地震と不安

「よっしゃ、確保ーっ!」


 がぁがぁとカラスの鳴く森の中。

 オレは宙獣の収まったトリカゴを高く掲げて、大いに叫ぶ。

「帝王カラス、厄介だったなー。ほら、お前らももう散れ散れ!」

「刺激したら危ないよ、陸人。早く森を出よう?」

「だな。っつーか走り回ったから腹減って……ッ……」

 昼夜と二人、森を出ようとしたオレの腕に、不意に痛みが走る。

「大丈夫!? ちょっと見せて!」

「さっき突かれたとこかー。大丈夫だって、こんくらい」

 言いながら、変身を解いてシャツをまくる。

 見れば、腕は赤く腫れてしまっていた。これは痛むわけだ。

「あわわ……どうしよう……そうだ、船に医療ポットがあるから……!」

「いや、そこまでしなくて良いって。痛いっちゃ痛いけど、大したことないし」

「大したことあるよ! 検査はするから、船まで着いてきてね!」

 ルミナ人の姿のまま、すごい剣幕で怒られて、オレは「分かった」と返すしかない。

 オレは平気だと思うんだけど、まぁ何かあったらマズいしなぁ。

「しかしスゴいよな、帝王カラスのクチバシ。強化スーツ越しにこれだろ?」

「スーツ着てなかったら、腕が無くなってたかもしれないよ……」

「え。それ聞いたらマジで怖いな? うん、検査受けるわ」


 背筋が冷えた。


 *


「……で。結局ただの打撲だったんだけど」

「それ、治りましたか? 今は平気そうですけど」

「変な入れ物の中で寝かされて、気づいたら治ってた……」


 翌日。いつもの公園で集まったオレたちは、汐見に帝王カラスとのアレコレを伝える。

 汐見とは、週に一度この公園で会って情報交換をすることにしていた。

 昨日捕まえた帝王カラスも、汐見から気になる情報をもらって調べ始めたのが、発見のキッカケだった。

「地元のカラスを手下にしてただけあって、すごいヤツだったぜ、帝王カラス」

「カラスの組織犯罪化は、やっぱりその帝王カラス……ボグロスの影響でしたか?」

「十中八九そうだね。ボグロスがカラスたちを従えて、食べ物の奪い方やごみ袋の開け方を指導してたみたい。……影響、しばらく続くかも」

 ボグロスは元々、群れで活動する鳥に似た宙獣だった。

 それが単体で地球に来て、似た外見と性質を持つカラスを手下にしてしまったものだから、最近この辺りは大変なことになっていたのだ。

 ゴミ袋はネットもお構いなしに荒らされて、外で食べ物なんて食べてたら、トンビみたいにかっさらっていく。

「タカにも集団で勝ってたしなぁ。ボスがいなくなって落ち着いてくれりゃいいけど」

 あまりのカラス被害に、鷹匠を呼んでのカラス避けが行われたが、帝王カラスの指揮下で戦うカラスは、逆に鷹匠のタカを追い払ってしまった。

 今、マヤカ市のカラスは勢い付いている。ボグロスが去った後も、彼が統率していたカラスは、オレたち住民の悩みのタネになるだろう。

「でも面白いよね、タカを使ってカラスを追い払うのって。ここには脅威になるヤツがいるぞって示して出て行ってもらうの、駆除よりも平和な気がして好きだなぁ」

「今回は負けたけどな。っていうか、ああいうタイプの悪影響が出るとは思ってなかった」

「レアケースだとは思いますけどね。ボグロス、カラスとソックリでしたから。足が三本ありましたし、ヤタガラスを思い出します!」

 ヤタガラスというのは、日本の神話に出てくる神様らしい。

 偶然の一致だろうけど、空想上のものと思われていた存在と似た宙獣がいるっていうのは、オレたちにとっても面白い事実だった。


「それにしても、これで五体目かぁ。ペース上がってきたよな?」


 帝王カラスことボグロスは、オレと昼夜が五体目に確保した宙獣だった。

 最初はリクザメ・ランズァク。次は液体ネコ・アクティト。

 その後少しして、オレと昼夜は鋼鉄カメと呼びたくなる宙獣ガドルバと出会い、それから帝王カラスだ。

「……やっぱり、この前の台風が影響してるね。地盤が緩んで、地面に埋もれたトリカゴが出てきてるんだと思う」

 トリカゴが宇宙船から落ちた時、その全てが宙獣を放出したわけではない。

 中には機能を失わず、そのまま宙獣が平和に過ごしているトリカゴもあるはずだ。だけどこの前の台風でそんなトリカゴが地表に出た結果、中の宙獣も出てきてしまったのかもしれない。

「じゃ、このままドンドン出てきたのを捕まえればいいんだな!」

「それは……そうなんだけど」

「……? 空井さん、なにか気にしてることがあるんですか?」

「いや。別に、なにもないよ……?」

 汐見に問われた昼夜は、目を逸らしながらそう答える。

 なんだか、怪しい。

 もう少し追及した方がいいか? とオレが汐見にアイコンタクトを送った、その時だ。


 ――カタタタタタ……と。


 地面が、小さく揺れた。

「地震ですね。弱いですけど……最近、ちょっと多いですね」

「昨日も揺れてたっけ。確かに多いかも。全部弱いけどな」

 ここ数日、アヤカ市では地震が続いていた。

 でも、震度は低い。ニュースにもならないし、オレ含めて大半の市民は何も気にしていなかった。ただ、例外はいる。

「…………」

「あれ、昼夜? なんか固まってない?」

「え、あ、ごめん。地震って慣れてないんだよね」

 地震がある度に、昼夜はじっと身体を強張らせていた。

 ただ本人が言うには、ルミナの星には地震が無かったらしい。

 だから揺れると落ち着かなくなってしまう。昼夜の言葉に、オレも汐見も納得していた。

「宇宙船が墜落する時も、かなり揺れたから……トラウマなのかなぁ?」

「あー、それは怖いな。大丈夫大丈夫、これくらいの揺れでなんも起こんないから」

「水を見つめていると気分が落ち着くと聞いたことがありますよ!」

「揺れが続いて酔った時の話だろ? 抱えて揺らしたら安心するって話もあるけど」

「それは……ネコですよね? 飼い主が揺らしたと誤解するっていう」

「あはは。二人ともありがとう。もう大丈夫だよ、うん」

 オレと汐見がどうにか解決法を探っていると、昼夜はそう言って嬉し気に笑う。

 大丈夫ならいいけど、そんな昼夜の笑顔を見ていると、オレは何故だか不安になった。

 昼夜は、何かを隠しているような気がする。

 でも、その気配に確信が持てないまま、宙獣を追う日々が続いて……


 ……ある日突然に、空井昼夜は、オレたちの前から姿を消した。

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