはそう答えて、不安そうな倉田さんと一緒に教室を出る。

 下駄箱で靴を履き替えて、校門へと向かう中、倉田さんは「あれ?」と小さな声を出す。

「あそこにいる子、誰だろう? 誰か待ってるのかな」

「誰って……あ……」

 見ると、校門の前に、モノクロのスカートを履いた汐見が立っていた。

「千葉くんの知り合い?」

「友だち。ちょっと行ってくる。また明日!」

 オレが校門まで駆けて行くと、汐見もオレに気づき、安心したように微笑む。

「どうしたんだよ、こんなとこまで。ってか汐見、学校は?」

「開校記念日でお休みでした。なので宿題も終わらせて……色々、調べてたのですが」

 汐見が周囲を気にするので、「行こう」とうながして一緒に歩く。

 どうやら汐見は、重要な手掛かりを発見したらしい。


「最近、この辺りで頻発する地震、あるじゃないですか」

「あるな。それがどうかしたか?」

「あんまり多いので、少し調べたんですけど……例の地震、本当にマヤカ市でしか観測されてないみたいなんですよね」


 毎日のように起こる弱い地震。

 それが、マヤカ市だけで起こっている出来事?

 もしかして、と汐見を見ると、「えぇ」と汐見も頷いた。

「これ、おかしいです。更に言うならこの地震、前の台風が過ぎ去った後から発生しているんですよ。雨で地盤が緩んだから……なんて意見もありますけど」

 常識で考えれば、その方が説明はカンタンだ。

 でも、オレたちは知っている。あの台風のあと、マヤカ市に起きたもう一つの異変を。


「……

「はい。そして空井さんは、地震に過剰に反応していました」

「その宙獣が、昼夜が消えた原因ってことか?」

「可能性は高いかと思います。……陸人さん?」


 汐見の推理を聞いたオレは、感心していた。

 フカシギチャンネルの活動を通して獲得した、情報収集力と洞察力。

 そのどちらも、オレにはない特別な力だ。

「スゴいよな、汐見は。その調子で昼夜の居場所も……」

「何言ってるんですか? 最終的に見つけるのは陸人さんでしょう」

「いや、オレには何も出来ないからさ。毎日走り回ってるけど、全然何も分かんなかったし……見つけられる自信がない」

 オレがそう言うと、汐見は「えっ」と小さく声を漏らしてから、「はぁっ!?」とデカい声を上げながら、オレの肩をガッと掴む。


「バカなこと言わないでくれますか!? 私に出来るのは下準備までです。今まで空井さんと宙獣を見つけて来たのは、陸人さん自身じゃないですか!」

「……っ、でも、分かんないじゃんか! オレだって必死にやって、それで見つかってないんだよ、今まで! ウサギだって、昼夜だってさ!」


 去年、オレはウサギを見つけられなかった。

 見つけた頃には、ウサギは冷たくなってしまっていた。

 そんなオレが昼夜を見つける自信を持てないのは、当たり前だろう。

「オレが今までどうにかやって来れたのは、昼夜からスーツを借りたり、汐見から情報をもらったりしたからだ。オレ自身に出来る事なんて」

「あります! 私も……きっと空井さんも、陸人さんじゃなきゃダメでした!」

 汐見が、肩を掴む手に力を込める。

 きっと全力なんだろうけど、汐見の握力じゃ痛くはない。

 だけど、汐見の気持ちは伝わってきた。オレにはそれがなんなのか、分からないけど。


「……見つけた所で、素直に空井さんが話をしてくれると思います?」

「いや……理由によるだろうけど、わざわざ姿を消したくらいだし」

「なら、そこが陸人さんの一番の仕事ですよ。ぶんなぐってでも捕まえて、本当の気持ちを聞き出すのは……きっと、私じゃ絶対に出来ませんし」


 弱気にならないでください、と汐見はオレを励ました。

「スーツや情報があったから? ……全部あるじゃないですか。私はここにいます。空井さんはスーツを回収しませんでした。陸人さんの繋がりは、まだ全部残ってます」

 頼みますよ、本当。そう言って汐見は掴んだ肩を離す。

 痛まないと思いはしたけど、離されても、じんじんとした感覚は残っていた。

「……悪い。ちょっと弱ってた」

「分かってくれればいいです。でもなんか、怒ったら疲れました」

 はぁとわざとらしいため息を吐いて、汐見はずんずんとオレの先に言ってしまう。

 ヤバい。怒らせた。ごめんともう一度謝っても、「怒ってません」と汐見は言い張る。

「でも……悪いと思っているなら、そうですね……」

 一つだけ、お願いがあるんですけど。

 振り返りながら、汐見はちょっと悪い顔で微笑んだ。

「私のこと、名前で呼んでくれませんか? 私だけ陸人さんって呼んでるの、不公平なんじゃないかなーって思ってましたし」

「え。オレは呼び捨てにしようって言っただけで、名前で呼び始めたのは汐見が……」

「イヤなんですか? 空井さんは名前で呼んでますよねぇ? ズルいです」

 ふくれ面で要求する汐見に、「分かったよ」とオレはため息を吐く。

「別にイヤじゃない。これからは名前で呼ぶよ、海璃」

「……はい。それでお願いします、陸人さん」

 オレが名前を呼ぶと、海璃は満足そうにうなづいて、機嫌を直してくれた。

 だけど、名前で呼んで欲しいなら最初から言ってくれれば良かったのに。不思議だなと思いながら、オレは海璃と二人、作戦会議しながら歩いて行く。


 昼夜は今、どこで何をしているのか。

 海璃の情報を元に考え抜いて……次の夜だ。


 *


「――ああ、やっと……見つけたっ!」


 木々のざわめく、夜のマヤカ山。

 その中腹、隕石によって出来たクレーター上で。

 オレは、宝石の目を持つルミナ人と、再び対面した。


「来ちゃったんだ。……全くもう、陸人はしつこいなぁ」

「しつこいってなんだよ。お前が勝手にいなくなるからだろ!」

「ボクがどうしようと、陸人には関係ないだろ。……帰りなよ」


 空井昼夜はオレと目を合わさず、冷たい口調で言い放つ。

 だけどオレは帰らない。帰るつもりは、無い。


「お前が全部話したらな! いいから全部正直に話せよ、昼夜!」

「いいよ、話してあげる。……ボクは君たち地球人にウンザリした。もう一緒にやっていくつもりはない。……これでいい?」

「……。ああ、よく分かった。本っ当にお前ってさ……」


 ……ウソが、ド下手だ。

 ハッキリそう言ってやると、昼夜の体がぐらりと揺れ、ようやくこちらに視線を向ける。


「ウソじゃない。信じないなら、力づくで帰らせるからね」

「ハッ。やってみろ。その前に本音を吐かすっ!」

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